23.
午後、マーシャは上級魔法の講義の為に移動をする。
この講義はCランクまでの魔法が使えるようになることを目標にするものであるが、全属性魔法がCランクに到達する必要はなく、自分の得意属性魔法が使えるようになれば合格、といったものだった。
マーシャは攻撃魔法全般を得意としている為、全属性の攻撃魔法をCランクまで使用できるようになることが目標である。
講義を受ける者の大半は冒険者であるが、それ以外といえば領地の為に魔法を使えるようになりたい嫡男や、長女が多い。
本来であればヒロインもこの講義を受け、攻略対象である美形教師といい関係を築くことができるはずであった。
だが現実には、ヒロインはこの講義を取っていない。
教師は長めの前髪、後ろで一つにまとめた赤髪緑眼の、色気ある大人を全面に押し出したような男である。
この男を相手に選ぶと、観劇に連れて行ってくれたり、教師の控え室に二人っきりで迫られたりと、かなり情熱的に愛を囁かれることになる。
森へとキャンプに行き、美しい湖畔で指輪をくれたりもするのだ。
教師は実は西国の出身で、運命の人を探して各国を旅しているロマンチストという設定だった。
好感度が最大になるまでが最短で、秋には二人は結ばれて国を出て暮らす、というハッピーエンドだった。
その際にはスタンピードはなく、冒険者として活動することもない。
女として愛され、生きるのだった。
その美形教師は今、マーシャにご執心である。
「君、筋がいいね。攻撃魔法全般が得意、というのはなかなかいないよ」
「ありがとう存じますわ、モーガン先生」
「もっと強くなりたいのなら、魔力操作の方法を教えてあげようか?個人的に」
「まぁ…光栄ですわ」
ヒロインに向けるべき台詞を、マーシャに言うのだった。
マーシャにはメイドと護衛がついている為、うかつな行動はできない。
だが美形に迫られて嬉しくないはずがない。
にやけそうになる顔を常に引き締め、冷静を装って、一歩引いた距離を保つ。
この教師は恋の駆け引きが大好きだ。
たやすく落ちる女には興味がなく、気高く真っ直ぐで、なかなか落ちないヒロインにこそ燃える男なのである。
マーシャには王太子がいるのでこの男に落ちることはないが、モテるのは悪くない。
強くなれるよう、うまく利用してやろう。
微妙な距離を保ちつつ、マーシャは美形教師に微笑む。
残念ながら男を喜ばせるような言葉や態度なんてわからない。
ゲームの記憶を必死に掘り起こしながら、手探りで「ヒロイン」を演じる。
不本意であったけれども、選択肢を間違えないよう、好感度を少しずつ上げていかねばならないのだ。
いい気分のまま帰宅すると、ちょうどエントランスで外から帰って来たらしい弟と鉢合わせた。
「あら、おかえりセシル」
微笑みを持って挨拶するが、向こうは片頬を引き上げ、好意の欠片もない笑みを浮かべた。
「これはこれは、Dランクから一向に上がれない姉上ではありませんか!」
「な…っ」
「僕、Dランクになりましたよ!姉上とお揃いですね!」
「…ッそ、そう…おめでとう」
頬が引きつるのを自覚しながらも姉として祝ってやるが、弟は鼻で笑い飛ばした。
「ありがとうございます。第二王子殿下と、魔術師団長の次男が一緒ですから、すぐに姉上を超えて見せますよ」
「……」
「王太子殿下はAランク。僕達も頑張ってるんですよ!最年少Aランクを取って、王太子殿下を超えたいってね」
「…生意気よ、セシル」
「生意気なのは、いつまで経ってもランクが上がらないにも関わらず、諦め悪く冒険者やってる方じゃないですか?」
「黙りなさい!」
手を振り上げたが、弟は一歩下がってかわしてみせた。
「どうせ王太子殿下にも相手にされていないのだから、さっさと別の嫁ぎ先を見つけて出て行って下さいよ、穀潰し」
「な…っ、なんですって!?もう一度言ってごらんなさい!」
「お、お嬢様、落ち着いて下さい!」
メイドに止められるが、頭に血が上ったマーシャは弟に食って掛かる。
「何度でも言いますよ。高ランク冒険者を雇うのって、お金かかるんですよ?おまけにドレスだ宝石だと、全く父上も母上も姉上を甘やかして」
「冒険者も、ドレスも宝石も、侯爵令嬢として必要なものよ…!よく理解してもいないくせに、口を出すんじゃないわ!」
「理解してますよ~?だって僕、次期侯爵ですよ?ちゃんと勉強もしてますよ」
「嘘つくんじゃないわよ。家庭教師が匙を投げたって、お父様が嘆いていたわ」
この弟が真面目に勉強している所など、見たことがない。
言えば、忌々し気に舌打ちをした。
「…いいんですよ。冒険者として名を上げて英雄になれば、勝手に周りが跪きますよ」
「…おまえが英雄になれるとは思わないけれどね」
「やだなぁ、仲間の一人もいないからって、僻まないで下さい。僕が昇級試験受けるまでに、ランクが上がってるといいですね!」
「うるさい!」
小さな光球を飛ばすが、弟にかわされ床に穴があいた。
「あーあー、家壊さないで下さいよ、ヒステリーはこれだから。…僕だって高ランク冒険者に引率させて楽したいんですよ。でも男だから弟だからって、不公平ですよねぇ。いいなぁ女は。大切にされて」
「…セシル…!」
「これから僕もダンジョン攻略に入りますので、お手柔らかに」
「…ッ」
高笑いしながら去っていく弟の後ろ姿に、両拳を握り込んだ。
メイドと護衛が心配そうにマーシャを見つめ、執事が玄関に姿を見せた。
「おかえりなさいませお嬢様。坊ちゃまがお帰りになったとか」
「…ええ…。ごめんなさい、床を壊してしまったの」
「お気になさらず。…今日は旦那様がお休みで、執務室にいらっしゃいます。お呼びですので、よろしいでしょうか」
「ええ、わかったわ。着替えて行った方がいいかしら?」
「いえ、そのままで結構だそうです」
「そう。ではすぐに」
制服のまま父の執務室に向かいながら、執事も心配そうな視線を向ける。
「お嬢様、怪我はございませんでしたか?」
「ええ…あの子、昔はとても素直で可愛かったのに…」
「反抗期でございましょう…お嬢様は冒険者として活躍し、お勉強も出来、使用人にも好かれております。身近に素晴らしい存在がいると、捻くれてしまうこともございます」
「…褒めてくれるのね」
「もちろんでございます。お嬢様は侯爵家の宝でございますから」
「ありがとう。そんな風に言ってくれるから、頑張らなきゃって、思えるの」
「ご無理はなさいませぬよう」
「ええ」
弟は攻略対象ではないものの、悪役令嬢を断罪する場に喜々として加わり、自分がいかに姉に虐げられてきたかを涙ながらに語るキャラであった。
故に、弟とは仲良くしようとずっと努力してきた。
勉強も頑張ったし、礼儀作法も頑張ってきた。使用人にも優しくすることを心がけているし、弟を虐げたことはない。
にも関わらず、姉に楯突く弟に育ってしまった。
反抗期といえばそうなのかもしれないが、何故あそこまで敵意を向けられるのかも理解できない。
Dランクに上がったのなら、一緒にやったって構わないのに。
こちらは歩み寄ろうとしているのに、向こうが台無しにする。
いい加減、うっとうしい。
最近は関わらないようにしているのだが、顔を会わせると向こうから突っかかってくるのだった。
甘やかされて、ですって?
自分は第二王子殿下の友人として、魔術師団長の次男と共に、冒険者として活動しているではないか。
わたくしには共に活動してくれる冒険者の仲間はいないというのに。
執務室に入ると、父は難しい表情をしていた。
「失礼致します、お父様」
「ああ、おかえり。座りなさい」
「はい」
「単刀直入に言う。ホーキング侯爵家のエリザベス嬢主催の茶会に参加するように」
「…はい?」
「二ヶ月後だ。…まだ先の話だが、招待してもらえるよう頼んだから、参加するんだよ」
「…それはありがたいことですが、どうなさったのですか?」
「エリザベス嬢はクラスメートだったね」
「はい」
「そして第一王女殿下のご友人ということだ。…王太子殿下の婚約者になる為に、妹であられる第一王女殿下に気に入られれば、取りなしもお願いできると思わないかい?」
「思いますわ」
「今まで一つ年上でいらっしゃることもあって、あまり積極的に関わって来なかったが、これを機にお近づきになりなさい」
「はい。ありがとうございます、お父様」
王女はヒロインの友人だと言っていた。
いつの間にヒロインが王女に取り入ったのか、マーシャにはわからない。
ゲームでは王女とサラは生徒会で知り合う予定なのだった。
侯爵令嬢であるマーシャは、幼い頃から第一、第二王女殿下どちらも知っているし、第二王女殿下とは同い年ということもあり、遊び相手として王宮に呼ばれることもあった。
どちらの殿下も、絵に描いたような王女様であり、美しく聡明で、いつも完璧な微笑を浮かべて接してくる。なかなか心の内を見せてくれない所は、王太子殿下とよく似ていた。
第二王子殿下は奔放な性質で、あの弟と気が合うくらいなのだから性格はお察しであった。
とはいえ、関わることはほぼない。
学園で王太子殿下に物申せるのは第一王女殿下と、側近のみである。
親しくなることに、異存はなかった。
エリザベスは隣の席なので話しかけるのだが、彼女は前の席のミラと親しく話をしていることが多く、なかなか会話に入っていけないのだった。
これを機に、親しくなれればいいのだが。
「…あとは、昇級試験の話なのだが」
話題が変わり、マーシャははっと顔を上げた。
なかなかランクが上がらないことで、もうやめろと言われると思ったのだった。
「お父様、今は足踏みをしておりますが、必ずクリアしてみせますわ!」
「ああ、わかっている。おまえは努力家だし、必ずクリアできるだろう。…だが、今困っていることも確かだろう?」
「…それは…ええ、はい…」
メンバーに恵まれない、という致命的な運のなさに、いい加減疲れているのは事実であった。
「知人にね、相談してみたんだ。可愛い娘が苦労しているのを見ているのが辛い、と」
「…お父様…」
「それで聞くんだが、おまえはランクをどこまで上げるつもりなんだい?」
「最低はCランクですわ。でもできればBランクになれたらいいと、思っております」
「そうか。Cに上がれば、またダンジョン攻略をしなければならないな」
「はい。ですがBランクになるのは、急ぎませんわ。冬くらいまでに上がれれば…」
「Cに上がったら、しばらくは社交に力を入れなさい」
「お父様」
「将来の王妃は、貴族との付き合いも疎かにしてはいけない。…わかるね」
「…はい…」
「この週末、冒険者の手配は任せなさい。アンナに指示をしておくから、当日聞きなさい」
「はい、お父様。ありがとうございます」
なんと、父が動いてくれたというのか。
スタンピードの際に必要なCランクに上がれるのなら、これほど嬉しいことはない。
弟もDランクになり、すぐ背後に足音が迫っているようで焦燥感が募るが、Bランクに上がるのはそんなに簡単なことではないことを、マーシャは知っていた。
ゲームでのダンジョン攻略も楽ではなかったのだった。
結局四十階のボスが倒せず、ゲームでもCランク止まりだった。
昇級試験の条件は、同ランクメンバーなら六名までで挑むこと、Bランク二名までをヘルプとして入れた場合は、三名で挑むこととなっている。
当然、Bランクを二名入れた構成で臨むだろう。
Bランク冒険者の構成をどうするかは重要であり、しっかり作戦を立てなければ到底勝てない。
元々Cランクまでしか上げる予定のなかった前世の自分は、攻略サイトを見ることもなく、何度か挑戦して諦めてしまったのだった。
だが現実世界であれば、クリア済みのBランク冒険者に作戦を立ててもらえばいいのだから、考えることなどない。
現実世界の方が楽かもしれない。
しばらくは社交に力を入れろということだったが、そういうことなら、自分は王太子殿下に選ばれるべく、進むだけだと決意した。
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