60.

 午後も同じように進み、六十三階から六十四階へ至る通路で料理人と荷物を下ろし、野営の準備をしている間に、パーティーは六十四階を途中まで進む。

「少しずつ敵は強くなっているが、六十五階までは問題なく行けそうだな」

 王太子の呟きに、兄が答える。

「明日は六十五階まで行ってから戻り、また六十一階から行けるところまで行きますか?」

「そうだな。そうしよう」

「御意」

 道を引き返し、料理人が待つ通路へと戻る。

 テントを設置し、テーブルやイスを置いて、腰掛けたところでちょうど料理ができたらしく、護衛騎士が給仕をしてくれた。

「東国の料理は割とスパイスを使ったもんが多いけど、こっちはそうでもないんだよな。俺こっちの料理のが好きなんだわ」

 と言いつつ、カイルは豪快に肉を頬張っていた。

「カイルは辛いものが苦手だものね」

 リディアが笑い、「私はスパイス料理好きなんだけどね」と言いながら上品に料理を口に運ぶ。

「好みが違うと、どちらが優先されるんだ?」

 王太子が面白そうに問い、カイルが首を傾げた。

「家で食うのは俺でも食える料理だな。外で食う時は、各自食いたい物を食う」

「へぇ、そうなのか」

「私は別にスパイス料理を食べないと死んじゃうってわけじゃないから、家ではカイルの好みで構わないのよ。晩餐なんかで同じ料理が出される時は、融通が利くときはカイルのものはスパイス少な目でお願いするし、無理ならカイルは我慢して食べてるわ」

「偉いじゃないか、カイル」

「おまえ、馬鹿にしてやがるな?」

「私は好き嫌いはないからな」

「全く…」

「クリスも苦手な物はなかったよな。サラ嬢は?」

 話題を振られ、サラも頷く。

「私も特に食べられない物はないと思います」

「偉いな、サラ嬢」

「とはいえ、食べたことがない料理もあるしな。…この国で暮らしている分には、という注釈付きですよ」

 兄が補足し、サラは「そうだね」と首肯した。

「今度東国に遊びに来いよ。スパイス料理食ってみるといい」

「それはいいわね!東国もたくさん観光地があるのよ!一緒に見て回りたいわ!」

「国外はいつか行ってみたいです!」

「そうだなぁ。なんだかんだとこの国から出たことないもんな」

「ダンジョンがあるから、冒険者として活動するなら外に出る必要ないもんね。時間ができたら考えてみて。いつ来れるか教えてくれたら案内するから!」

「そのときにはよろしくお願いします」

 サラとリディアが笑いあう。

 とても賑やかに夕食を終えた。

 護衛騎士が食器を下げ、食後の紅茶を淹れてくれたものを飲み、ゆっくり過ごす。

 やがてカイルとリディアが「お先に」と言ってテントへ消え、兄とリアムも「料理長の所に行って来る」と行って席を立った。

 背後に控えているはずの護衛騎士もまた、料理長のそばで何か話しているようだった。

 皆が何かしら忙しそうにしているのに、自分はのんびり座っていていいのだろうか、と思っていると、隣にいた王太子が話しかけてきた。

「サラ嬢、今日一日どうだった?」

 穏やかな声音だったので、サラも自然に返すことができた。

「緊張しました。攻撃はレジストされるし、初めての所だしで…」

「疲れただろう」

「そうですね、今日はよく眠れそうです」

「それはいいことだ。またココアを淹れさせようか?」

 笑い含みに言われ、サラは頬が熱くなるのを自覚した。

「いえ、そんな。そこまでお気遣い頂かなくても大丈夫です」

「家族団欒の時には、ココアを飲むんだろう?」

「そうなんです。家族皆で、ココアを飲みます」

「…名誉騎士殿も?」

「はい。もちろん母も。談話室で暖炉の前にラグを敷いて、クッションをたくさん並べて、父はクッションに埋もれて、ラグの上に寝転がって。その上に愛犬も乗って、ごろごろして過ごします」

「名誉騎士殿が、ごろごろ…?」

「あ、イメージが壊れちゃいますね…」

「ああ、うん…いや、うん…」

 視線を逸らし、おそらく普段の名誉騎士の姿とのギャップに戸惑っている様子に、サラは思わず声を出して笑ってしまった。

 王太子の視線を感じ、顔を上げた。

「普段の父は、よほど真面目に仕事をしているんですね」

「ああ…陛下の背後に控える名誉騎士殿は、いるだけで存在感がすごいよ。ごろごろしている姿なんて、本当にちょっと…想像ができないな…」

「ふふ、家では犬に乗っかられている父なんですよ」

「うーん…」

「内緒にして下さいね。殿下に知られているって知ったら、父は驚く…こともないかもしれないですが…」

「えっ?驚かないの?」

「父は自分が外からどう見えるか、ということは気にしていないようです。「そうか」の一言で終わっちゃうかもしれません」

「…すごい人物だね」

「そうですね。私もそうありたいと思います」

「サラ嬢は気にする?」

 王太子の問いは優しい。サラは少し考え、素直に頷いた。

「…はい。求められる自分でありたいと思ってしまいます…本当は自分らしくありたいと思っているのですが」

「そうか…そうだな、それは私もそうだ」

「殿下でもそのように思われるのですか?」

「次期王なんてものは、王の次にあれこれと求められる存在だからね。立派であれ、賢くあれ、慈悲深くあれ、厳しくあれ…知るかボケ、って、思うよね」

「……」

 驚きに目を見開いたサラに、笑いかける。

「私には冒険者をやることが必要だった。自分を見失わない為にね。…サラ嬢にとって、冒険者はどう?」

「私は…冒険者をやっていると、自由だと感じます。けれどそれは、家族が応援してくれて、兄やリアムさんや、助けてくれる人がいるからこそ、許された自由なのだということを理解しています」

「うん」

「両親は、冒険者として生きたいのなら生きていいと言ってくれます…でも私はこの国の貴族令嬢であることも理解しています。いずれ選択しなければならなくなる…その時が来たら、後悔しない自分でいたいな、と思います」

「そうか。私は生まれた時から選択の余地などなかったが、選択できる立場というのも大変なんだね」

「あっ…殿下のお立場も考えず、身勝手なことを」

 慌てて言うが、王太子はとても優しい瞳で微笑むのだった。

「いいんだ。サラ嬢の気持ちがわかって良かった」

「……?」

 首を傾げるサラに、王太子は軽く笑った。

「冒険者かつ、貴族令嬢であるサラ嬢を求めてくれる人なら、いいんだろう?」

「え?…あ、そう…です、ね…?」

 人?と呟くサラに、王太子はにこやかに微笑んだ。

「大丈夫。任せて」

「はい…?」

 何と答えていいものやら、迷ったサラは目を瞬く。

 王太子の視線が物言いたげだったが、サラは何となく気恥ずかしく、視線を逸らした。

「あ、以前お借りした本、ずっと借りっぱなしになっていました。申し訳ありません。今お返ししてもよろしいですか?」

 話題を逸らした事を察した王太子だが、そのままにこりと笑顔を向けた。

「もちろん構わないよ。読んでみてどう思った?」

 マジックバッグから本を取り出し、王太子に渡しながらサラは言葉を慎重に選ぶ。

「…はい。神と精霊の加護のある国なのに、どうして他国を貶めるようなことを書くのだろう、と…」

「そうだね」

「サーラ女王が精霊と契約していたというのは虚言である、という主張の根拠が、「王国人ではなくなったから」というのは通用するのでしょうか…」

 小声で呟いたのは、王国人であるリアムに配慮したからである。

 王太子は本の表紙を撫でながら、軽く頭を振った。

「精霊が気に入ったから契約を持ち掛けるんだよ。アルスタイン国民に加護があるのは約定があるからで、契約を結ぶのは精霊個人の裁量だ。そこに国は関係あると思う?」

「いいえ」

「そうだろう?我々他国の人間はそう考える。だが中心にいる王国人は、そう考えないようだ。…精霊は、精霊王国のもの、とね。無論、全ての王国人がそのように考えているわけではないよ」

「はい、それは理解しています」

「王国人は他国へ出たがらない。他国籍になれば、生まれて来る子供は加護を得られない。逆に他国の人間は、王国籍を欲しがる。この図式が変わらない限り、王国の性質も変わらないのかもしれない」

 神と精霊の国。

 精霊王と、巫女姫が守る国。

 おとぎ話のように輝いて見える国の内部は、決して美しいわけではないのだと知ってしまったことは、悲しみと落胆を齎した。

 どの国も似たようなものなのだろう。

 いい人もいれば、悪い人もいる。

 仲良くなれる人もいれば、相容れない人もいる。

 だが少なくとも王国人であるリアムは素晴らしい人だ。

 色々な人がいて、私達と変わらない人間なのだった。 

「さぁサラ嬢、そろそろ休もうか。明日も一日頑張らないといけないからね」

「は、はい。長々と失礼しました」

「とんでもない。貴重な時間をありがとう」

 王太子が本を収納しながら立ち上がると同時に護衛騎士がやって来て、ティーカップを片づけ始める。

 兄とリアムもやって来て、テーブルやイスを片づけ始めた。

「あれ、お兄様にリアムさん、まだ休んでなかったの?」

 サラが問えば、二人は曖昧な微笑を浮かべた。

「殿下が起きてるのに、先に休むわけにはいかないだろ?それにサラもいるんだし」

「あ、そうか、そうだよね。ごめんね、私殿下の貴重なお時間を」

「それは気にしなくていい」

「えっ?」

「さ、サラは早く寝なさい。今日は疲れただろう?」

「うん…。では殿下、お先に失礼致します」

「ああ、おやすみ、サラ嬢。良い夢を」

「はい、おやすみなさいませ」

 サラがテントに入る直前見たのは、王太子がとても嬉しそうに笑っている姿と、ため息をついている兄の姿と、苦笑しているリアムの姿だった。

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