3.
冬になる前にはDランクへと上がっていたサラは、ダンジョン攻略の為にダンジョン前広場にある掲示板へと来ていた。
地下二十階のボスを倒せば昇級であるが、十歳のサラが二十階まで到達するには困難が待ち受けていた。
踏破記録が出来るのは十階単位なので、まずは十階を目指さなければならないのだが、パーティーメンバーに恵まれなかった。
掲示板を見れば一階からの攻略を希望する募集はたくさんある。
だが大半が野営込みであり、日帰りの募集は数少ない。
また、女性のいるパーティーも少ないのだった。
ダンジョン攻略を始めるに当たり、両親と約束をした。
女性がいるパーティーに入ること、野営はせず、日帰りをすること。
理由を問うても「実際に活動したらすぐにわかる」と言われ、首を傾げながらも初めて参加したダンジョン攻略、サラが組んだ人達は「良い人」だったのだということが後々わかることになった。
初めて参加した地下一階からのレベル上げパーティーは、女性の二人組だった。
女性メンバーを募っており、日帰りで、ランクも満たしていたので参加した。
顔を合わせた時には二人に「若い」と驚かれたが、実際に一階から開始してみれば二人はサラを頼りにしてくれたのだった。
二人は貴族令嬢であり、護衛付きだった。
前衛として参加したサラは両親から貰った剣を持ち、二人に回復や補助をしてもらいながら戦うという経験を初めてした。
初パーティー、初前衛デビューであった。
二人の令嬢は冒険者装束に身を包み、走ることも、自らが戦うことも辞さなかった。
二人とも婿を取って領地を守らねばならない長女だと言い、せめてCランクには上がっておきたいのだと真剣だった。
「婿となる方がEランク止まりだと、戦闘では役に立ちませんもの」
「Eランク…ですか?」
昼休憩の時に彼女達の事情を聞いていたサラが問えば、彼女達は親切に教えてくれたのだった。
「学園の男子生徒の卒業資格なの。Eランクに上がって満足してしまう男達の多いこと」
「本当に。実際に魔獣がやって来た時、私兵任せにするような男では…父が冒険者経験もないのに偉そうに命令していて。現場での評判が悪いの」
「はぁ…」
「私は父のような指揮官は最悪だと思ってる。だから冒険者として実際に魔獣と戦ってみて、その経験を活かしたい。婿となる男性が駄目な人でも、私がしっかりしていればなんとかなるでしょう?」
「そう、思います」
「でしょ。あなた、若いのに頭良いのね」
「あ、ありがとうございます」
この女性達は目的意識を持って冒険者活動をしているのだった。
夕方頃まで階を進めながらレベル上げをし、和やかな雰囲気で終われたのは、その時だけだった。
サラはため息をつく。
二度目に参加したパーティーは、学生の男二人、女一人のパーティーだった。
この時期、学園に入学した生徒でランク上げを希望する者達は、ちょうどダンジョン攻略へと乗り出す。
学生の数が多く、同級生で活動している者達が多かった。
「よろしくお願いします」
サラが挨拶すれば、上から見下ろし、三人は笑い出した。
「えっ冗談だろ?」
「君いくつ?」
「十歳です」
答えれば、大げさに驚かれる。
「マジかよ!十歳でダンジョン来ちゃったの!?」
「大丈夫なの?護衛もついてないし…」
女に心配されるが、同じDランクである。
見かけで判断されて不服であったが、彼らはおそらく学園に入学してから冒険者を始めたのだろう。
子供でダンジョン攻略に参加している者も少ないながら存在するのだが、そのあたりには目が行っていないと思われた。
「頑張ります」
意気込みを告げたのだが三人は顔を見合わせ、回復だけしてくれればいいから、と言われ、それ以外の仕事はさせてもらえなかった。
サラはいない者のように扱われ、三人で話しながら進んで行く。
冒険者にも色々な人がいるのだな、と、サラは学んだのだった。
十階到達まではすぐであり、ボスも苦労することなく倒せた。
だがそこで、ボスの戦利品を三人で分け始めたのである。
「…あの、分配ルールは最初に決めたと思うんですが」
口を挟めばうるさそうに見下ろされ、だが言葉もなく三人で会話をする。
転移装置に初めて記録した喜びを感じる間もなく、サラは追い縋った。
回復だけしていろと言われたから、不満に思いながらも我慢したのである。
それを。
戦利品の分配は公平に分ける、という約束だった。
「売却後にお金を配分してもらえるんでしょうか?」
さらに問えば、女が「うざい」と呟いた。
「はい?」
「あんた、回復しかしてないクセに偉そうに口出しして来ないで」
「それは、」
あなた達が他のことをしようとしたら「余計なことをするな」と言うから従ったのではないか。
「平民のガキは金に意地汚くて嫌になるな。この付呪具は効果は大したことないが、前衛の俺がつけるから売らないんだよ」
「…ならば換金した相応の金額をメンバーに支払うべきです。最初に決めたルールを、破るんですか?」
「俺らメンバーの間では、それがルールなの」
「私は聞いていません」
「ねぇあなた、今日入ったその場限りのお子様が、私達のルールに口出しするなんておこがましいと思わない?」
「メンバー募集の際に掲示された内容が優先されます」
サラは間違ったことは言っていない。
間違っているのは三人の方である。
だが三人は聞く耳を持たず、転移装置で一階へと戻って行った。
慌てて後を追うが、歩き出した三人を止める術がサラにはない。
「はいはい、じゃぁ今日はお疲れ様~!」
「疲れたね~!来週は十一階からでいいんでしょ?」
「おいおい、俺の指輪も取るって言ってたろ!来週も十階だよ!」
「そうだった~。二十階の私の指輪も忘れないでよ!」
「オッケ~!」
すでにサラのことなど忘れたように歩いて行く三人の背中を見ながら、サラは諦めたのだった。
十階までの戦利品は、ボス戦前にきちんと分配されていただけでもマシだと思うしかなかった。
悔しさを噛み締めながら帰宅し、兄のいない団欒時に両親に今日あったことを報告する。
兄はパーティーを組み、ダンジョンに野営込みで攻略に出かけていた。
あの場にいた時には涙は出なかったが、報告していると情けなくて涙が出て来た。
サラが俯きココアの入ったコップを両手で握りしめていると、そっと両側に両親が座った。
右に父が、左に母が。
顔を上げれば、父に頭を撫でられ、母には背中を撫でられた。
「サラは何も間違ってない。サラが正しい。彼らは愚かなことをしたわね。そしてあなたは理不尽を知った」
「りふじん…」
「皆がお父様のようだったら、そしてサラのようだったら、この世の中に犯罪なんて存在しないと思わない?」
「…思います」
「悪いことはしないし、許さないし、止めようとすることが出来る。…でも悪いことをするし、許すし、止めない輩も多くいる。悲しいわね」
母の声音は優しい。
染み入るような言葉を噛み締めながら、サラは考える。
「あそこにいたのが私じゃなくお父様だったら、彼らも無視なんてしなかったと思う」
「そうね。良くそこに気が付いたわね」
母は笑顔になった。
「どうして彼らはあなたを蔑ろにしたのかしら」
「…私が、子供だから?」
「そうよ。あなたを侮ったの。酷い話よ。…でも往々にしてよくある話…」
母は難しい話でも、決してサラ達が「子供だから」という理由で切り上げたりはしなかった。
きちんと一人の人として、向き合ってくれると感じるのだった。
理解できなければ質問すれば返してくれる。
理解できるよう本をくれたり、アドバイスをくれる。
面倒くさがらず、付き合ってくれる。
今日組んだ彼らは会話自体を面倒くさがった。
そんな彼らのことで心を患わされるなんて愚かなことだと、教えてくれた。
父を見れば、父はそんな彼らに怒っているようだった。
口数はそれほど多くないけれども、父は優しい人だった。
サラの為に、怒ってくれる人だった。
「私、また頑張るね」
サラが言えば、両親に抱きしめられた。
「冒険者は他人との関わりから逃れることはできないわ。あなたはどんな冒険者になりたいかしら」
母の問いには即答出来た。
「お父様とお母様のような冒険者になりたいです」
「そう。お父様のような冒険者を目指すのならば、合わないな、と思う人がいても軽く流せるようになりたいわね」
「…はい」
「とてもいい社会勉強だわ。嫌なこと、嫌な人、たくさんあることでしょう。でも忘れないで。あなたには家族という味方がいる」
「はい、お母様」
「サラ、おまえの努力は決して無駄にはならないよ」
「ありがとう、お父様」
そうしてサラは、今日もダンジョン攻略に参加する。
サラの年齢を理由にパーティー参加を断ってきたり、無視されたり、メンバーと同じように戦っていても実力不足のように言われることはしょっちゅうだった。
しばらくは両親に泣きついてしまう日々を過ごしていたが、やがてサラは見返してやる、と決意した。
子供だと侮って来る輩を相手にしても仕方がないではないか。
実力を見せ、それで態度を改めるならば良し、認めようとしないのならばそれまでである。
サラは日々強くなろうと努力を惜しまなかったし、両親は温かく見守り続けてくれたのだった。
サラが十三歳の時、父が陞爵し男爵となった。
王が譲位し、王太子が即位するにあたり、名誉騎士である父がそのまま新王付きとなったこと、西国ウェスローで転移装置が開発されたおかげでダンジョンの攻略が捗っていること、への報償であった。
それほど大きくはない領地も賜ったが、そこは王都からダンジョン都市へ向かう道すがらにあり、大都市に隣接した街々と酪農地、一部が森林で、立地が良かった。森林で魔獣を狩る為の冒険者確保も容易であったし、宿場町も発展していて、豊かである。
男爵となり領地を得たことで、兄は男爵位を継げるようになった。
新王の子は兄と同い年の第一王子レイノルド、一つ下の第一王女イーディス、二つ下の第二王女マーガレット、五つ下の第二王子ロバートがいる。
新王は王太子時代からサラの父である名誉騎士を高く評価し、同い年の息子の友人となって欲しいと五歳の時、兄のクリストファーを引き合わせた。
王太子となった第一王子は兄を気に入り、自分が即位する時には兄に側近、もしくは名誉騎士になって欲しいと乞い、兄はそれに応えるべく日々努力していた。
サラも五歳になる年、王子王女に挨拶をさせて頂いた。
最初の顔合わせ以降、兄妹を気に入った王子王女は友人として遇してくれた。
サラは王女達と魔法談義に花を咲かせ、兄達は剣の稽古をする。
幼い頃から王宮への出入りを許され、王子王女達と交流を深めていたが、サラにとっては物語の中の出来事のようだった。
英雄の子ではあるが、末端の貴族である。
当時はサラは、将来貴族家に嫁がなければ平民となることが決まっていたし、王子様、王女様など自分には遠い世界の住人だった。
彼らは外見だけでなく、中身も素晴らしい人達だと思う。
身分にふさわしい自分であろうと、努力することを惜しまない。
お姫様というものに憧れたことはある。
王子様に求婚されて、ハッピーエンドを迎えるヒロイン達の物語に心躍らせたこともある。
我が家は騎士爵とはいえ財はあるので、必要に応じて綺麗なドレスや宝石だって買ってもらえた。
下位貴族同士のお付き合い、というものもあり、年の近い令嬢からお茶会に誘われることもある。
貴族の生活と冒険者としての活動をしていく中でサラは、どちらが自分らしいのだろうと考えるようになっていた。
「どちらもこなせるように」との両親の教育方針で、どちらもソツなくこなす術は身に着けた。
色々な人がいて、色々な考えの人がいる。
綺麗なドレスや高価な宝石を身に着けて、キラキラと輝いていても、中身もそうとは限らないことを知った。
男爵令嬢になったとはいえ、自分は何も変わらない。
陞爵したのは父の功績であり、自分は何もしていない。
誰かに誇れる自分でありたいと思うようになったのは、この頃だった。
立派でなくともいい。
自分らしく生き、自分を認めてくれる人を大切にしたいと思うのだった。
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