第10話 四眼狼

 広大な森の中をシオン、クレア、ペイモンは歩いていた。

 巨大な樹木がそびえ立ち、細い日光が差し込んでいる。


「いつ来ても不気味な森ですね」

「ペイモンはこの森のジメジメしている感じが好きじゃないのです。他の森は綺麗なのに、この森は凄く感じが悪いです」


 クレアとペイモンが緊張感のない声で言う。魔物が大量発生する危険な森なのに二人の少女が不安の欠片もないのはシオンがいるからである。

 黒髪碧眼の主人がいる限り全く心配はいらない、とクレアとペイモンは固く信じている。


「二人とも、もう少し緊張感を持とうな」


 シオンが、苦笑して背後にいる二人を諭す。


「申し訳ございません、シオン様」

「分かりましたのです、シオン様」


 クレアとペイモンは慇懃にシオンに頭を下げる。だが、緊張感は微塵もない。

 シオンは肩を竦めて歩き、クレアとペイモンが後に続いた。

 一ヶ月間ほど毎日のようにこの森で魔物狩りをしているため、クレアもペイモンもこの森に慣れてきている。


 十分後、シオンがピタリと止まった。クレアとペイモンも黒髪碧眼の主人に合わせて立ち止まり、周囲を警戒する。


「さて、クレアとペイモンに質問だ。今、何匹くらいの魔物に包囲されていると思う?」

「か、かなり多いと思います」

「沢山なのです~」


 クレアとペイモンがほぼ同時に答える。


「答えは百匹前後だ」


 シオンが、亜空間から剣を取り出して構えた。

 祖父から譲り受けた業物の長剣が光る。


 シオンが剣を構えたのを合図とするかのように巨木の幹の影から、狼のような外貌をした魔物達が姿を現した。


 百匹を超える魔物達が、連携してシオン、クレア、ペイモンを包囲する。

 魔物の名を【フォーアイズウルフ】という。


 四つ眼狼は、外貌は狼と似ている。だが、虎のように大きな体躯をしており、顔に四つの赤い眼がある。その牙は短剣のように鋭く太い。


 シオンは背後にいるクレアとペイモンに魔法障壁をかけた。魔力で構成された防御用の結界である。青い光の円球がクレアとペイモンを包み込む。


「二人はそこで俺の戦いを見ているように。ま、怖かったら眼を瞑っててもいいぞ?」


 シオンが碧眼に微笑をゆらす。


「別に怖くありません」 


 クレアは腰に両手をあてて、少し怒ったように言う。


「ペイモンも怖くないのです。もう慣れちゃった~」


 ペイモンが緊張感の欠片もない声で言う。ついでにポケットからおやつのクッキーを取り出して食べ始めた。


「二人とも胆力がついてきたようで何よりだ」


 シオンが、そう言った次の刹那、四眼狼たちが襲いかかってきた。 百頭の四つ眼狼たちがシオン、クレア、ペイモンめがけて吶喊する。森に四つ眼狼たちの咆吼が木霊した。


 十頭の四眼狼が跳躍して、シオンに牙を剥き出す。

 シオンは長剣に魔力を込めて、横に薙いだ。

 四眼狼たちが一瞬で両断されて、青い血を吹き出して倒れ臥す。

 クレアとペイモンにも、四つ眼狼たちが襲いかかった。

 だが、四つ眼狼たちは、シオンの張った魔法障壁に弾かれて、吹き飛ばされる。何度、クレアとペイモン目掛けて飛びかかってもその都度、魔法障壁に弾かれて地面に転がる。


「お前達の相手は俺だ。畜生ども」


 シオンが、左手を軽く上にあげて雷撃魔法を撃ち放つ。青い稲妻がシオンの左手から迸る。四つ眼狼たちが雷撃で焼かれて即死して地面に横たわる。


「クレア、ペイモン、これが電撃魔法だ。次は風、炎、土、氷の順番で攻撃する。よく観察しろ」


 シオンが、四つ眼狼を斬撃で切り裂きながら説明する。


「はい」

「は~い」


 クレアとペイモンは魔法障壁で守られながら答えた。

 シオンは、風、炎、土、氷の魔法を順次繰り出して魔物たちを倒して行く。真空の刃で両断し、火球で燃やし、土の槍で刺し殺し、氷の魔法で氷結させて四つ眼狼の群れを屠る。


 百匹を超える四つ眼狼を倒すのに、十分もかからなかった。

 最後の一匹の頭を長剣で切り飛ばすと、シオンは剣を血振りした。

そして胸中で、


(戦闘力は前世の千分の一といったところか……)


 と呟いた。

 五歳の頃から修練を積んできたが、まだ前世の最盛期の千分の一程度の戦闘能力しかない。


(最盛期の力を取り戻すにはまだまだ時間がかかるだろうな)


 だが、前世の知識と経験がある分、前世よりも早く強くなれるだろう。 シオンは剣を亜空間に収納した。


 物体を自在に亜空間に収納できるこの魔法は、【収納魔法】、もしくは、【宝物庫

《アイテム・ボックス》】【保存庫】などと呼称されている。 シオンは感知魔法で周囲に魔物がいない事を確認すると、クレアとペイモンの魔法障壁を解除した。


「どうだ? 実戦を観察して少しは戦闘の本質を理解できたか?」


 シオンが問う。


「な、なんとなく理解できました。いえ、理解できたような気がします……」


 クレアが少し自信なさげに答える。シオンの動きが速すぎて理解しきれなかった部分が多いのだ。


「速過ぎてよく分からないのです~。でも、魔法は綺麗でした。特に氷の魔法がキラキラで綺麗なのです」


 ペイモンが、少し間の抜けた発言をする。


「ま、少しつづ理解すれば良いさ。いずれ目が慣れる。目が慣れれば身体も動くようになる」


 シオンは微笑し、二人に今日の稽古の終了を告げた。

 







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