7.

 昼休み、ハートフィールド伯爵令嬢がサラに話しかけていた。

「ランチ、ご一緒しません?」

「嬉しいです、是非!」

 笑顔で即答したサラに便乗するように、いくつもの声が重なった。

「僕も一緒にいいだろうか」

「あ、俺も是非」

「わ、私もよろしいですか?アイラ様!」

「あ、俺も俺も!サラの…じゃなかった、サラ嬢の冒険者の話、聞かせてくれよ」

 それを横目に、マーシャは教室を出て一人レストランへと向かう。

「皆で是非!」

 サラは笑顔で答えた。

 昨日、放課後に話しかけてくれた生徒達だった。

 アイラ、ジャン、リチャード・バーナード伯爵令息、ミリアム、ギルドマスターの息子ジャック・ニューマンと連れ立って一般生徒用のレストランへと向かう。

 貴族子女が食すので、値段もそれなりだ。

 ギルドマスターの息子ジャックは特待生なので、食費も無料であるらしい。

 専門科目の授業が始まれば皆で一緒に、というのも難しくなるかもしれないので、一緒に食べられる時には食べたいと思うサラだった。

「家族以外の男女でランチは、冒険者パーティーを組んでいる時くらいなので嬉しいですわ」

 サラが言えば、アイラが少し考えるようにしながら言った。

「まぁ、わたくしなんて初めてかもしれないわ…」

「貴族の男女が集まってランチ、というのはなかなかないよね」

 ジャンがメニューを見つめながら笑顔で言い、ミリアムは大きく頷く。

「私まで仲間に入れて頂いて、光栄です」

「クラスメートなんだから、いいんですよ!俺なんて一人平民なんで!」

「そうね、クラスメートだものね!」

 ジャックの気さくな言い分を全面的に支持したサラに、皆も笑顔で頷いた。

「違いない」

 リチャードも気にする様子もなく、頷いている。

 いい人達だ、とサラは思った。

 食事をしながら、グレゴリー侯爵令嬢のことについて聞かれて、困る。

「向こうはずいぶん親しげだが、名乗りもしなかったということは、一方的に話しかけてくる、ということかい?」

「そうですね。こちらから話しかけることはありませんでした」

「…それでよくもまぁ…悪意はなさそうだったが、気づいていなかったんだろうな」

「侯爵家ともなりますと、挨拶を受けるのが当然で、有象無象に返事などしていられない、ということなのでしょうか。…それでも親しくしたい方に名乗らない、ということはありえませんけれど…」

 ミリアムは下位貴族と呼ばれる子爵家であるので、サラと同じように今までに何か嫌な思いをすることもあったのかもしれない。

 否定的な見解に、侯爵令息であるジャンが苦笑した。

「侯爵家だからと同じにしないで欲しいな。まぁ向こうは筆頭侯爵家だからね、格上といえば王家と公爵家のみだから…下々の者には関わっていられない、ということなのかも」

 片目を瞑っていたずらっぽく微笑むジャンは次男という話であった。

 侯爵家の出でありながら、冒険者として名を上げ、名誉騎士にまで上り詰めたサラの父親のことを尊敬しているらしい。

 皆の笑いを誘ったことに満足そうに頷きながら、ジャンはそういえば、とサラを見た。

「サラ嬢の父上のご実家メルヴィル家は、名誉騎士を輩出してから王家寄りになったけれども、元々はそれほど力のある侯爵家ではなくてね…あぁ、気を悪くしたなら申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。全く関わりはございませんので」

「そうなのかい?」

「向こうから夜会だ茶会だとお誘いが来たり、顔を見せに来いと連絡が来たりするようですが、父は全て断っておりますね。…実家にいい思い出がないようで」

「…そうなのか。僕の家は父が内務大臣の地位を頂いているが、比較的新しくてね。兄が後を継いだら、もう僕が継ぐべきものは何もなくて。名誉騎士殿を見習って、冒険者を経て、騎士団に入ろうかと思っているんだ」

「内務大臣は目指さないのですか?」

「兄が目指しているよ。僕はどちらかというと身体を動かす方が好きだからね」

「そうなのですね」

「と、いうことで僕も将来平民予定なんだ。だから君と同じだよ。仲良くして欲しいな」

 ジャンがジャックの方へと身体を向けて、手を差し出す。

「そういうことなら」

 笑顔で握手を交わすのを微笑ましく見守った。

「実は俺、ギルドマスターの息子でありながらあんまり身体動かすの好きじゃないんですよね。そのかわり、効率のいい依頼完遂方法とか知ってるんで、聞いてくれたら協力しますよ」

「ありがたいな!」

「俺もぜひ仲間に入れて欲しい」

 リチャードが会話に加わり、男子三名は固く握手を交わすのだった。

 そんな男子の様子を見守りながら、伯爵令嬢アイラがサラへと視線を向ける。

「ねぇサラ様。わたくしも冒険者登録をしてみようかなと思うんだけれど、難しいかしら?」

「冒険者になって、何をしたいかによりますわ。お金を稼ぎたいとか、強くなりたいとか、有名になりたいとか」

「そうね…。わたくし、伯爵令嬢としての教育しか受けていないの。社会勉強の為、といったら、傲慢かしら」

「社会勉強…ですか」

「実はわたくし、辺境伯令息のエドワード様と婚約をすることになってね、辺境伯領は大森林があって、魔獣も多く出没するの。私兵だけでなく冒険者の力も借りて、平和を維持している。将来の旦那様がどんな風に戦っているのか、どれだけ大変なのか、知りたい、と思ったの。…戦闘訓練も受けていない令嬢では、邪魔かしら」

 とても前向きな言葉に、サラは感動した。

「素晴らしいお考えだと思います。私が令息様の立場だったら、すごく嬉しいですもの。その素直なお気持ちを、令息様にお話になるといいと思います。護衛をつけたり、簡単な依頼をこなすところから始めたり、やりようはあります。令息様はお幸せですね!」

「そ、そうかしら…!そうだといいのだけれど…!」

「入学してすぐに婚約とは、何か理由があるのですか?」

「ああ、ええ、彼とは幼なじみなのだけれど、昨日顔を合わせて、早く婚約したい、と言われて」

「相思相愛なんですね!」

「は、恥ずかしいわ…!でも、わたくしもすごく嬉しくて、それで…」

「そういうことならなおさらですわ!きちんと話をなさって下さいね!」

「ええ、ありがとう。そうするわ」

「おめでとうございます!」

 皆で祝えば、アイラは頬を真っ赤に染めて喜んだ。

「み、みなさん、ありがとうございます…!」

 照れる伯爵令嬢を、皆が微笑ましく見つめる。

「それで、少しでもお役に立てば、と、魔法科を取ろうかと思っていましたの」

「それも相談してからでいいと思います!」

「そ、そうね。そうするわ」

「はい!」

「いいなぁ。俺も彼女ほし~」

 ジャックのぼやきで本日のランチは終了した。

 選択科目が始まるのは来週からであるので、今週は皆で一緒にランチをしよう、と話をして、その日は別れた。

 生徒会室に行けば最高学年のメンバーが揃っており、専門科目について話をした。

 どんな教科を取っていたかと兄に問えば、兄は指折り教えてくれた。

「俺は魔法科、騎士科、商業科の興味がある単位は全部取り終わって、今は経営と法律を取ってるぞ」

「結構詰め込んでるんだね」

 サラが感心したように言うが、兄は平然としている。

「生徒会が始まる時間ぎりぎりまで授業を詰めれば効率的だろう?」

「…確かに…」

「基礎課程の授業はボーナスステージだぞ。俺もおまえも家庭教師からすでに習ったことばかりだから、他教科の予習復習に当てればいい」

「そ、それは基礎課程の先生に失礼なのでは…?」

「バレないようにやるんだぞ」

「わぁ…」

「家にいる時間は可能な限り読書と鍛錬に当てたいし」

「…そうだね、それは私もそうかな」

「兄妹揃って書庫に籠るから、母上がわざわざ書庫の隣の部屋の壁をぶち抜いてサロンを作って下さったしな…」

「おかげでゆっくり読書ができるようになったね…」

「…君たち兄妹は本当に仲が良いな」

 優雅にティーカップを口に運びながら、王太子が呟いた。

「羨ましいでしょう。殿下の要求がひどいので、俺…もとい、私は真面目に勉強しないと追いつかないのです」

「私のせいか」

「殿下は選択科目はどうされていますか?」

 サラが尋ねると、王太子は嬉しそうに微笑んだ。

「クリスと似たようなものだよ。公務もあるからね、時間は無駄にできない。ダンジョン攻略もしたいし」

「冒険者活動はよく許容されていますよね」

 横から口を挟んだクリスに、王太子は軽く肩を竦めて見せた。

「王族でAランクになった者は我が国に存在しないからね。護衛騎士が山のようについて来るが、私に勝てる騎士はいない。職務とはいえ同情を禁じ得ないな」

「護衛騎士は、盾となる為人数も必要なんですよ」

「まあ、確かに。とはいえ、一人でAランクになったわけではないから」

「カイル達もいますからね」

 兄が頷く。

「…カイル、という方は?」

 ジャンが首を傾げ、王太子が補足した。

「東国イストファガス出身の獣人族で、名誉騎士殿の紹介で知り合ったのだ。かつてのスタンピードの時、共に行動していた友人の子息、ということで」

「そうなんですね。ではその方のお父上も英雄でいらっしゃる?」

「そう。イストファガスで将軍をされている」

「おお…」

「転移装置のおかげで、イストファガスと我が国の行き来が楽になっただろう。それでカイル達も休日になるとこちらへ来て、冒険者をやっているんだ」

「なるほど」

「獣人は人よりも身体能力に優れている。我々人間はなんとひ弱な存在なのかと、何度思ったことか。おかげで私達は思い上がることなく、謙虚に成長したわけだ、なぁクリス?」

 王太子に話題を振られて、兄は肩を竦めた。

「謙虚な殿下のお姿なんて、見た記憶がありませんが」

「おいこらおまえ」

 王太子のツッコミにも、兄は全く怯まない。

「高ランクになればなるほど、パーティーの重要性を実感しますね。サラもAランクを目指していかないといけない。時間は無駄にできないぞ」

「は、はい!」

 話題がサラへと戻ってきて、サラは背筋を正して頷いた。

 王太子もまたサラを見て、優しい笑顔を向けた。

「ただサラ嬢は経営や法律はそれほど重要じゃないだろう?他に学びたいことがあるなら学べばいいよ」

「そうですね。魔法科と騎士科は集中して取ろうと思います」

「それがいいね」

「…殿下達のお話を伺っていると、僕…いえ私がいかに何も考えていなかったかを思い知ります…」

 ジャンの嘆きに、王太子が反応した。

「そうかい?」

「騎士団入りを目指しているから騎士科、と考えていましたが、もっと他にも学ぼうと思いました」

「それは良かった。優秀な人材は国の宝だからね。頑張ってくれたまえ」

「はい!」

 ずっと書類に書き物をしていた宰相の息子フィリップ・ワーナーが顔を上げ、ぽつりと呟く。

「私なんて法律と経営を取った後は、商業科と哲学科だぞ。冒険者ランクなんて卒業資格ギリギリだ。…私も本当は騎士科や魔法科を取って、冒険者として活動したかった…」

「え…」

「長男だからなあ…宰相が、おまえを後継にしたくて仕方ないんだろうな」

 王太子の慰めに、フィリップはさらにため息をつく。

「姉二人ですからね…私が継がねば侯爵家が…」

 悲嘆に暮れる姿にかける言葉もなく、室内は微妙な空気に包まれた。

「親の職業を子が継がねばならない法はない。…まぁ私が言うのもおかしな話だが、宰相職は世襲ではないのだから、侯爵家は継ぐにしても職業は好きにすれば良いのではないか?」

 王太子が提案するが、フィリップはがっくりと項垂れた。

「父はそうは思っていないんです…どなたか優秀な方が次期宰相になってくれればいいんですが…ああ、クリスなんてどうですか?」

「やめてくれ。さすがに宰相は荷が重い」

 兄は慌てて両手を振った。

 真面目に考え始める王太子が、兄を見て呟く。

「名誉騎士と宰相の兼任はさすがに無理だろうなぁ」

「…名誉騎士になれる保証もありませんよ」

「なに、Sランクになれば誰も文句は言うまい。頑張れよ」

「気軽に言ってくれるなぁこの殿下…微力を尽くします」

「あら、遅くなってしまったかしら?ごめんなさい、辺境伯家の婚約のお話を聞いていたらこんな時間に」

 二人の軽いやり取りをはらはらしながら見守るサラ達だったが、イーディス王女を始め、二学年の生徒が入ってきて場が一気に華やかになった。

 一年の仕事は二年が教え、二年の仕事は三年が教える、という流れで仕事の引継をしながらも、おめでたい婚約の話で盛り上がるのだった。

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