第16話 フリードリッヒ=アーリアン子爵

「その通りだ。よく理解しているではないか。千人もの人間の遺骸が、寝起きする場所に近くにあっては臭くて眠れぬからな」


 フリードリッヒが、嘲弄する。

 それを無視してシオンが続ける。


「千人もの人間を集めた理由は、人間の血液が必要だったからだ。おそらく何らかの魔法儀式に使用する為だろう。血は魔法にとって重要な要素だからな。お前は現在、何らかの魔法儀式を研究している最中だ。

 お前の衣装の胸元に、羽根ペンが数本ある。手にはわずかなインクの汚れ、そして、複数の薬物の香りがする。それから推察するに、お前は魔法研究が好きな自称、研究者だろう。


 そして、自分で人間を拉致しなかったのは、研究に専念する時間を惜しんだのが、一つ。 

 二つ目は、魔人族の貴族であるお前は、人間を拉致監禁するという雑務を自らの手で行う事が嫌だった。貴族の誇りが雑役をする事を拒否した。


三つ目、人里に現れて、自分の姿を見られて大事になるのを避けたかった。機密保持には魔人族である自分の姿を見せない事が肝要だ。

 魔人族がいるとなれば王国から大規模な軍隊が派遣される可能性がある。そうなればお前は静かに研究を出来なくなる。違うか?」


 シオンが、淡々と語る。


「その通りだ。中々、やるではないか。褒めてやるぞ。だが、もう終わりか?」

「まだ続きがある。研究が好きなタイプの魔人族は……、まあ人間もだが、研究所をなるべく見つからない場所に隠蔽している。


 研究所は、研究者にとっては聖域だからな。人間の遺骸をなるべく近くに置いておきたくなかったのは、機密保持の一面もある。拉致した人間千人を研究所に運ぶには魔物達を使って運ばせなければならない。

 魔物どもが、うっかり秘密の研究所の場所を漏らしたり、何らかの過誤で場所が漏洩するのを防止したんだ」


シオンが的確にフリードリッヒの胸中を指摘する。


「それで終わりか?」


フリードリッヒは思考を見透かされ、徐々に苛立ちを募らせた。人間如きに己の心中を分析されるのは不快極まりない。


「最後に一つ。これは読心術ではなく予言だ。お前は、ご自慢の研究所を探り当てられ、俺の討ち取られて、絶望の果てに惨めな最後を遂げることとなるだろう」


シオンが、冷静な声音で告げた。


「ふざけるな小僧!」


 フリードリッヒが怒声を上げた。

 人間ごときに嘲弄された怒りが、金髪赤瞳の魔人族の胸中で荒れ狂う。

 フリードリッヒは、一気に間合いを潰して、シオンに躍りかかった。

 激突音が宙空に響いた。

 フリードリッヒの剣の斬撃を、シオンが受け止める。


「図に乗るなよ、人間ごときが! なぶり殺しにしてやる!」


フリードリッヒが、鍔迫り合いをしながら叫ぶ。


「こちらの台詞だ。人間を舐めるなよ、魔人族!」


 シオンは、フリードリッヒの剣を押し返して、横薙ぎの斬撃を放った。 魔力のこもった巨大で重い斬撃が、フリードリッヒを吹き飛ばす。


「ぬう!」


 フリードリッヒは苦悶した。シオンの信じがたい程に強い斬撃に身体ごと後退する。 

 刹那、シオンは雷光のような速度でフリードリッヒの上空に移動し、〈魔力衝撃波〉をフリードリッヒに叩き付けた。


 爆轟が弾け、同時にフリードリッヒは衝撃波で、地上に叩き落とされる。フリードリッヒは彗星のように地面に落下し、森の地表に激突した。

 森の木々が千切れ飛び、衝突音と土塵が湧き起こる。


(馬鹿な? 何事だ? 私は何をされた?)


 フリードリッヒは、地面に仰向けに横たわりながら思う。金髪赤瞳の魔人族は、パニックに陥った。

 シオンの攻撃があまりに速過ぎて視認する事すら出来なかった。





(『クレア、ペイモン。聞こえるか?』)


シオンが、念話(テレパティア)で問う。

 誓約で、パーティーメンバーの契約をしている為、シオン、クレア、ペイモンは念話(テレパティア)での会話が可能なのだ。


『は、はい』

『はいなのです』


クレアとペイモンが念話(テレパティア)で答える。


『俺は今、魔人族と交戦中だ。せっかくだから、見学しないか? 魔人族との実戦の見学をするのは良い勉強になる。安全は保証するぞ。もちろん、怖ければ無理強いはしないが』

『い、いえ、怖くありません。シオン様のご命令ならばどんな事で従います』


クレアが緊張しながら念話(テレパティア)で答える。


『ペイモンは、シオン様とクレアが一緒なら何があっても怖くないのです~』


 ペイモンは、いつも通り、のほほんと答えた。


『分かった』




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