第2話 転生
「まさか、転生するとは予想外だった……」
ベッドの端に座り込んで足をプラプラとさせる。
玲司は、現在、五歳の少年の姿をしていた。
黒髪、碧眼で、顔立ちは端麗だった。
現在の名前は、シオン=ヴァーミリオンという。
彼が前世の記憶を取り戻したのは一時間ほど前だった。
夜中にシオン=ヴァーミリオンとして寝ている途中で、軽い頭痛が起こり、そのまま洪水のように脳に前世の記憶が流れ込んだ。
当初は驚いたが、すぐに現状を正確に認識した。
現在、彼は『シオン=ヴァーミリオン』という五歳の少年であり、シオンの記憶を持ちつつ、『朝木玲司』という前世の記憶を保持している。
(転生者の話は前世でもよく聞いていたが、まさか、自分が転生するとは……)
まさに青天の霹靂だ。
シオン=ヴァーミリオンは、ベッドから降りた。
シオンの生家、ヴァーミリオン伯爵家はそれなりに裕福な貴族で、彼の部屋は豪華だった。
シオンは、鏡台の前に立ち、自分の顔と身体を見る。
月明かりが部屋に差し込んでいるが、三日月なので室内は薄暗い。
シオンは、無詠唱で魔法を発動させた。
室内に光の球が浮かび、照明として機能する。
「ふむ。五歳の身体か……」
シオンは顎に手を当てた。
シオンの肉体は、五歳の幼児である。
黒髪は瑞々しく、碧眼が氷の宝玉のように輝いている。
肌は美しく、手足は年相応に短い。
身長も5歳児の平均身長程度。
顔立ちは貴族的な美貌で、少女のようにも見える。
「面白いな……」
シオンは、胸がワクワクするのを感じた。
前世で朝木玲司だった時に転生者の知人がいて、話を聞いたことがある。面白そうだな、と思ったが、自分がなってみると本当に面白い。
シオンは、クルリと鏡の前でダンサーのように回った。
そして、軽くジャンプする。
その後、格闘術の型を行い、正拳突き、前足蹴り、後ろ蹴りなどを軽くする。
身体能力はそこそこだと確認した。
意外によく動く身体だ。
運動神経の良い家系なのだろう。
「しかし、魔力は前世にくらべると本当に少なくなったな……」
とシオンは独語した。
前世は世界最強と謳われるに相応しい強大な魔力を保持していた。 だが、現在は常人と同等の魔力しかない。
(戦闘能力については一からやり直しだな)
シオンは冷静に考察するとベッドに戻り、羽毛の掛け布団に潜り込んだ。
「取り敢えずは情報収集をすること。そして、修行をして戦闘能力を取り戻すことだな」
シオンは枕に小さな後頭部をうめた。
やるべき事は数え切れない程ある。
シオンは天井を見た。天井には綺麗な宗教画が施されていた。
宗教画を見ながら、ふと思う。
(どうして転生したのだろうか? そして、転生の理論は?)
シオンは持ち前の探究心を発露させて、考えた。
転生や転移については、多くの学者が究明してきた。シオン自身も研究した事がある。だが、魔法理論と違い、転生や転移についてだけは中々研究が進まなかった。
理由は実験や検証が難しいからだ。
転生する方法論が確立されたとしても、転生した後、研究対象に確認を取るのが困難である。
そして、転生者の数も少ないので考察がしにくい。
(転生の研究は、後回しにした方がいいな……。いや、……そもそも、考えても無駄かもしれない……。おそらく、俺でも完全な解明は不可能だろう……。今は……、情報収集……を……。あれ? なんでこんなに……眠いんだ? ……頭が働かない……)
シオンは五歳児にふさわしく眠りを欲していた。
前世で世界最強だった男は、可愛らしい顔をして爆睡した。
◆◆◆
結局、朝までぐっすり寝てしまった。
「まさか、眠気に負けるとは……。情けない」
シオンは、ベッドの上で半身を起こしながら独語した。
既に朝日が昇り、室内は陽光が満ちていた。朝を祝うように庭から小鳥の囀りが聞こえてくる。
シオンは、欠伸をした。
眠気がまだ取れない。
まるで幼児だ。
いや、俺は今、五歳児だから、眠気に負けて寝るのは当然なのか?
シオンはベッドの端に移動して座った。
前世で三百歳を超えていたため、精神や思考は大人だが、肉体は幼児という不可思議な状態に陥っている。
(まあ、やがて慣れるか……)
シオンが、そう考えていると扉が開いた。
シオンが扉に碧眼をむけた。
そこには妖精のように美しい女性がいた。
年齢は二十歳ほどに見える。
長い銀髪を編み上げ、瞳の色は黄金。
背は中背で、胸は豊かにみのり、腰は驚く程細い。
処女雪よりも白い肌をしており、メイド服に身を包んでいる。
端麗極まりない美貌は、宗教画の天使を思わせる。
耳は細く長く、尖っており、それが彼女をエルフだと証明していた。
「まあ、シオン坊ちゃま。自分で起きたのですか? 偉いですね」
エルフのメイドは微笑を浮かべてシオンを褒めた。
彼女の名前は、ビアンカ=ペルガモン。年齢は35歳。種族はエルフ族で、ヴァーミリオン伯爵家に仕える近衛侍女(このえじじょ)である。
近衛侍女とは主の警護と、侍女の役目、双方を担う職業だ。
ビアンカは優雅な歩調でシオンに歩み寄ると、シオンの頭にある寝癖を手で撫でつけた後、頭を撫でる。
「ご立派ですよ。シオン坊ちゃま。ビアンカはとても誇らしいです」
ビアンカは心からシオンを賛美し、頭を撫で続ける。
「いや、大したことじゃない……」
シオンは恥ずかしそうに言った。たかが自分で起きた程度で、大仰に褒められると面映ゆい。
「いえいえ、シオン坊ちゃまは偉いです。全てはシオン坊ちゃまの偉大さと私の普段の教育が良いからでございます」
ビアンカはしれっと自画自賛した。
シオンは苦笑した。シオンとして過ごした五歳までの記憶を有しているので、ビアンカの調子の良さも性格も知悉している。
ビアンカの自画自賛は彼女の魅力にすらなっていた。
「さあ、坊ちゃま。着替えましょうね」
「うえ?」
シオンがマヌケな声を出すと同時にビアンカはするりとシオンの寝間着を脱がせた。ワンピースのような幼児用の寝間着がとれて、一瞬でシオンは下着一枚の姿にされた。
「いや、いい! 俺が自分で着替える!」
シオンは、下着を脱がそうとするビアンカに抵抗した。俺のマグナムをそう簡単に見せるわけにはいかん! いや、今は小さいけど!
「どうしたのですか?」
ビアンカは不思議そうに小首を傾げた。昨日と様子が全然違う。いつも裸を見られても気にしない子供だった。元々貴族は、子供でも侍女や下男など階級の低い者に裸を見られても気にしないものだ。
「お、俺が自分で着替える」
シオンが秀麗な顔に真面目な表情を浮かべると、ビアンカは数瞬沈思した後、その命令に服した。難しい年頃だ。軽い反抗期かもしれない。いや、もしかしたら、自分で服が着られるというアピールがしたいのかも。
(ここはシオン坊ちゃまのしたいようにさせてあげましょう)
ビアンカはそう考え、
「了解しました。では着替えはこちらです」
と、着替えをタンスから取り出し、ベッドの上に綺麗に並べた。
シオンは安堵の吐息を出すと着替えた。
上質な白い上着と絹のズボンをはいて、黒い革靴を履く。
その後、シオンはトイレに行った。
トイレに入る前にビアンカが、シオンの首にエプロンのようなものをまいた。顔を洗う時、水が跳ねて服を汚さないようにするための前掛けである。
「私も一緒に参りましょうか?」
ビアンカが問う。
「俺が一人で行く」
シオンがやや慌てて言う。見られながらしたら、危ないプレイに目覚めそうで嫌だ。
トイレに行って、顔を洗い、外に出るとビアンカが、
「一人で、顔まで洗うなんて素晴らしいです。男らしいですよ、シオン坊ちゃま」
と真顔で称賛した。
「……ありがとう」
シオンが複雑な思いで答えるとビアンカはシオンの手を握り、食堂に案内された。
(甘やかされ過ぎてないか、俺? なんだかこのままダメ人間になりそうで怖い……)
シオンは廊下を歩きながら、ビアンカを仰ぎ見た。五歳児の身長なので、大人のビアンカは非常に大きく頼もしく見える。ビアンカの大きな手に包まれて安堵してしまう自分がいた。
(俺、本当に五歳児になったんだな……)
シオンはこの時、五歳児になった事実を実感した。
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