22.

 大所帯になってしまったが、エリザベスが予約していたサロンに行き、事情を説明すると喜んで対応してもらえた。

 中に入ると、部屋奥、左端で侯爵令嬢が座っていた為、右端に案内してもらった。

 半個室のように区切られているので、これだけ離れていれば会話を聞かれる心配はない。

 だが細心の注意を払ってスタッフに、誰かが近づいて来るようなら知らせてほしい、とお願いすれば、事情を察したスタッフは何も聞かずに頷いた。

「まずはエリザベス様、ミラ様、突然お誘いしてしまい、申し訳ございません」

「謝らないで、サラ様。わたくしとても嬉しいわ。ミラ様まで誘って下さって。お茶会でご一緒してから、同じクラスなのだからもっとお話ししたい、とずっと狙っておりましたのよ。…なかなか機会がなくて無理でしたけれど…」

「私もです、エリザベス様。…皆様、今日エリザベス様とミラ様に声をおかけしたのは、バーナード様の件と関係があります。エリザベス様はDランク冒険者でいらっしゃるんです」

 サラが言えば、その場にいた皆が驚いた。

「ええっ!?」

「エリザベス嬢が!?」

「侯爵令嬢なのに!?」

「えっ、さ、サラ様…!?」

 動揺するエリザベスににこりと笑って見せて、サラは続ける。

「バーナード様が何かとてもお悩みのようだったので、同ランクのエリザベス様とお話が合うかも、と思ったのです」

「まぁ…あなたもDランクですの?」

「はい」

 エリザベスの問いに、リチャードが頷く。

「あっそうだ。リチャードの話を聞く前に、俺の話を聞いてもらっていいかな?」

「ええ、どうしたの?」

 運ばれて来た料理に手を出しながらジャックが言い、サラは頷く。

「例のご令嬢のことなんだが、冒険者ギルドで噂になっててな、…知ってるか?」

「いいえ」

 ぐるりと場を見渡しても、察しているのはリチャードのみのようだった。

「どんな噂?」

 問えば、ジャックは忌々し気な顔をして、ため息をついた。

「あのご令嬢もDランクなんだが、受験方法を知っているか?」

「知らないわ」

 リチャード以外が首を振った。

「Bランク以上の冒険者を引率に雇って、十一階から二十階まで駆け上がるんだ。二十階ボスに挑んで駄目だった時、助けてもらう見守りの契約もつけてな」

「…侯爵家って、お金持ちなんだね。Bはともかく、Aランクだと一日拘束するとすごくお金がかかるのに」

 感心したように言えば、ジャンとエリザベスに眉を顰められた。

「…サラ嬢。侯爵家、とひとまとめにしてはいけないよ」

「そうですわ、サラ様。同じにされたくはございませんわ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 素直に謝れば、二人は同時に頷いた。

「わかってくれればいい」

「わかって下さればいいのよ」

「はい…」

 頷いて、ジャックに向き直る。

「でもそれは、人それぞれのやり方じゃないかしら?お金で解決するのも一つの手段だよね」

「まぁそれはそうなんだが、進行がひどいらしい」

「…ひどい、とは?」

「メイドと護衛を多数引き連れて来るんだと。…高ランク冒険者にとって、十一階から二十階なんて、ダッシュで駆け抜け一階当たり五分もあれば済む。…だろ?」

「えっすごい!」

「そうなんだ…」

「サラ様も?そうなんですの?」

 視線を向けられ、サラは戸惑いながらも思い出してみる。

「えっと…そう、ですね。おそらく足を止めることなく範囲攻撃に巻き込んで、魔獣の死骸は仲間に回収してもらえれば…五分で駆け抜けられると思います」

「うわレベルが違う…」

「ホントすごいね、君…」

「素敵ですわ、サラ様…!」

「あ、ありがとうございます」

 一様に褒められて、サラは照れた。

「まぁそんなわけで、高ランク冒険者にとって、本当なら二十階までの引率プラス、ボスの見守り、なんて仕事は半日もあれば終わるわけだ。短ければ数時間で終わる。とっても割のいい、ボロイ商売だ。そうだろ?サラ嬢」

「そうだね。おそらく一日単位の契約をしていると思うけど…ボス戦だけはメンバーによるので、数時間に及ぶ戦闘になることもあるかもしれない。それを考慮しても、一日拘束されるとは思わない、かな」

「だがまる一日拘束されるらしい」

「えっ」

 サラは驚く。一体どうやればそんなに時間がかかるのだろう、と思っていると、ジャックがため息交じりに先を続ける。

「メンバーが揃って、引率を開始するだろう?当然、メイドと護衛もぞろぞろついて来るだろう?…メイドって、お仕着せの服に、お綺麗な靴を履いてるんだそうな。一階進むのに二十分以上かかるんだと」

「歩いてるのか…?」

「そうしたら、十五階でちょうど昼時だろう?休憩を入れるんだと」

「休憩を」

「お嬢様にはきちんとお食事を摂って頂きます、つってな。料理人も引き連れてな」

「豪華ですね」

「だよなぁ。で、料理人が料理を作り始めるだろう?出発できるのは二時間後」

「…はぁ…」

 もはやため息しか出ない。

「ここまでですでにイライラはピークに達しそうじゃん?二十階に到達したら、今度はティータイムを始める」

「何しにダンジョンに籠ってるの…」

 かつてサラが付き合わされていた頃の思い出が鮮明に甦る。

 現在でも変わっていないのだな、という、奇妙な感慨すら抱いた。

「ホントそれな。高ランク冒険者の皆さん、もう二度と関わるまい、と心に決めるんだそうだ」

「でしょうね…」

「しかも、ボスの見守りつき」

「地獄だな…」

 ジャンが呟いて、リチャードが頷いている。

 まさかと思い参加したのかと問えば、苦々し気に舌打ちをしたのだった。

「あの侯爵家のメンバー募集だから嫌な予感はしたんだが、募集主は後衛だし参加したんだ。…まさかクソ弱くて戦力外の寄生目的だとは思わなくて」

「…えっ」

「同ランクのメンバー三人で討伐するということはさ、せめて挑戦するだけの実力がなければ挑んじゃ駄目だと思うんだよ。募集もしちゃ駄目だと思うんだ」

「それは当然だと思います」

 サラが頷けば、勢い込んでリチャードが喋り始めた。

「だろう?俺が前衛、あの令嬢が後衛、もう一人後衛が入って、普通なら盤石だと思うだろう?」

「ええ」

「スライムは物理耐性があるから、前衛が盾にはなるけど、常に全力で叩き続けなければいけないし、魔法攻撃が弱点だから魔法攻撃を連続されるとターゲットが動くこともある」

「ええ」

「少し動くかな、という程度で後衛同士で回復役と攻撃役を交代し、それを繰り返すことで倒すことができる。そうだよね?」

「そうです」

「前衛が装備をしっかり揃えて挑めば事故率も減るし、回復も少なくて済むし、殲滅力も上がる…合ってるよね?」

「その通りです」

 サラは頷き、リチャードはため息をついた。

「最初はもう一人の後衛が回復してくれていたんだ。全く問題なかった。これでも俺は伯爵家だし武門の家系だから、装備に金はかけている」

「はい」

「だがあの令嬢が回復役に回った途端、回復が薄すぎて追いつかず、俺の体力が一瞬で半分になることが頻発した」

「…それは…」

「スライムの動きは単調だし、受け流せるものは受け流しているし、かわせるものはかわしている。それでもかわせない攻撃はあって」

「わかります」

「来るタイミングはわかっているから、それに合わせて回復をしてくれればいい。…なのに回復のタイミングは滅茶苦茶で、しかもちっとも回復しない」

「レベルが足りていない…?」

 サラの呟きに、リチャードは頷く。

「確実に。死にかけるから、こちらとしても体力ポーションを使う。ポーションを使っていると、かわせるはずの攻撃がかわせなくなってしまう。被弾が増える。それでも使わなければ死ぬ…見かねてもう一人の後衛が回復を手伝ってくれて持ち直し、あの令嬢が攻撃に回るが…明らかにダメージが通っていない。それでも連発すればターゲットはいつか動く。攻守交代せざるをえなくなる。…俺は無理だと悟った。「撤退しよう」と声を上げると、令嬢が「上手くいっているのに撤退なんて馬鹿なの!?」と」

「馬鹿は自分だろうに…」

 ジャンの呟きに、誰もが内心同意した。

「大変な経験をされたんですね…」

 サラが言えば、リチャードは額を抑えながら盛大なため息を吐いた。

「もう一人の後衛が、魔力が尽きそうなので撤退しましょうといい、令嬢は文句を言いながらも撤退をした。…レベル不足を指摘する気力もなく、さっさと帰ったよ」

「組みたくないな」

「マジでありえねぇ」

 ジャンとジャックが同時に呟いた。

「ジャックの話を聞く限りだと、同じようなことを繰り返しているんだろう?またあの令嬢と組むことになったらと思うと…募集主なら参加しなければ済むが、募集に参加して来られたら…。クラスメートだし、抜けます、とも言い辛い。ランクは上げたいけど、あの令嬢と関わり合いたくない…どうすれば…と、悩んでいたんだ」

 深刻な悩みであった。

 皆が真面目な顔で考える中、ジャックが慰めるようにリチャードの背を叩く。

「そのうちパーティーに参加してくる可能性、全くないとも言い切れないぜ」

「えっ」

 リチャードの声は悲嘆に塗れていた。 

「…つい昨日、Aランク冒険者二人が訴えに来てな」

「え…」

「引率で雇われた二人だったんだが日曜日、待てど暮らせどメンバーが集まらなくてな。まぁそんな日もある。集まらなきゃ出発できない。出発できなきゃ引率できない。引率できなきゃ当然ボスの見守りもできなくて、契約が完了されない」

「そ、それでどうなったの…?」

 アイラの恐る恐るの問いに、ジャックは肩を竦めた。

「昼過ぎまで待機させられ、さすがにどうするんだとご令嬢に聞いたそうだ。そうしたらご令嬢は、「あと一時間待って来なければ今日は終了します」と」

「…それはさすがに、冗談…ですよね…?」

 ミリアムが呟いたが、誰も何も言えなかった。

「Aランク冒険者を待ちぼうけさせるなんて…何様でいらっしゃるのかしら…」

 エリザベスが毒を吐いた。

「冒険者経験のない私でも、それは先に同ランクのメンバーを集めておいてから、Aランク冒険者に依頼すべき案件なのでは…?と、思うのですが…」

 ミラが首を傾げながら言えば、全員が頷いた。

「そうだよね…Aランク冒険者といえば、英雄予備軍だよ…勇気あるね…」

 ジャンが呆然と呟いた。

「そう思うよな。俺の感覚が間違ってなくて安心したぜ。結局、その日は解散になった。契約不履行は、Aランク冒険者のせいじゃない。向こうの都合のくせに、手付け金だけで、残りの金は払わなかったらしい」

「…わぁ…」

「せめて拘束した時間分は払うべき、とギルドに訴えに来てな。…それ以外にも、色々問題を起こしていて」

「問題…」

「あの令嬢と組んだ同ランク冒険者が、メイドに脅迫されたと訴えて来たことがある。侯爵家は冒険者を潰せるくらいに偉いのか、と」

「…ひどい風評被害だ…」

「本当に…」

 ジャンとエリザベスがうんざりとした表情を隠すことなく呟く。

「あの家は要注意だって、ギルド内では暗黙の了解になりつつある。…そのうち、困ったことにならなきゃいいけどな」

 いつの間にか食事を終え、デザートが配られていた。

「サラ嬢。二十階で撤退した俺の判断は合っていたのだろうか。なんだか自信がなくなってしまって…」

 リチャードの自信なさげな言葉に、サラは笑顔を向けた。

「合っております。自信を持って下さい」

「ありがとう」

 ほっとした様子のリチャードに、皆が口々に慰めた。

「…あの、サラ様」

「はい、エリザベス様」

 窺うようなエリザベスに答えれば、意を決したように口を開く。

「わたくしをこの場に呼んで下さったのは、…もしかして…?」

「はい。ダンジョン攻略を、この四人でやってみてはどうかと思いまして」

「えっ!」

 自分で聞いておきながら、いざサラに肯定されるとエリザベスは動揺を見せた。

「えぇ!?」

「エリザベス嬢と!?」

「えっ、あの、サラ様。お誘いは嬉しいのですが、冒険者を諦めて二年も経っておりますの。今復帰したとしても…厳しいと思うのですが」

「ランドルフ様がEランクです。ジャックとバーナード様もDランク。ランドルフ様のランク上げに付き合いがてら、ダンジョンを一階から攻略してみてはいかがでしょう?日帰りでいけます」

「えっ…ほ、本当に…?」

「はい。バーナード様とジャックの二人は、十階を解放するまでは二人の補佐に回ること。ランドルフ様とエリザベス様は、きちんと敵と戦って、倒すこと」

「は、はい」

「ランドルフ様がDランクに上がったら、十一階からスタートです。日帰りの予定で、行けるところまで、を繰り返す。二十階まで、ボスと戦闘できる時間を残して到達できるようになるまで、繰り返す。時間はかかるかもしれませんが、確実にレベルも上がります」

「な、なるほど…!」

「エリザベス様が女性一人になってしまうので、できれば女性の護衛を一人か二人、連れて行ければ安全ですね」

「そ、そうね。日帰りなら…」

 前向きに気持ちが傾いた様子のエリザベスを見て、サラは忠告をする。

「エリザベス様、ご都合を無視してお誘いしておりますので、嫌なら断って下さい。冒険者は、いやいやでは絶対に続きません。攻撃されたら痛いし、苦しいし、泣いてしまうくらい辛いです。エリザベス様が冒険者を諦めた、というお話だったので、どうかな、と思ったのですが…」

 眉を顰め、心配そうに言うサラに、エリザベスは微笑んだ。

「ありがとう、サラ様。正直、日帰りで行けるのなら、両親も許してくれると思うの。それにどこまでやれるか、参加できるかもわからないけれど…わたくし、自分の領地を守りたい。魔獣から守る為にも、戦い方を知っておいた方がいいんだわ。絶対に」

「エリザベス様…」

「素敵です、エリザベス様…!」

「頑張って下さい、エリザベス様!私、感動致しました…!」

 アイラもミラも、ミリアムも、エリザベスを応援していた。

「ありがとう、皆さん…」

「サラ嬢、ありがたい申し出だが、Cに上がる試験は三名での参加だよ。どうすればいいか、考えがあるのかい?」

 困惑を滲ませるジャンの問いに、サラは笑顔を向けた。

「あります」

「本当に!?」

「昇級試験の日には、私が引率役で参加しますね!あちらの令嬢には負けませんから!」

 場を和ませ、四名は週末に、日帰りでダンジョン攻略を始めることを約束していた。

「絶対に両親を説得しますわ。お任せ下さいな」

「エリザベス嬢、よろしく頼む」

「お願いします」

「後衛二人になるなら安泰だなー!」

「うんうん」

 結局あの令嬢には関わるな、気をつけろ、という教訓を胸に、その日のランチは解散した。

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