77.

 夜、談話室で愛犬コリンを腹の上に乗せて撫でながら、名誉騎士はココアを飲む娘を見つめた。

 Aランクになり、クリスや王太子と同じパーティーで活動しているという娘は最近とても生き生きしていて楽しそうだと思う。

 ずっと一人で冒険者として頑張っていた。

 クリスは冒険者登録をしてすぐに王太子達とパーティーを組んで、楽しそうに活動をしていた。勉学も剣も人柄も、未来の王に望まれる人物になろうと努力し続けていることを知っている。

 仲間の為に頑張る辛さ、楽しさ、強さをクリスは知っていた。

 だがサラは違う。

 ずっと一人だった。

 昔から、仲の良い友人がいるという話も聞かなかった。

 貴族令嬢として、下位貴族の令嬢達とそれなりに仲良くしていたとは聞いている。

 王女殿下達に気に入られ、友人として迎えられはしたものの、クリスと王太子のように身分を超えて友人と呼べるような関係にはなれていないことも知っている。

 冒険者としては言うに及ばず、仲間と呼べるような相手も、友人として共に活動できる相手も、見つからなかったようだった。

 幼い頃からクリスを見て育ったサラは、「相手に望まれる姿」を演じることが上手かった。

 兄妹揃って頭が良く機転も利いて、空気を読む。

 流れを見て、自分に不利にならないよう立ち回る術に長けていた。

 妻の教育の賜物でもあるだろう。

 敵を作らず、自分を上手く見せながら相手を動かす。

 サラは他人に自分を晒すことができないまま、成長してしまったのだった。

 家族といる時だけは自然体でいることができた。

 それはすなわち、信頼に値する他人がいないということに他ならない。

 父親として心配していた。

 妻もまた、表には出さないけれども心配していたことを知っている。

 そんなサラが、最近とても楽しそうなのだった。

 クリスと共に、パーティー活動を嬉しそうに話すのだ。

 メンバーとして迎えてもらったことが嬉しい、一緒に攻略できることが楽しいと言うのだった。

 クリスが一緒だから、心配はしていない。

 王太子もカイルもリディアのことも知っているし、彼らが信頼に値する者達であることも知っている。

 もう一人リアムと言う精霊王国出身の冒険者は、精霊と契約しているらしく、人柄については心配していない。

 サラが彼らを信頼し、仲間として共にあることを望んでいるのだった。

 初めてサラが楽しいと、仲間といて嬉しいと、言ったのだった。

 こんなに喜ばしいことがあるだろうか。

 初めてそれを聞いた夜、名誉騎士は妻と共に良かったと泣いた。

 子供達が幸せになること、それが夫婦にとって最も重要なことだった。

 だが最近は、別のことを心配するようになった。

 カイルとリディアは夫婦である。

 リアムという王国人は、歳の離れた兄のようだと言っていた。

 クリスは兄であるので問題はない。

 王太子についてサラは、「殿下はいつも気遣って下さる素晴らしい方です」と言う。

 何とも曖昧な表現であり、気になる父であった。

 妻を見れば「良かったわねぇ」としか言わないし、クリスを見れば「だいたいサラ限定だけど」などと言う。

 なんだそれは。

 あの王太子は何を考えているのだ。

 だが面と向かって問い詰めて、娘に嫌われたら目も当てられない。

 妻と二人になってから、どういうことかと問うても、妻は美しい笑みを浮かべて、「見守ってやるのが親の努めよ」としか言ってくれないのだった。

 口出しするな、ということは理解した。

 だが気になる名誉騎士なのだった。

 そういうことなのか?

 やはり、そうなのか?

 それならそうと、きちんと報告して欲しいと思うのだった。

 そう言うと妻は苦笑し、「私達もサラに言えないことの一つや二つ、あるでしょう?焦らないで」と窘められる。

 結婚相手を報告することと一緒にしないで欲しい、と思わないでもないが、妻に言われてしまっては強くは出れないのだった。

 実際、妻やクリスとは情報共有していても、サラとはしていないことがある。

 サラにいらぬ心配をかけてはいけない、ということと、政治が絡む件について話すべきかを迷うということもあるのだった。

 こういうことには妻が頼りになるので妻に相談すれば、的確に判断してくれる。

 話すべきだと思えば話すし、必要ないと判断すれば片がつくまで話さない。

 今回の件は、と妻を見れば、妻はにこりと笑いながら頷いた。

「サラ、例の魔獣襲撃の件だけれど」

「はい」

「近いうち、またあるかもしれないわ。その場に立ち会ってしまったら、対処をお願いね」

「はい」

「犯人を捕まえようだなんて考えなくていいからね。巻き込まれる人々の救出と、魔獣退治がお仕事よ」

「はい、わかりました」

「クリスも、よろしくね」

「はい、大丈夫です」

 兄妹は力強く頷いた。

 騎士団の駆けつけが間に合えばいいが、そうでなければ魔獣は冒険者の領分であると、二人はちゃんと理解している。

 知っていること全てを話すことはできない。

 実はすでに犯人は特定しており、監視している、ということも。

 両親とクリスは理解しながらも、もどかしい思いを抱えるのだった。

 そんな家族の思いには気づかず、サラは今、おそらく生まれて初めてと言ってもいいくらいに毎日が充実していて、楽しいと感じていた。

 それは兄と共にパーティーを組み、Aランクを目指してレベル上げを始めた頃から思っていたことだったが、Aランクになり、王太子やカイル達と行動するようになってからはなおさらだった。

 信頼したら、返って来るのだった。

 七十階のブラックワイバーンを倒すことができたのは、皆の協力のおかげだと思っている。

 戦い方は六十階のホワイトワイバーンと変わらない。

 体力が半分になったら下僕をニ体召喚するのも同じ。

 だが攻撃力は段違いに上がり、範囲攻撃のダメージも上がっていて、後半の猛攻モードは互いに声をかけあい、回復を交代しあいながら支えなければ盾役以外が落ちていたかもしれなかった。

 今まで戦ってきた中で最も強い敵だった。

 それは王太子達も同様で、経験者であるリアムの言があってなお、六十階と同じようなつもりで戦闘をしたら痛い目に遭った。

 一度はカイルが王太子を庇って瀕死になり、回復して立て直そうとしたものの、猛攻が酷く全員が瀕死になった為、王太子や兄までが回復に回って支えあいながら撤退した。

 獣人のカイルでなければ死んでいた、と思えば全員落ち込んだし、猛攻モードを舐めていた、と思えば恥入るしかなかった。

 慎重に戦わねばならなかったが、カイルとリディアは攻撃に力を割き、戦闘時間を短くすることを提案して譲らなかったし、兄とリアムは猛攻モードは時間がかかるものと諦めて、後衛全員が回復に回り、支えながら前衛に削ってもらうしかない、と主張をした。

 王太子はじっと意見を聞いており、そして意見を求められてサラはとても嬉しかった。

 仲間の一人として作戦への発言を求められる経験は、初めてだった。

 サラは兄を見、覚えた魔法書のことを話す。

 魔法とは教師や師匠から習うか、魔法書から覚えるものであった。

 教えてもらえる魔法は学園に入ればCランク程度まで、それ以外は魔法屋で買って覚えるのだった。

 Bランクを超えてくると、書を読んでもすぐに使えるようになるとは限らない。

 何度も練習し、レベルを上げ、目には見えない熟練度を上げていかなければならないのだった。

 魔術師団から購入するような禁書扱いのものは、威力が高く強力なものである。

 兄が購入した二冊は、攻撃魔法ではなく補助魔法と回復魔法であった。

 兄から借りた二冊を、サラは使えるようになっていた。

 それを屋敷の中庭で実際に兄に使って見せれば、すでに読了していた兄もすぐに使えるようになったのだった。

 ただし、まだ詠唱に時間がかかる。

 仲間の協力が必要であったのだ。

 それを話し、猛攻モードに入ったらサラと兄が一つずつその魔法を詠唱している間、皆に支えて欲しいと言った。

 おそらくその魔法を使わなくとも、回復に重点を置いて時間をかければ倒せると思う。

 だがせっかく覚えた魔法、おまけに猛攻モードに耐えられるだけの威力のある魔法である。使わない手はなかった。

 それでも反対されたら仕方がないと思っていたが、「やってみよう」と王太子が後押しをしてくれた。

 カイルやリディアも、「そんな魔法があるなら最初から教えておいてくれなきゃ!」と乗り気になってくれたし、リアムもまた笑顔であった。

「いいと思います。発動すれば回復が楽になりますし、リディアさんに攻撃に回ってもらうこともできるかもしれません」

「俺とリディアの作戦も実行できるじゃねーか。戦闘時間は短い方がいい」

「うんうん」

 兄を見れば、兄も笑顔で頷いていた。

「俺とサラの努力が報われるな」

「お兄様のお金をかけた成果もね」

「それ、大事な」

「駄目ならまたやり直せばいい。皆で声をかけあいながら猛攻モードを超えていこう」

「はい!」

 サラの意見を聞いてもらえたことが、嬉しかった。

 二度目の挑戦、猛攻モードでサラと兄が詠唱している間、攻撃力は下がるし、回復力も下がる。

 それをリアムとリディアが支え、それでも危険な時には王太子も回復に回ってくれたのだった。

 先に詠唱を完了したのはサラだった。

 範囲回復魔法であるが、地面に任意の大きさで回復陣を敷き、メンバーの体力が半分を切ったら大回復をしてくれるというものだ。詠唱者の魔力が続く限り回復陣は展開され続け、陣の中にいる者は回復を受けられる。

 魔力の消費は陣の大きさによって変わるものの甚大であり、魔力ポーションで対処しなければならない。

 魔力が徐々に回復する魔法をリアムがかけてくれ、礼を言いながら魔力ポーションを飲む。

 王太子とリディアが攻撃に回り、サラとリアムは回復陣の効果を確かめながら回復をする。

 兄が詠唱を終え、一気に戦闘は楽になった。

 これもまた陣を展開するものだったが、範囲内のパーティーメンバーの攻撃力と防御力を上げてくれるというものだった。

 兄もまた魔力ポーションを使いながら戦闘に復帰した。

 魔力の消費が大きく、二人は魔力ポーション片手に戦闘する必要があったものの、他のメンバーが全力で戦うことができるようになり、終始安定して倒すことができたのだった。

 飛び上がって喜んだリディアに抱きつかれ、カイルに頭を撫でられ、王太子やリアム、兄にも「いい作戦だった」と褒められて、サラは泣きそうになった。

 役に立てた、と思ったし、皆に認められたと思ったのだった。

 せっかくの魔法、熟練度を上げて詠唱を早くしたい、という兄妹の提案を飲んで、六十一階から七十階までの弾丸ツアーを企画してくれたりもした。

 戦闘場所を決め、詠唱を開始する兄妹を見てから強化一式をかけたカイルが、階層内を駆け抜けて敵をまとめてひっかけ、戻って来るという作戦だった。

 詠唱が終わるタイミングを上手く合わせて戻って来るカイルの能力に誰もが舌を巻き、陣に踏み込んだ瞬間回復されて喜ぶカイルと、喜々として攻撃に参加していくリディアや王太子、リアムも攻撃に回ることができるようになり、皆が生き生きと戦闘していた。

 魔力ポーションは兄妹以外のメンバーからも提供され、二人だけが薬品代を負担することはない、と気遣ってくれて嬉しかった。

 戦利品を考えれば十分すぎる程に黒字であるのに、皆の優しさがありがたかった。

 陣の詠唱に最初時間はかかるものの、発動してしまえば後はとても楽に進めるようになった。

 七十階も、最初から陣を発動してみてはどうかという提案を受けて試してみた所、半分程の時間で討伐が完了できたのだった。

 兄妹は魔法を交代しながら数をこなし、どちらの魔法も同じように発動できるよう調整し、メンバーも協力をしてくれた。

 兄は魔法書をリアムやリディアにも快く貸し、王太子にも貸す約束をしていた。

 皆が被らないよう魔法書を手に入れて、回し読めば効率がいいだろう、という判断だった。

 そんな判断ができる兄を尊敬したし、サラもそうありたいと思った。

 二冊の魔法書はとても高価で貴重品である。

 それを惜しみなく貸すことのできる兄は仲間を信頼しているのだと伝わってきたし、仲間もその信頼に応えようとしてくれていることを感じるのだった。

 リアムが所持していた魔法書をサラが借りることになり、サラは目を瞠った。

「これは…」

「攻撃魔法なのですが、クリスさんの魔法書はリディアさんと私でお借りしているので、良かったら先に」

「あ、ありがとうございます…!」

「クリスさんは前衛ですし、サラさんが先の方がいいでしょう。読み終わったらクリスさんどうぞ」

「ありがとうございます」

「私も魔法書の申請、します」

 サラが言えば、皆優しい笑顔を向けてくれるのだった。

「サラ嬢、急がなくていいんだよ。装備や薬品にもお金がかかるし、十分余裕ができてからで私達は構わないからね」

 王太子が発言し、カイルとリディアが頷いた。

「そうよ、サラ。無理はしないでね。私達の国は脳筋だらけで、国所有の特別な魔法書なんてないのよ。前衛向けの装備は豊富だけどね…だから私なんて、返せるものがないの。なんなら、お金半分出すからサラ所有で購入しない?」

「えっ」

「ああ、そりゃいいな。うちの国は親父殿が魔獣からぶんどった素材とか、流通させずに国所有でため込んでるから、魔法書みたいに売りゃいいんだよな」

 カイルの呟きに、王太子が前のめりで賛成した。

「それはぜひお願いしたい。Sランクになれば自分達で素材調達はできるようになるだろうが、Aランク冒険者に高値で売ってくれたら戦力増強にもなる」

「だろ?素材なんだからケチケチせずに放出すりゃいいんだよな。親父殿に交渉してみるわ」

 いいパーティーだな、とサラは思うのだった。

 リディアの提案を受けて魔法書を申請するならどんな魔法がいいか、等を皆で話し合いながら時間は過ぎていく。

 とても充実していて、幸せだと感じるのだった。

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