第4話 添い寝
「偉いですよ、シオン坊ちゃま。さて、本当に読んだのかをチェックしますね」
ビアンカは絵本を持ってシオンに問う。
「この物語の主人公は誰ですか?」
ビアンカが優しく問う。
「主人公は、騎士ローラン」
「その通りです。では、物語のあらすじは?」
銀髪金瞳のエルフが、シオンに尋ねる。
シオンはすらすらと、絵本のあらすじを答えた。
「正解です。あら、本当に読んでいたのですね。よくこんな短時間で、正確に固有名詞まで暗記なさいましたね……」
ビアンカは、驚いて絵本とシオンの顔を交互に眺める。シオンが、いつもの十倍以上の速度で、絵本を読破してしまった事に不可思議な思いがつのった。
(しまった。はやく読み過ぎたか)
シオンは、目敏くビアンカの表情から彼女の心情を察した。
(怪しまれるのはマズイ)
シオンは、咄嗟にそう判断して口を開いた。
「ビアンカの教育が良いからだよ。お陰で俺は、本を読むのが速くなった。ビアンカの教育者としての才覚は凄いな」
シオンはそう言って、子供らしい、と彼が思う作り笑顔をした。
ビアンカは表情を消して沈黙した。
数瞬の沈黙が室内におりた。
(失敗したか? 流石にわざとらしすぎる台詞だったか……)
シオンの胸中に不安が渦巻く。
「そうですね。さすが私です。教育係の私の才能が開花したのでしょう」
銀髪金瞳の美女の顔に笑顔が浮かんだ。ビアンカは形の良い大きな胸を張り出して満足そうに頷く。
(うん。大丈夫そうだ)
シオンは安堵した。ビアンカはチョロイ、いや、善良でおおらかな女性のようだ。多少、俺が大人びた知能を見せても問題あるまい。
シオンはチラリと本棚を見た。図書室には大量の本がある。今の俺には知識が必要だ。この時代の知識を出来る限り得たい。
「ビアンカ、俺は自分で選んだ本を読みたい。いいか?」
「よろしいですよ、シオン坊ちゃま。でも、エッチな本は一日一冊までですからね。
ちなみに私のおすすめのエロ本は……」
「それ以上は聞きたくない」
シオンはそう言うと本棚の前に移動した。
そして、数冊の本を取り出して熱心に読み出した。
◆◆◆
学問の授業が終わると、シオンは昼食をとった。その後、一時間の昼寝をするようにビアンカに言われた。
ビアンカはシオンを彼の部屋に移動させるとベッドをしっかりと整えた。
「子供は寝るのも大事な仕事です。しっかり眠りましょうね」
ビアンカが眼鏡をくいっとあげた。
「分かった」
シオンは素直に従った。何故かというと眠いからだ。五歳児とはこんなにすぐに眠たくなるのか。昼食を取った直後から睡魔に襲われてフラフラする。
シオンは寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ。
ビアンカも服を脱いで下着姿になり、ベッドの潜りこんだ。ビアンカの均整のとれた見事な肢体が露わになる。
「……なぜ、ビアンカも一緒にベッドに入る?」
「? いつも一緒に寝ているではありませんか? 今日に限ってどうしたのです?」
ビアンカが微笑して、シオンの黒髪を優しく撫でる。
シオンの脳裏に記憶が蘇る。いつもビアンカにお願いして、「一人で寝るは嫌だ!」とわめいているシオンの記憶を思い出す。
昨日も、ビアンカに、
「一緒に寝てくれないなら、お昼寝嫌だ!」
わめくシオン(自分)の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
シオンの顔が、羞恥で赤く染まった。可愛らしい顔が林檎のように真っ赤になる。
(恥ずかしい!)
前世で世界最強だった男は、恥ずかしさのあまり目を閉じて苦悶する。自殺したくなる衝動にかろうじて耐える。
(何をしてるんだ、俺は! 男が女に一人では怖くて眠れないと哀願するなど恥を知れ! いや、恥を知るのは俺だ! いい年した男が、一人で眠れないなど情けないにもほどがある!)
いや、今の俺は五歳児だった。……なら、……正常? ……いや正常とは違う……。俺の精神年齢は……三百歳……で、……。それで……。 シオンは睡魔に誘われて、ぐっすりと寝た。
一時間の昼寝の後は、剣術と魔法の授業となった。
シオンはビアンカに手を握られて、ヴァーミリオン伯爵家の城から出た。十分ほど歩くと、練兵場についた。
ヴァーミリオン伯爵家の兵士の訓練場である。
武器庫、軍馬のいる馬小屋。弓矢の的に使われる木人が見える。
練兵場の中央には、祖父エルヴィンが立っていた。
祖父エルヴィンは、七十一歳とは思えぬ筋骨たくましい肉体に、軍服を纏い、革鎧を着ていた。
シオンの剣術と魔法の稽古は祖父エルヴィンが指導するのだ。
魔法があるこの世界において、老齢でもなお強い者は数多いる。
魔力によって身体能力を強化できる魔法があるため、剣士のような速度、体力、筋力を必要とする職業でも、ある程度は最盛期の強さを維持しやすい。
「エルヴィン様、シオン坊ちゃまをお連れしました」
ビアンカが、メイド服の裾をつまんで優雅な一礼をする。
祖父エルヴィンは頷いて、シオンに木剣を渡した。
幼児用の木剣であり、シオンの背丈、手の大きさにあわせてある。
自分の手にしっくりくる木剣を握ると、シオンは、
「お爺さま、御指導、宜しくお願い申し上げます」
と一礼した。
「うむ」
と祖父エルヴィンは重々しく頷いた。
「シオンよ。お前は五歳児とはいえ我がヴァーミリオン伯爵家の唯一の男子だ。貴族たる者、強くなければならぬ。家名、家族、名誉、愛する者。それらを護るには強さが不可欠だ。今日も厳しく鍛えるぞ」
祖父エルヴィンの言葉にシオンは、
「はい」
と答えた。
「よし、では始める」
エルヴィンの指導のもと、シオンは柔軟体操の後、基礎的な剣術の構え、足運び、斬撃をならった。
シオンは、五歳児らしさを演じるため、上手すぎず、下手すぎず、うまく剣術の稽古をこなした。
二時間後、祖父エルヴィンは満足そうにシオンの黒髪を撫でた。
「中々、良い剣筋であったぞ、シオン」
「お爺さまの御指導が適切だったからです」
シオンは本心からそう答えた。
エルヴィンの指導は五歳児に最適なものだった。
無理はさせず、かつ基礎的な訓練を徹底させる。五歳児に過度な訓練を強いると逆に身体を痛めて弱くなる。そのことを祖父エルヴィンは良く理解していた。稽古中に時折、休憩を入れて水分をとらせる所などは、非常に合理的である。
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