第12話 勅命

 シオンは十五歳になった。 

 たゆまぬ修練を続けたせいで、シオンはある程度の強さを取り戻した。

 

 クレアとペイモンも、シオンの指導のおかげで相当なレベルになった。

 クレアとペイモンは、現在十一歳だが、彼女達に勝てる人間はそうはいないだろう、とシオンは思っている。


 既にクレアとペイモンは、無詠唱魔法を会得した。

 クレアは、エルフらしく樹木を操る樹霊魔法(プラント・マジック)を習得した。

 ペイモンは、結界魔法に長けた魔導師になった。


 シオンは、武器術と徒手戦闘術も教え込んだので、クレアもペイモンも、体術と魔導をバランス良く扱える戦士になった。戦い方の幅が広い方が戦術が増えるので、戦闘の際に有利になるのだ。


 概ね、シオンたちの日常は平穏であり、幸福であった。

 シオンの強さは超人的であり、学問においても希有な才能を見せて祖父エルヴィンとビアンカを喜ばせた。


 クレアとペイモンもドンドン成長し、近衛侍女としての品格、知性、技術を向上させていった。

 そんな平穏な生活の中、突如事件が舞い込んだ。

 その時、シオンはヴァーミリオン伯爵家の城の食堂で昼食を取っていた。

 食堂にはシオンの他に、クレアとペイモンがおり、昼食をともにしていた。


 クレアとペイモンは食事のマナーが、十一歳とは思えない程洗練されており、近衛侍女に相応しい気品を身に纏っていた。

 シオンは食事をしながら午後の修行についての説明をクレアとペイモンにしていた。

 その時、ビアンカが食堂に来た。


「シオン様、火急の折にてお食事中の非礼をお許しください」


 ビアンカがメイド服の裾をつまんで優美に一礼した。

 シオンはビアンカのいつにない緊迫した表情を見て何事かが起きたのを悟った。


「何があった?」


 シオンが問う。ビアンカは、


「既にエルヴィン様にはお伝えしましたが……」


 と言い、語を継いだ。


「先程、パリス王国の首都パランディアより知らせが参りました。パリス王家からの勅命にございます」

「王家の勅命だと?」


 シオンは微かな驚きを碧眼に表した。

 シオンの祖国パリス王国の王家からの勅命となると無下にはできない。ヴァーミリオン伯爵家はパリス王家の臣下であり、勅命は必ず受諾せねばならない。


「パリス王家からの勅命にございます。我がヴァーミリオン伯爵領の東部に位置する王家直轄領において、魔物が領民を殺戮する事件が発生。ヴァーミリオン伯爵家はただちに魔物を討伐し、直轄領の治安回復と領民の被害拡大を防げとの事にございます」



◆◆◆◆◆◆



 翌日、準備を終えたシオン達は、王家直轄領に向かった。

 シオン、クレア、ペイモン、ビアンカ。そして、ヴァーミリオン伯爵家の騎士五十名が、完全武装して東に向かう。


 ヴァーミリオン伯爵家の紋章旗である黒地に黄金の有翼獅子(グリフォン)の戦旗が掲げられた。


 王家直轄領は、文字通りパリス王家の領地である。

 パリス王国内に点在して存在している領地で、これから向かう王家直轄領は王国東部の辺境地帯である。


 開拓民が移住して開拓を進めており、順調に発展していたという。

 だが、一週間ほど前に小鬼(ゴブリン)と大鬼(オーク)の軍団が、開拓村を襲撃し、五つの開拓村が焦土と化したという。


 不運な事に、二週間ほど前に王家直轄領の南部で川の氾濫が起こり、治安維持部隊である王国駐屯部隊が、、川の氾濫の後始末の為に南部に移動していた。


 本来は直轄領の魔物を討伐するのは王国駐屯軍の職務である。

 だが、王国駐屯部隊は川の氾濫の後始末に忙殺されており、困った王家はヴァーミリオン伯爵家に魔物の討伐を命じる事になった。


 国民を魔物の脅威から防衛する事は、王族、貴族の責務である。

 シオンの祖父エルヴィンは勇んで任務に自ら赴こうとしたが、ビアンカが必死で止めた。さすがにエルヴィンは高齢過ぎる。


 代わりにシオンがヴァーミリオン伯爵家の当主代行として魔物の討伐に向かうこととなった。

 五日後、ようやく王家直轄領に到着した。


「我がヴァーミリオン伯爵家も田舎だが、ここも田舎だなぁ」


 とシオンはいささか不謹慎な台詞を吐いた。

 王家直轄領は、山と森が延々と続く、まさにド田舎だった。

 道も整備されておらず、人の気配が感じられない。

シオン率いるヴァーミリオン騎士団は、黙々と行軍し、翌日、目的地の森に到着した。


 空は、曇天に覆われていた。

 目的地の森は、苔むした巨木がそびえ立ち、木立が密生して、陽射しがわずかしか差し込まない。


 昼なお暗い巨大な森を、シオン達が進軍していく。

 先遣隊の報告によれば、この森の奥に大鬼オーク小鬼ゴブリンが、集落を形成しているという。

 つまり、ここが魔物達の巣穴であり、ここから魔物達は人間の村を襲っているのだ。


「魔素が濃いな……」


 シオンが馬上で独語した。

 魔素には明確な定義がなく、大気中やダンジョン内に漂う魔力を『魔素』と呼称する場合が多い。

 魔素は、清浄なものもあるし、邪悪なものもあるが、この森の魔素は圧倒的に邪悪だった。粘り着くような不快で危険な気配に満ちた魔素が森全体を覆っている。


「なんだか、薄気味悪いです」


 クレアが、シオンの後ろで呟いた。


「ペイモンも、なんだか怖いのです」


 ペイモンが、馬の手綱を握りしめる。


小鬼ゴブリンや、大鬼オークの巣穴らしい不潔で不快な場所ですね」


 ビアンカが、黄金の瞳に嫌悪の光を宿した。

 十分後、ヴァーミリオン家の五人の騎士たちが森の奥から、やってきた。

 先遣隊として派遣された偵察隊である。

 五人の騎士たちが、シオンに報告した。


「この森が魔物どもの根城に間違いございません。ここから北東に馬で三〇分ほどの 距離に、小鬼ゴブリン大鬼オークの集落がございます」


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