83.

「ハァ?」

 馬鹿にしたような声を上げたのは元従者だったが、王太子は反応せず、サラを見ていた。

「一瞬で終わります。このまま、ここで、戦わせて下さい」

 兄もリアムも反対しなかった。

「おいおい、ケガして泣いても知らないぜ」

 元従者が相変わらず何か言っているが、サラも王太子も互いを見ていた。

「…許可しよう」

 しばしの沈黙の後王太子は頷いた。

「ありがとうございます」

「審判は公平に彼に頼もう」

 彼、と指さしたのは、すでにお馴染みになってしまったAランク冒険者のリーダー、名前をアーノルドと言った。

「気配消してたのに、よくおわかりになりましたね殿下」

「気配がなくとも、君は目立つ」

「あー!それは盲点!」

「でかすぎるのよねぇ」

「同感」

「うるせぇよ」

 三人組が壁を抜けて前に出て、その後ろに新たにパーティーを組むことになった夫婦も加わっていた。

「お嬢ちゃん、色々トラブルに巻き込まれて大変だなぁ」

 同情を向けられ、サラは苦笑するしかなかった。

「よろしくお願いします」

 アーノルドに頭を下げれば、喜んで、と言葉をくれた。

「彼らもAランク冒険者だ。公平に審判をする。異論はないな」

「いいですけど、ケガさせてもお咎めなしにして下さい」

「無論だ。そちらは負けたらサラ嬢に謝罪し、二度と近づかぬと誓ってもらおう」

「…わかりました」

「彼に回復を」

 五人組に声をかければ、ステラが歩み寄って元従者に回復魔法をかけた。

「全快したか」

「はい」

「あとでごちゃごちゃと言い訳をされては適わぬからな。他になければ開始するが?」

 王太子の挑発するような発言に、元従者は不快げに眉を顰めた。

「大丈夫です」

「審判が終わりと言ったら終わりだ。一瞬で勝負はつく。いいな」

「はは、俺が勝っちゃうってことですかね?いいですよ、審判の判断に従います」

「その言葉、覚えておけ」

 王太子はそう言って、サラの肩に手を触れて無言の激励をしてから兄達の元へと下がった。

 サラはただ立っていた。

 元従者は剣を抜き、盾を構える。

「魔法を使うにしても、杖くらい持ちなよ。このまま俺が勝ったら、虐めたみたいになるじゃん」

 減らず口も、二度と聞くことがなくなると思えばなんとも思わなくなった。

 サラは無表情を保ち、腰にある剣に触れた。

「必要ありません」

「そうなの?じゃぁ君が負けたら俺のパーティーに入りなよ。後衛は大歓迎だからさ」

 この期に及んでまだパーティー勧誘に勤しむ男に、周囲の壁から呆れたようなため息が漏れた。

 サラもまた、ため息が漏れる。

「わかりました。私が負けたら、あなたのパーティーに入ります」

「えっマジで!?後でやっぱナシってのはやめてくれよな!」

「私を嘘つきのように言うのはやめて下さい。不快です」

「はいはい。じゃ、さっさと終わらせよう」

 サラと元従者の間に立ったアーノルドは、片手を上げた。

「では…開始!」

 手を振り下ろした瞬間、カールはサラに向かってダッシュした。

 盾を構え、剣を突き出そうとする。

 だが背後から襟首を捕まれ、後ろへと引っ張られた。

「ぐぇッ…!」

 潰れたような呻き声を上げ、カールは仰け反る。

 見上げた先に審判を務める男の顔があり、怪訝に眉を顰めた。

「ちょっと…」

 苦言を呈そうとしたが、遮られる。

「おまえの負けだ」

「…は?」

「見ろ」

 顎をしゃくって促した視線の先には、サラの剣先があった。

 喉元に突きつけられたそれに、思わずカールが後ろへと下がる。

 だが襟首を捕まれている為下がりきれず、触れるかどうかのぎりぎりの距離で動けなくなった。

「なん…」

「盾を構える前に勝負はついていた。俺が止めなかったらおまえ、自分から剣先に突っ込んで即死してたぞ」

「は…?」

「死んでた方が良かったか?」

「……」

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 そんな馬鹿な。

 切っ先を突きつけるサラは無表情のまま、息も乱さず剣を持つ手が震えてもいない。

 嘘だ、こんなことはありえない。

 見えなかったどころではなく、サラが動いたことにすら気づかなかった。

 そんなはずはない。

 俺より年下の女だぞ?

「勝負あり。お嬢ちゃんの勝ち」

「待った!!」

 カールは叫んでいた。

 このままで終われるか。

 審判を振り返る。

「あんたが手を貸したからだろうが!」

 指を指せば、男は「はぁ?」と盛大にため息をつきながら聞き返してくる。

「あんたが俺を止めた隙に、こいつが剣を突きつけたんだ!!」

「…おまえ、マジか…このレベルの阿呆が何人もいるなんて、この国どうなってんだ…」

 周囲からはブーイングが巻き起こっている。

 その全てが、カールに対する罵詈雑言であった。

 

「てめぇ、冒険者やめろこの恥曝しが!」

「負けたことすら認めねぇとか頭おかしいのか!」

「死ななきゃ治らないなら、死ぬしかねぇんじゃねぇの」

「殺しちまえ、お嬢ちゃん!」

「クズが!状況考えろや!」

「Aランク冒険者に勝てるわけねぇだろうが!Cランクなんてスタンピードでも雑魚処理しかやれることねぇんだぞ!!」

「分を弁えろ!」


 酷い言われようだったが、カールは敗北したとは思っていない。

 ズルをして、この女に勝利を譲ろうとした審判に怒りが沸いていた。

 サラを見れば、サラは王太子に何か言われて頷いていた。

 どうせまたズルでもするのだろう、と思えば、カールは義憤に駆られた。

「正々堂々と勝負しろ!」

 言えば、ブーイングはさらに高まり騒音となった。

 「死ね!」だとか、「殺せ!」だとかの物騒な言葉が大合唱だ。

 審判の男は呆れたように肩を竦めていたし、クリスやリアムもまた同じようにため息をついていた。

 しばし周囲の様子を傍観していた王太子だったが、片手を上げて制した。

 すっと水が引くように、周囲が静まり返る。

 王太子への信頼と崇拝が見て取れる一幕であった。

「良かろう。そこまで言うなら審判、次は止めなくて良い」

「…わかりました」

 審判の判断に従う、と言ったくせに、元従者は従わなかった。

 何を言っても、どうやっても、本人が認めなければ勝負は終わらないのだった。

 魔獣の群れが押し寄せ、戦闘が始まっている今、無駄な時間を過ごすわけにはいかない。

「サラ嬢、先程言ったとおりに」

「はい、殿下」

 何を言ったのか、周囲は固唾を飲んで状況を見守った。

 審判の男が再度手を上げ、開始の合図をする。

 カールは先程と同じように、剣と盾を構えて突進した。

 瞬き一つしただけだったのに、視界が低くなり、ぐらりと傾いで顔から地面へと倒れ込む。

 転んだのだ、と思い、勝負の場で恥ずかしい、と思った。

 また向こうの勝利だなんて言われてしまったら、文句を言ってやろうと身体を起こす…が、起こせなかった。

 膝から下に感覚がなく、両手もやけに軽かった。

 顔を上げ、己の両腕を見て目を瞬いた。

 肘から先が、なかった。

 剣と盾を持った肘から先の両手が、少し離れたところに転がっていた。

 何が起こったのか理解できず、足下を見る。

 膝から先が、なくなっていた。

「…は…?」

 それはカールが突進した瞬間の場所に、転がっていた。

 何故?と言う言葉が、脳裏を駆けめぐる。

 勢い良く両手両足から血が吹き出して、まるで夢の中にいるようだった。

 身体を起こすことも忘れて呆然とするカールの元に歩み寄る足があり、見上げれば王太子が立っていた。

 回復魔法を唱えたと思った瞬間、出血が止まる。

 だが両手両足は戻らなかった。

「さて、おまえはこれでも負けを認めないのか」

 王太子の言葉だけが、やけに響いた。

 周囲の人垣は、しわぶき一つない。

 まるでこの場に王太子しか動く者がないかのように、何の音もしなかった。

 遠くに飛んでいく鳥の声が聞こえて、現実なのだと理解する。

 さらに足音が聞こえて、王太子の隣に並んだのはサラだった。

「…魔獣でなく人を斬ることになるなんて、とても残念で不快です」

 率直な意見に、王太子は慰めるようにサラの肩を叩いた。

「済まぬ。こうでもしなければこの男は状況を理解しない」

「はい、わかっております。でもせっかくの素晴らしい剣なのに」

「サラ、浄化魔法をかけよう。すぐに忘れるよ」

 クリスが歩み寄り、リアムもまたサラを慰める為に歩み寄った。

「素晴らしい腕前ですね」

「いいえ、私なんてまだまだです。父の剣は、血を全くと言っていいほど流さないので」

「それはすごいですね」

「はい」

 わきあいあいと話している、目の前の光景が信じられなかった。

 何を言っている?

 俺はどうしてこんな状況になったんだ?

 未だ目を見開いて硬直しているカールの元にかがみ込み、審判の男は哀れむような視線を向けた。

「自分の身に何が起こったかすら理解できねぇんだな。実力差がありすぎるのも問題だ。…おまえはお嬢ちゃんに両手足を落とされた。戦闘不能でおまえの負けだ」

「は?…はぁ…?んな、馬鹿な…」

「はい、拾ってきてやったよ」

「おー、気が利くなぁ」

 パーティーメンバーと思しき男が、カールの両手足を拾って乱雑に足下へと放り投げた。

 ガシャンガシャンと重い音を立てて、武器や鎧を装備した両手両足が転がった。

 己のそれを再度見て、身体を見る。

 本当に、肘から先も膝から先もなかった。

 痛みがないから、全く実感が沸かない。

 動かそうとしても、動かない。

 そんな馬鹿な。

「回復魔法を使うのならば使うがいい。何度も切り落とされればさすがに理解するだろう」

 王太子の言葉は慈悲深いもののように聞こえたが、実際には地獄へと誘う囁きだった。

 回復魔法などカールは使えない。

 魔力量が少ないと知った時、魔法を覚えるという選択肢を放棄したのだから。

「…か、回復してくれたらまた戦えますけど…」

 言えば、周囲から嘲笑が巻き起こった。

 王太子は隠すことなくため息をついた。

「本当に駄目だな。この手合いは懇切丁寧に説明しても理解しない。時間の無駄だな」

「全く同感です。休憩しないと、夜の出撃に響きます」

 王太子とクリスの会話が、自分のことだとは思わないカールは、切り離された両手両足に視線を向けて、回復を願う。

「とりあえず、戻してもらえませんか?痛みはないんですけど、起き上がれないし」

「戻す前に己の敗北を認めて謝罪すること、二度とサラ嬢に近づかないことを誓約してもらうが、良いか」

 王太子は平たい板を持っていた。

 本当に契約をさせる気なのだと思ったが、自分の身には代えられない。

 カールは仕方なく頷いた。

「…戦えないんじゃしょうがないので、負けを認めてもいいです」

「そうか。では先に侮辱したことについて謝罪してもらおう」

「…侮辱してすいませんでした」

 心にもない台詞であったが、回復してもらえるのなら安いものだ。

「謝罪を受け入れます」

 小娘は素直に頷いたが、カールは笑いそうになるのを我慢した。

「では回復を」

 またステラが歩み寄り、回復魔法を唱えてくれた。

 両手両足が繋がって、元従者は身体を起こす。

 ステラに礼を言うこともなく、動くことを確認しながらゆっくりと立ち上がった。

「この誓約書にサインを」

 誓約書を受け取り、目を通す。

 サラに二度と話しかけないこと、視界に入らないこと。

 危害を加えようとしないこと。

 加えようとした瞬間、自分の身に返ること。

 最後の項目だけは理解不能であったが、それ以外については受け入れるしかなかった。

 自分の身に返ると言ったところで、何ができるというのか。

 弓を射たら、跳ね返ってくるとでも言うのか。

 そんな奇跡、聞いたこともない。

 カールはサインをした。

 瞬間、板が光り、カールの身体も仄かに光る。

 一秒にも満たない僅かな時間であり、不思議に思う間もなく王太子に板を取り上げられた。

「契約は完了した」

 淡々と呟き、板はどこかへ消していた。

 周囲を見渡し、王太子は高らかに宣言をする。

「騒がせてしまったが、収束した。スタンピードの本番はこれからだ。皆の奮戦に期待する」

 静かに成り行きを見守っていた観衆は納得したように頷き、「頑張ります!」と声を上げながら散開していく。

 人垣が崩れ、広場や周囲の建物が目に入るようになって、どれだけの人が集まっていたのかに驚くのだった。

「審判、ご苦労だった。助かった」

「ありがとうございました」

 王太子とサラが礼を言い、審判をしていた男は照れたように頭をかいた。

「いえいえ、お役に立てて何よりです。では我々はこれで。また夜にお会いしましょう」

「あぁ」

 メンバー達は笑顔でサラに手を振り、サラもまた笑顔で手を振り返していた。

 すっかり人の減った広場で、王太子一行もまた宿に戻ろうと踵を返す。

 誰もカールに声をかける者はいなかった。

 誰もカールのことを気にしていない。

 カールは手元からナイフを取り出し、背を向けるサラに向かって投げた。

「ガぁ…ッ!?」

 背中から何かをぶつけられ、カールは地面に膝をついた。

 振り返れば、己が投げたはずのナイフが転がっており、急いでサラを見れば何事もなかったかのように歩いている。

 鎧を着ていなければ、死んでいたかもしれない。

 ナイフを拾い上げ、誓約の意味をようやく理解した。

 奇跡は、存在したのだった。

 ぞっとした。

 初めて、サラに喧嘩を売るような真似をしたことの恐ろしさを理解したのだった。

 両手両足を切り落とすように指示したのは王太子であり、呼吸するようにさりげなくやってのけたのはサラだった。

 クリスもリアムも反対せず、審判の男も止めなかった。

 誰も、止めなかった。

 誓約を破ってサラを殺そうとすれば、自分が死ぬ。

 誰も、反対しなかった。

 誰一人、カールを心配する者はいなかった。

 関われば、今度こそ死ぬ。

 ようやく理解した。

 震える身体を止める術もなく、周囲を見回すが仲間だった二人の姿はすでにどこにも見えなかった。

 パーティーを解散されていることに気づく。

 カールは一人になった。

 誰も、カールのことを気にしない。

 それどころか広場に残る冒険者達は、軽蔑の目で見てくるのだった。

 王太子とそのパーティーメンバーに喧嘩を売った愚か者。

 誓約により、カールが死ぬまで続く呪いとなった。

 ことの重大さを今頃理解しても、もう遅い。

 カールは一人、途方に暮れた。

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