第15話 魔人族

「魔人族か」


 シオンは、クレアとペイモン、ビアンカのもとに駆け寄ると彼女達をかばうようにして剣を構えた。


「シオン様! お逃げ下さい。時間は私が稼ぎます!」


 ビアンカが悲壮な決意で、シオンの張った魔法障壁から出ようとする。


「心配いらん。お前は俺の結界内で負傷兵の治癒のみに専念しろ」

「し、しかし……」


 ビアンカが、美麗な顔に憂悶の影をよぎらせる。

 そして、空に浮かび、こちらを睥睨する魔人族を見る。


魔人族は人間にとって絶対的な悪であり、宿敵である。

 魔人族は、先天的に強大な魔力と身体能力を有しており、単体で街一つを焦土と化す者すらいる。


魔人族は総じて残忍非道であり、本能レベルで人間族を虐殺することを好む。

魔人族と人間族が出会った場合、多くは即座に戦闘となる。そして、敗北するのは残念ながら、ほとんどが人間族である。


シオンは碧眼で、高度四十メートルほどに浮かぶ魔人族を見上げていた。

 魔人族の外貌は、二五歳程度に見える。

 数百年もの不老長命を誇る種族であるから、外見で実年齢を見極めるのは至難だ。

 

金髪赤瞳の美男子で、側頭部に二つの角がついている。

頭部の角は魔人族の証である。

 貴族的な豪奢な衣装を纏っている所を見ると恐らく貴族だろう。


 魔人族は、厳然たる階級社会で、位階によって構築されている。

 貴族の魔人族は取り分け戦闘能力が高い。


(こいつが黒幕か)


 シオンは、心中で呟いた。

 魔法付与の魔導具を制作して魔物達に渡したのもコイツ。

 そして、吸血系統の魔法で人間たちを干からびさせたのもコイツだろう。


 シオンは、碧眼に冷たい怒りを宿して飛翔した。 

 飛翔魔法で空を飛んで、魔人族の前に浮かぶ。

 魔人族の男は冷静に自分と同じ高度にいるシオンを見据えた。


「小僧、一つ聞く。私の配下の魔物どもを殺したのはお前か?」


 魔人族の青年の赤瞳に殺意が揺らぐ。


「ああ、俺が殺した」


 シオンが短く答える。

 空の上で、人間族の少年と魔人族が睨みあう。


「そうか。我が配下を殺したのは貴様か……」


魔人族の青年は金髪を手で撫でつけた。


「可愛い配下どもを殺されて、仇討ちでもしたくなったか?」


 シオンが挑発的に問う。


「そのような浅薄な感情が浮かぶわけがあるまい。私が不快なのは、配下どもの無能さと虚弱さだ。お前ごとき人間族の小僧に殺されるとは、なんと不甲斐ない連中だ」


魔人族は、吐息をついて頭を振った。


「おや、残念だ。俺は『配下の仇は取らせてもらう』とお前が挑みかかってくるのを楽しみにしていたのにな」


シオンは、油断なく剣を構える。


「……つけあがるな、小僧。私がお前を殺す理由は、ただ一つ、『下等な人間族が目の前にいた』。ただそれだけだ。人間という下等生物を殺す理由は、羽虫を駆除するのと同じだ」


 魔人族の赤瞳に殺意が燃え、腰の鞘から剣を引き抜く。


「いいねぇ。そうこなくては。一応名乗りを上げておこう。俺の名は、シオン=ヴァーミリオン。パリス王国のヴァーミリオン伯爵家の長子だ」


シオンがわざわざ名乗った理由は、魔人族の情報収集のためである。

 魔人族は気位が高い。特に貴族階級の魔族は自らの家名を誇り、名乗りを上げることを好む。


「我が名は、フリードリッヒ=アーリアン子爵。偉大なる『唯一神』の使徒なり」

フリードリッヒ=アーリアン子爵は、ミスリル製の長剣を構えた。


ふとシオンは、軽く眉をひそめた。


(『唯一神』? 魔人族が、唯一神を奉じているのか?)


 前世において、魔人族が唯一神を崇めているなどという事はなかった。

 現世の魔人族は宗教があるのだろうか?


「魔人族が、『唯一神』を崇めるとは初耳だ。お前らの神とやらは、なんという名前なんだ?」


 シオンが問う。


「みだりに我らが神の名を探るな、下等生物め!」


 フリードリッヒは、怒号して斬りかかった。

 シオンめがけて袈裟斬りの斬撃を放つ。

 シオンはフリードリッヒの斬撃を易々と長剣で弾き返した。


(私の斬撃を防いだだと?)


 フリードリッヒの赤瞳に警戒の光が宿る。

 フリードリッヒは、用心してシオンから距離を取った。

 そして、シオンは観察する。


(どうにもおかしい。なんだこの違和感は?)


 フリードリッヒは黙考した。

 フリードリッヒは、ここから北東にある研究所で、研究をしていた。 その時、魔物達の村落においてあった警報代わりの魔導具に反応があり、人間達が村落に襲撃してきた事を知った。


 この村落は、倉庫を兼ねている。

 拉致した人間どもの監禁および人体実験の場所でもある。


 人間どもに自分の実験場所を荒らされるのは業腹であり、フリードリッヒはここに飛んできた。


 そして、この村落の上空から観察すると、不可思議な現象を目にした。

信じがたい程に強固な魔法障壁が構築されていたのだ。

 あんな強靱かつ緻密な魔法障壁は見たことがない。

 子爵であるフリードリッヒでも構築できない高度な魔法障壁だ。

 フリードリッヒの攻撃などではビクともしないだろう。


(おそらく、この小僧が、あの魔法障壁を構築したのだろう)


 あの魔法障壁の魔力の波長と、目の前の小僧の魔力の波長は同じである。

 フリードリッヒはシオンと地上にある魔法障壁を赤瞳でうかがう。

 この人間どもの中では、目の前の小僧が最も巨大な魔力を有している。


だが、そうはいっても、私の魔力の二十分の一程度しかない。

 なぜ、私の魔力の二十分の一しかない小僧が、あんな高度な魔法障壁を構築できるのだ?


「俺があの魔法障壁を構築した事が不可解か?」


 シオンが、フリードリッヒの心中を看破して言う。

 フリードリッヒは無言で、シオンを見た。

 シオンが、口を開いた。


「フリードリッヒとやら、おそらくお前はこう考えているのだろう? 『私の魔力の二十分の一しかない小僧が、どうして、あのような魔法障壁を構築できるのだ?』とな」


 シオンが、的確にフリードリッヒの思考を読み当てる。

 フリードリッヒは、不快さと同時に微かな恐怖を感じた。


「ついでにもう少し読心術を披露してやろう。お前は魔物たちを集めて魔法付与の魔導具を与えて手懐け、自分の忠実な配下とした。そして、付近の開拓村を襲わせて、千人程の人間を拉致した」

「だから、どうした? その程度の推理は誰でもできる」


フリードリッヒはわずかに口元を歪めた。


「千人の人間を拉致して、この村落に集めたのは人間のような下等生物の遺体が大量に自分の住居の近くにあるのが嫌だったからだ。どうやら、お前は神経質なタイプのようだからな」


シオンが、美しい碧眼を細めた。






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