第18話 ヒュドラ

「予想通りだな。魔人族とはいえ追い詰められると思考が乱れて、愚かな行動をする。冷静さをかいたら戦いは負けだ」


 シオンは、地面に落ちているフリードリッヒの右腕と食人妖蟲の死骸を炎の魔法で燃やし尽くした。


「クレア、ペイモン。逃げた魔人族を追うぞ」

「はい!」


クレアが、尊崇の眼差しでシオンを見る。


「了解なのです」


 ペイモンが、嬉しそうに答えた。

 


◆◆◆◆◆◆



 フリードリッヒは、塒(ねぐら)としていた研究所に避難していた。

 森の奥深くの洞窟を利用した研究所で、数千人の人間が入れる広大な空間だった。

 研究所には、あちこちに魔導具や薬物を置いた棚があり、大量の書類があった。


「ば、馬鹿な。なぜ……、私がこんな目に……」


 フリードリッヒは激痛を堪え、うめき声を漏らした。

 研究所に戻るとすぐに右腕の止血をした。そして、戸棚から回復薬を取り出して、体力を回復させようとする。


 その時、爆轟と衝撃が響いた。

 研究所全体が地震のように震える。


「な、なんだ!」


 フリードリッヒの顔に怯えた表情が浮かぶ。


「なる程、森の洞窟を利用して研究所を作ったのか。これでは見つけるのは難しかっただろうな」


 シオンの声が研究所に響いた。


「な、なぜ貴様がここにいる?」


 フリードリッヒが、シオンを見ながら叫ぶ。


「追跡魔法をお前の身体につけた。逃げた獲物の巣穴を突き止める時に俺がよく使う手段だ。恐怖に怯えてパニックになると、自分が追跡される可能性を考える余裕がなくなる。成功率は八割ほどだが、今回はうまくいったようだ」

「ぬうぅう!」


 フリードリッヒの顔が屈辱で赤く染まった。

 人間の小僧に右腕を切断されて逃亡し、あろう事か自分の研究所まで突き止められてしまった。全て、シオンの筋書き通りに動かされてしまった。完全に道化である。


「さて、繰り返しになるが、遺言があれば聞くぞ?」


 シオンは剣を構えた。

 フリードリッヒは、目を閉じて、やがて見開いた。


「まだ勝負は終わってはおらん!」


 フリードリッヒは、左手で魔法を発動させた。

 直後、シオンのいる床に魔法陣が浮かび上がり、同時に爆発する。

 爆発音と粉塵が室内に満ちる。

 事前にフリードリッヒが用意していた罠である。

 フリードリッヒはシオンと戦うのを恐れて再び逃亡した。隠し扉に入り、地上に逃げる。


(これもシオンの策謀か? わざと私を逃しているのか?)


 フリードリッヒは混乱した頭で思う。

 だが、今現在、このピンチを凌ぐ方法は一つしかない。 


(あの怪物の封印を解く! そして、怪物にあの小僧を殺させる!)


 フリードリッヒは、森の奥へと駆け抜けた。

 やがて、開けた場所に出た。

 そこは滝のある川辺だった。


 岩が散在する地面に、深紅の円形の石塔が立っていた。

 高さ五メートル程の円形の塔。

 これこそが、フリードリッヒが、研究していたものだ。


 人間の人血で、赤く染まった塔に、フリードリッヒは魔法の術式を注入した。

千人もの人間の血を必要としたのは、この塔に封印された怪物を解放し、フリードリッヒが使役するために必要だったからだ。


 今から二千年前に封印された怪物。封印術式の解除の条件である人間の血は既にたっぷりと注ぎ込んだ。


 術式の封印解除の手続きは、九割は完成している。

 強引になら、解除は可能な筈だ。


「それが、お前の研究対象か」


 シオンの声が、フリードリッヒの後ろから響いた。

 フリードリッヒは、ほぼ予期していたため驚かず、振り返ってシオンを睨みつけた。


「そうだ。このような辺境で私が研究を重ねてきたのは、全てこの怪物の封印を解くためだ」

「召喚術士は、強大な魔物、精霊、天使、悪魔を使役する事を欲する。そう考えれば妥当な思考だ。まあ、凡庸な考えとも言えるがな」


 シオンが、生徒にモノを教える教師のような口調で言った。

 シオンの嫌みに、フリードリッヒは無言で耐えた。やがて、赤瞳に殺意を揺らして答える。


「……お前は強い。それはこのフリードリッヒ=アーリアンが認めてやろう。だが、お前は私は倒せても、この怪物は倒せぬ。お前はここで死ぬのだ」

「それは楽しみだ。強敵というのは得難い存在でな。あまり出会った事がない。是非見せてくれ」


 シオンは本心から答えた。


「言われなくても見せてやる!」


 フリードリッヒは、左手を塔に当てた。塔がフリードリッヒの術式に反応して禍々しい赤い光を放つ。

 シオンは、美麗な顔に冷静な表情を浮かべて様子を見た。シオンの背後にいて、魔法障壁に護られているクレアとペイモンは、緊張しながら推移を見守る。


「見ろ! これが太古に封印された伝説の怪物だ!」


 フリードリッヒの叫びとともに塔が、赤い閃光とともに砕け散った。

 空間を埋め尽くすような膨大な光量が弾ける。

 シオンはクレアとペイモンを連れて、飛翔して後退した。


 やがて、赤い光が消えると同時に、怪物が姿を現した。

 体長は三十メートルを超えている。


 九つのドラゴンの頭部がある首。身体には巨大な前足と後ろ足がついており、全身が黒い鱗で覆われている。

 ブラック・ヒュドラだ。

 ヒュドラの巨体に、クレアとペイモンは驚いて目を丸くした。


「ヒュ、ヒュドラ!」  


クレアが、夢幻的な美貌に怯えた表情をよぎらせる。


「大きいのです~。首が、沢山あるぅ」


 ペイモンが、不思議な感想を述べつつ驚く。

シオンは、上空からヒュドラを見下ろした。


「伝説の怪物と聞いて楽しみにしていたが、ヒュドラか……」


 シオンは溜息をついた。

 前世の魔王クラスの連中と比べるとなんと貧弱な怪物であろうか。

 フリードリッヒは、シオンと同じく空中に退避して、ヒュドラとシオンを交互に見ていた。


(私の実験は成功だ。まだ完全に使役する事はできぬが、取り敢えず、復活は成し遂げられた)


 フリードリッヒは、胸中で安堵の吐息を漏らす。


「シオン=ヴァーミリオンよ。見るがいい! これが、伝説の怪物ヒュドラだ! さすがの貴様もこの怪物の前では赤子も同然よ!」


 フリードリッヒが、勝ち誇る。

ヒュドラが、咆吼して巨体が前に動く。

 大気が震え、地響きとともに地面がひび割れる。

フリードリッヒは、ヒュドラの動く様を見て、歓喜の哄笑をあげる。魔人族はヒュドラにむかって無様にも縋り付くような視線を送った。






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最強魔導師は、ノンビリと生きたい。 転生した《SSS級クラス》の最強魔導師が、エルフ、お姫様、悪役令嬢、村人、獣娘たちとグルメなハーレムスローライフ。チーレム無双な旅行をします。 藤川未来(ふじかわ みらい) @007007007qw

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