第6話 魔獣狩り
夜十時。
シオンはヴァーミリオン伯爵家の城の二階にある自室にいた。
シオンは、ベッドで仰向けになりながら、
(信じられない……)
と、心中で独語する。
魔法の練習の後、なぜ祖父エルヴィンとビアンカがあのように大騒ぎしたのかを尋ねた。その結果、驚くべき事実を知った。
なんと、現代において無詠唱魔法を扱える人間はほぼ皆無に等しいという。
はじめシオンは噓だろうと思い苦笑した。
その後、図書室に籠もって本を多読すると、それが事実だと判明し、愕然とした。
なんと現代においては、本当に無詠唱魔法は使用されていないのだ。
信じがたい事だった。
どの魔法の経典も詠唱してから魔法を発動させるのが正当かつ一般的であると書かれていた。
無詠唱魔法は神話の世界の話。いわば夢物語であると認識されていたのだ。つまり現代においては、無詠唱魔法を使えるだけで、「天才」と称されるレベルだという事だ。
「まさか、こんな事になっているとは……」
シオンは独語した。
魔法の技術体系がここまで退化しているとは思いもしなかった。
(もっと多くの知識と情報を得る必要があるな。そして、もう一つやるべき事がある)
シオンは五感を研ぎ澄ませた。
人の気配が近くにないことを確認すると、ベッドから出る。
シオンは、寝間着から外出着に着替えた。
そして、窓に近づき静かに窓を開ける。
五月の夜風が、室内に入り込む。
シオンは身体強化魔法を使って、身体能力を上げた。そして、猫のような俊敏な動作で窓から外に飛び出た。
二階から音もなく地面に飛び降りる。城庭は闇夜に覆われていた。
すぐさま闇夜に紛れて、疾風にように駆け出す。
目的地は城の北にある森である。
場所は図書室にあった地図で確認してある。
二十分ほど走り続けて森に入ると、シオンは立ち止まった。
(さて、レベルアップを開始するとしよう)
シオンが夜に城を抜け出して森に来たのはレベルアップのためである。
今現在、魔力量も戦闘能力も激減している。
魔力量は、常人と変わらない。
前世と同等の戦闘能力を取り戻したいとシオンは考えいた。
この世界は厳しく残酷である。魔物という凶悪な生物が存在し、人類は常に脅かされている。
生き抜くためには強さがいる。
それに元々、強くなりたいという願望が強い性格で、転生後もそれは全く変わっていない。
シオンは呼吸を整えると探査魔法を発現させた。
探査魔法は文字通り、周辺を探査する魔法だ。人間、魔物、動物などの生命体を知覚できる。
(いたな)
シオンはすぐさま魔物がいる位置を把握した。
方角は北東。距離は約六百メートル。そこに魔物がいる。
シオンは、即座に魔物がいる場所に目掛けて走った。魔法で身体能力を強化しているので、時速二十キロほどの速度で走れる。
シオンは、魔物の近くまで来ると気配を消して、木の上に飛び移った。忍者のように木の枝の上で獲物を見る。
シオンの碧眼が鋭く光る。彼の視線の先に、巨大な虎型の魔獣がいた。
この世界には、魔獣、魔物、魔人族など、人間に敵対もしくは災厄となる生物が存在する。
魔獣と魔物は人間に仇なす存在としては同質だが、魔獣は知能が低い者を指す場合が多い。たいして、魔獣よりも知能が高い生命体を魔物と呼ぶのが一般的である。
シオンの視線の先にいる虎型の魔獣は、食人(キリング)虎(タイガー)だ。
人間を好んで捕食する虎の姿をした魔獣である。本物の虎よりも一回り大きく、その知能は虎より高く、狡猾かつ残忍である。訓練を積んだ騎士が三人がかりでようやく倒せる魔獣だ。
だが、シオンは、嬉しそうに微笑し、
(ちょうどいい獲物だ)
と思いながら美しい碧眼を細めた。
シオンは五歳児である。そして、常人レベルの体力と魔力量しかない。
だが、シオンは前世の記憶と知識がある。少ない魔力でも効率的に運用すれば強大な戦闘能力を発揮できる事を知悉していた。
シオンは、魔力を最大限に効率的に運用し、無詠唱で魔法を発動させた。風の刃が顕現し、食人虎めがけて宙空を走る。
食人虎の首が、風の刃で音もなく切り落とされた。
ゴトリと食人虎の首が地面に落ち、首から血が奔流のように吹き出る。
食人虎は、苦痛すら感じず即死した。
死んだ食人虎の体内から魔力が放出される。
そして、その放出された魔力がシオンの肉体に吸収された。
魔獣・魔物や動物を倒すと、その魔力を人間は吸収できるのだ。
魔力量は概ね戦闘力と比例する。つまり、魔獣や魔物を倒す程に多くの魔力を得て、魔力量を上げて戦闘能力を上げる事ができる。
これがレベルアップである。
シオンは、自分の魔力量を冷静に計算した。
(もう少し狩りをしたいが、今夜これで終わりにしよう)
自分の肉体は五歳児である。あまり急激に魔力量を上昇させると反動がくる。
三日に一度くらい狩りをすれば、10歳くらいで相当な魔力量になるだろう。いずれは前世と同じ強さを取り戻せる筈だ。時間は沢山ある。ゆっくりとレベルアップしていけば良い。
シオンは、今宵の狩りはこれまでと判断し、森を去って、ヴァーミリオン伯爵家の城に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます