第17話
夏。太陽が煌めき、その日差しの強さに思わず手をかざす。
僕、奏と琴葉・瑞季は今日、初めて夏フェスのステージに立つ。去年の10月にオファーがあり、その後の活躍によってか2番目に大きなステージのトリという大役を務めることになった。
僕たち自身はあまり気にしていないが、一応覆面バンドということにもなっているし、夜だと都合が良いということもあるだろう。
どうせ夏フェスなら青空の下、沢山の汗をかきながら演奏したいとも思ったが、そんなことを言っては贅沢言うなと琴葉に怒られるので、口にはしなかった。
今はメインステージの先輩バンド、AOZORAを少し遠い距離から眺めている。
舞台袖で見ていてもいいよとスタッフに言われたが、どうせなら観客としての目線も持っておきたかったというのもあり、遠慮した。
「いやー、やっぱ夏フェスは気分がいいな」
スピーカーの爆音に掻き消されないよう、瑞季が少し大きな声で言った。
「ほんと、開放感がぜんっぜん違う!」
「このフェスにタダで来れちゃうなんてバンドやってて良かったな!」
「どこで良さを感じてるのよ」
琴葉に冷静にツッコまれる。
そんなことを繰り返して、幾つかのステージを回るうちに日が落ちてきた。
夕焼けに照らされる会場も、また美しくエモーショナルな気分になる。
暗くなり、自分たちの出番が近づいてきたので、ステージの裏で準備をする。とにかく楽しもうという話を2人とずっとしていたことを思い出す。
ステージに上がると、もはや地平線のようにも感じられる程、遥か遠くまで観客でびっしりと埋まっていて圧倒された。
だがそれと同時に興奮もしていた。
これだけ沢山の人に、僕たちの音楽を届けられる。幸せだ。
「こんばんは、天色SUNSETです。今夜は絶対に笑顔で帰ってもらうんで、よろしくお願いします。」
琴葉の強気な挨拶に合わせ音を鳴らす。
一曲目は、『サイダー・ワールド』
僕らにはこの曲だけじゃないぞってことを示したい。そんな思いを込め、この位置にもってきた。
暗闇の中、色とりどりのライトがオーディエンスを照らす。
目の前の景色は右に、左に、揺れている。
そこから『花火』、『朧月夜』など夜を感じる曲たちを止めることなく演奏していく。
前半はアップテンポで、中盤はバラード、後半で再び踊れる曲と緩急をつけたセットリストだ。
一通りの演奏終えた。
一度、ステージを去る。今日はトリだからまだアンコールがあるのだ。
広大な自然に木霊するアンコールの声に手を振りながらステージに出た。
ここではこの一曲だけを、大切に演奏しようと思っていた曲があった。『home』だ。
僕がMCをする。
「この曲は、何も無かった僕という存在に、意味を持たせてくれた大好きなこのバンドへの想いを歌った大切な曲です。聴いたことないと思うけど、この曲を聴いて同じ気持ちになってくれたら嬉しいです。home。」
そう言って大切に大切に演奏した。
曲が終わると、沢山の笑顔が見えた。琴葉の言葉が、現実になった。嬉しかった。
この時の幸福感を超える感情は、二度と感じられないのではないかとすら思った。
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