第8話 夜這い
城内の食堂で、シオンとクレア、ペイモンは、同じテーブルについた。
主人と家来の関係である三人が対等なのは、彼女達と家族同然に過ごし、絆を深くして忠誠心を養成するためである。
彼女達が近衛侍女だからである。
近衛侍女は、最も側で仕える職業である。時には主人であるシオンを助ける為に死をも覚悟せねばならない。
その為に常日頃から友誼をあつくし、情を深め、主人への忠義心を強めさせる必要がある。
情が深まり、忠義心が強まればそれだけ近衛侍女は主人の為に死をも厭わなくなる。よって、主人と近衛侍女は兄妹のように接して日々を過ごす。貴族の因習である。
もっとも、シオンはクレアとペイモンを本当の妹のように思っている。クレアもペイモンも赤子の頃から知っているし、ずっと遊び相手をしてやり、勉強を教えてやってきた。
「美味しいです~」
ペイモンが、心の底から幸せそうにシチューを頬張った。
「こら、ペイモン。お行儀が悪いですよ。ホッペタにシチューがついています」
クレアが、まるでお姉さんの様にペイモンのホッペタのシチューを布で取った。
「クレアもついているけどな」
シオンが、苦笑してクレアのホッペタについたシチューを布で取る。
クレアの美麗な顔が羞恥で真っ赤になった。
「も、申し訳ございません、シオン様」
クレアが恐懼して、スプーンを手にしたまま頭を下げる。
「気にするな。食事は楽しく食べればそれで良い」
シオンが微笑すると、ペイモンがウンウンと頷いた。
「その通りなのです。ご飯は美味しいのが一番です。マナーは二の次三の次だと思うのです~」
「それは極端すぎですよ、ペイモン。私達はシオン様の近衛侍女という名誉ある仕事についているのです。その誇りと淑女としてのマナーを片時も忘れてはなりません」
クレアが真面目な顔をし、人差し指を立ててペイモンに注意する。
「ま、そこそこマナーを守って、楽しく食事を味わおう」
シオンが、決着をつけて食事が再開された。
昼食を終えて、一時間ほど仮眠を取ると、シオン、クレア、ペイモンは練兵場に向かうために歩き出した。
城の廊下を歩いていると、ビアンカの姿が見えた。彼女は大量の書類を両手に抱えていた。
ビアンカは、三年ほど前に先代のヴァーミリオン伯爵家の執事の引退に伴い、執事に昇格した。ヴァーミリオン伯爵家の執事は、五十人以上いる使用人の統括をし、屋敷、土地、領地の管理などを行う。多忙な仕事のため、ビアンカは執事昇格とともに、シオンの専属係から離れた。
「あら、シオン坊ちゃま、クレア、ペイモン。どちらにお出かけですか?」
ビアンカが、書類の束を両手で抱きしめながら言う。クレアとペイモンが、シオンの後ろでメイド服の裾を摘まんで無言で一礼する。
「練兵場で訓練だ。クレアとペイモンに稽古をつけてやろうと思ってな」
シオンが答える。弱冠十二歳だが、シオンの実力は折り紙付きである。戦闘術の師匠としてこれ程の適任者はいない。
「それはようございますね。クレア、ペイモン。シオン坊ちゃまの言うことをよく聞いて訓練に励みなさい」
ビアンカが、微笑する。
「はい、お母様」
クレアが背筋を伸ばして答える。
「了解なのです~」
ペイモンは、ほのぼのした口調で答えた。
「ところでシオン坊ちゃま」
ビアンカはシオンの耳に顔を近づけた。ビアンカの美しい顔がシオンの間近に迫る。
「そろそろ、クレアとペイモンにキスくらいはしましたか?」
「しとらん。なぜ、会う度にその手の話ばかり振るのだ?」
シオンがあきれた表情をつくる。
「当然でしょう。跡継ぎを作るのは、貴族の大事なお仕事でございます。シオン坊ちゃまは唯一の男児なのですから」
ビアンカがいつになく真面目な顔になる。
(ビアンカの言うことも分からないではない)
とシオンは胸中で呟く。
貴族が子供を産むことは仕事のうちだ。特にヴァーミリオン伯爵家は、パリス王国建国以来の名家である。幼い内から子供を産むように教育するのは、どこの貴族の家でも同じである。
また、近衛侍女は貴族男性にとって、将来の妻や側室の候補でもある。(だが、今俺は十二歳だ。焦る必要もない)
それにクレアとペイモンは妹のような存在として認識している。将来的にそういう関係になると考えるのは何となく違和感を覚える。
「大人になったら真剣に考えるよ」
シオンは強引に会話を打ち切ろうとした。
「時間が経つのは早いものです。すぐに大人になって結婚適齢期になりますよ。そろそろ性に感心をもって頂きませんと困りますわね」
ビアンカが肩を竦めて、美しい顔をふった。
「仕方ありませんね。今宵あたり私が夜這いして女の肉体の素晴らしさをたっぷり教えて……」
「来るな」
シオンは即答した。
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