最終話
春、桜が舞う季節。
なんてのは良く歌われるフレーズだが、そんな季節に僕らにも終わりの時が来た。
解散の発表には様々な反応があったが、再結成を望む声で溢れていて、愛されているなと感じた。
卒業式のあった3月1日に僕らは最後の曲『卒業のうた』をリリースした。
そして今日、地元の片瀬海岸の特設ステージにて行われる解散ライブを最後にバンドの活動を終える。
江ノ島をバックに右手にはすぐに海という最高のロケーション、そして青空の下行われるライブに参加者はワクワクを隠せていない様に見える。
僕、奏と瑞季・琴葉の3人はステージ裏の遊歩道で海風に当たっていた。
「いよいよだね」
琴葉がほろりと小さく言葉を零す。
「うん、今日が最後だ。お客さんと一緒に楽しんで、一生忘れない日にしよう」
「だな、今までで一番の演奏するぞ!」
互いの背中を叩き、抱擁を交わしてステージにあがった。
割れんばかりの歓声が上がる。
舞台上から見える顔を、光景を、一つ一つ目に焼き付ける。二度と見ることの出来ないであろうこの景色を忘れたくなかった。
演奏を始める。
僕らの奏でる音に合わせて人だけでなく波も揺れている様に見える。
琴葉の歌声はいつにも増して美しく、瑞季の刻むビートはこの上なく心地が良かった。
僕のギターも今日は鳴りが良い。
演奏を初めて1時間が経った。
僕がMCをする。
「この片瀬海岸という場所は、僕がバンド加入を決める前に一人で弾き語りしていた場所です。
そして、ここから見える景色からたくさんの曲が生まれました。そのうちの一つを、今からやろうと思います。」
4:30のチャイムが鳴った。
それが終わると同時に曲を始めた。この曲にはAメロに四時半の風という歌詞がある。
『サイダー・ワールド』だ。
オーディエンスが感傷に浸る中、僕は風を感じていた。
その後もMCを挟みつつ曲を演奏し続けた。必然的に時間も流れる。
次で今日の最後の曲だ。
琴葉が最後のMCで思いを伝える。
「この解散は瑞季が言い出したものでしたが、私たちもこの選択をして後悔はしていません。
もう皆さんに音楽を届けられないのは残念ですが、世界には沢山の素敵な音楽があります。大丈夫です。最後に、今後の私たちの一人一人の人間としての人生を応援して欲しいです。
今まで本当にありがとうございました、天色SUNSETでした。
最後の曲です、『卒業のうた』。」
ゆったりとしたテンポのメロディーに気持ちを込めつつ、いつもと同じように演奏をしていたつもりだった。が、涙が頬を伝うのが分かった。
「ああ、この気持ちを歌にしたい」と思い、それをする必要が無いことに気づいてさらに泣いた。曲を終える頃にはボロボロになっていた。
最後に3人で手を繋ぎ、お辞儀をしてステージを降りる。
2人も涙を堪えている様に見える。
抱き合うと、抑えていた感情が堰を切ったように溢れる。
僕は1人、再び遊歩道に出て海を眺めていた。
一生忘れることがないであろう、あの景色を思い浮かべている。
塩の匂いと共に、波も人も揺らめいていた。
街に、海に、
そして限りなく続く青空に広がった音は、どこまでも澄んでいた。
終
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