第5話 神童

 二十分程の小休止の後、魔法の訓練が開始された。

 エルヴィンは、魔導剣士であり、魔法と剣術双方を混合させて戦うタイプだった。


(俺と同じだな)


 と、シオンは親近感を持った。シオンも前世では、魔導剣士だった。


 魔法と剣術の双方において、世界最強であった。

 魔法だけの魔導師。剣術だけの剣士よりも、魔法、剣術双方ともに使える方が、戦闘では有利であり、汎用性が高い。

 祖父エルヴィンは、剣帯に大剣を帯びたままシオンを木人の前に連れて行った。


「さて、シオンよ。これからお前の魔法を見てやる。取り敢えず、あの木人を魔法で攻撃してみろ。どんな魔法でも良い」


 エルヴィンは、木人を指さした。


(なるほど、俺の成長を観察して、俺にあった適切な指導法を模索するつもりだな)


 シオンはすぐにエルヴィンの目論見を看破した。

 五歳児の魔法の指導法としては満点に近い。やはり、祖父エルヴィンは大した人物だ。

 シオンは祖父エルヴィンに感心しつつ、自分にとって最も良い方法を思案する。


(ここはやはり、初歩的な軽い魔法で木人を攻撃するのが良いだろう)


 そうシオンは結論した。

 あまり、強い魔法や、高位の魔法を使っては五歳児としては当然ながら、不適切である。

 それに今現在は魔力量も少ないし、強大な破壊力のある魔法は使用できない。


(小さな火球で木人を攻撃して、少しばかり木人を焦がす。この位がベストだろう)


 シオンは胸中でそう確信した。


「ではお爺さま、僕は木人を火球の魔法で攻撃します」


 シオンが宣言する。


「うむ。思い切りやれい」 


 エルヴィンが満足そうに頷く。

 シオンは、微笑して首肯すると木人に右腕を突き出して、掌をむけた。

 そして、威力を加減して、炎の魔法を発動させた。


(五歳児らしく、軽く焦がす程度だ)


 そう注意して、魔力を調整し、魔力を発動させて、魔法を撃つ。

 シオンの肉体に宿る魔力が、うねる。そして、火球がシオンの掌から打ち出された。

シオンの掌から打ち出された火球は宙空を飛んで木人に衝突した。

 火球は木人の表面を焦がして、表面の木が焦げる。


「馬鹿なっ!」

「うそ」 


 エルヴィンとビアンカが同時に言った。

 シオンは驚いて、祖父エルヴィンとビアンカの顔を見る。

 エルヴィンとビアンカは、驚愕してかたまっていた。二人の顔に畏怖に近い表情が浮かんでいる。


(どうしたんだ?)


 シオンは不思議に思った。

 なぜエルヴィンとビアンカは驚いているのだ?

 沈黙が降りた。

 やがて、祖父エルヴィンが、身体を震わしながらシオンに近づいた。


「ど、どういう事だ、シオン?」


 エルヴィンの問いにシオンは首を傾げる。


「どういう事……、と申しますと、何でしょうか?」


 シオンは本心から言った。訳が分からない。

 エルヴィンは、ゴクリと唾を飲み込むと口を開いた。


「なぜ、無詠唱で魔法を発動できたのだ?」


 エルヴィンの発言に、シオンは小首を傾げた。


「無詠唱? それは当然ではありませんか」


 シオンはそう答えた。

 本質的に魔法は無詠唱が基本である。


 特に戦闘の場合は無詠唱でなければならない。

 詠唱していると時間のロスが大きすぎる。

 詠唱中に敵に攻撃される可能性もある。

 魔法の初心者でも、無詠唱は可能である。


 詠唱する場合は、よほどの超位魔法か、もしくは初めての魔法で慎重を期す場合くらいである。

 そもそも子供でも、無詠唱である程度の魔法は使いこなせる。


「信じられん、儂は夢でも見ておるのか?」


 エルヴィンは、奇跡を目の当たりにしたような顔をして身体を震わしている。


「エルヴィン様、夢ではありません。確かにシオン坊ちゃまは無詠唱で魔法を発動なされました」


 ビアンカの金瞳に畏怖の表情が揺れる。


「では、儂の見間違いではないのか?」


 エルヴィンは、ビアンカに視線を送り、後にシオンを見た。


「シ、シオン。今のを……もう一度できるか?」


 エルヴィンが問う。  


「……はあ、出来ますが」 


 シオンは木人に、先程と同じ初級魔法の火球を放った。シオンが放った火球が木人に直撃し、木人の表面が焦げる。

 エルヴィンとビアンカはビクリと身体を痙攣させた。

 そして、沈黙が降りた。


(なんだ? なぜ、二人はこんな反応をする?)


 シオンは心底、訝しく思った。

 やがて、エルヴィンは歓喜の涙を目尻に浮かべてシオンの両肩をつかんだ。


「シオン、お前は天才だ!」


 エルヴィンは感極まったように言った。


「シオン坊ちゃま、ビアンカは嬉しゅうございます。シオン坊ちゃまは神童です。さすが私の坊ちゃまです!」


 ビアンカがシオンを抱きしめて叫んだ。

 ビアンカが豊満な胸でシオンの頭を挟み込む。


(なんだ? どういう事だ?)


 シオンは心底驚愕した。なぜ、2人はこんなに大袈裟に驚いているんだ?  




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