第10話
4月になり、生暖かい空気が漂う。
高2になった僕、奏は今みなとみらいにいる。少し前、バンドのTwitterアカウントに対バンをしないかとの誘いがあった。4バンドでの対バンだという。
今日はその打ち合わせに来ていたのだった。
瑞季と琴葉と桜木町駅前で集合し、カフェに入る。
「そういえばみなとみらいで遊ぶのって珍しくない?」
「いっつも琴葉が俺らに合わせてくれてるしな」
「そうだよ〜でも、今日は遊びじゃないよ?」
琴葉はわざとらしく頬を膨らませる。
「あ、そうだけど」
「今日は何決めるんだっけ?」
「セトリと照明のイメージだな」
「なんか自分のバンドのセトリってワクワクするね」
「はじめてだしな〜」
去年の夏から今まで、作ってきた曲は8曲にもなる。セットリストを作るには充分な曲数だ。
「一曲目は、はじまりのうた一択だよね」
「それはそうだね〜」
「二曲目は何がいいかな?」
「うーん、、」
考え始めて二時間ほどが経った。お昼時になり、店内の人が増えてきた。
「こんなもんかな〜」
「いい感じじゃん!」
熟考した末、3人が納得の行くセトリになった。
店を出て、本番の舞台となるライブハウスへ向かう。これが今日の一番の目的だ。
中に入りステージを前にする。
「なんか自分たちが立つステージだって思うとドキドキするね」
琴葉は少し興奮気味だ。
「ワクワクの間違いだろ。顔がキラッキラに輝いてるぞ」
「えっ!うそ〜恥ずかしっ」
僕は二人のやり取りに、はははと笑って過ごしていたが内心は言葉も出ないほどドキドキしていた。緊張と興奮のちょうど間のような胸の高鳴りだった。
そして迎えた本番当日の昼過ぎ、電車に乗ってみなとみらいへ向かう。今日は藤沢で瑞季と待ち合わせしたが、予想していた通り今までにないくらいのハイテンションだ。
その後琴葉とも合流し、ライブハウスへ向かう。
手取り足取り、スタッフに教えられながら何とかセッティングやリハーサルを終えた。まだ無名だろうからと言うことで一番手を任された。
そして自分たちをこの対バンに呼んでくれた先輩バンド、AOZORAへの挨拶も済ませてあとはいよいよ本番を迎えるだけだ。
「う〜緊張する〜」
「私もちょっとやばいかも」
「俺もだけど、やるしかないよ。」
瑞季は落ち着いた様子だ。
「なんか円陣みたいなのやるか?」
「そんな事考えてなかったよ!」
「いや、なんかやらないとうまく行かない気がするからやろう。」
「いいけどどんなの?」
「俺に任せろっ」
3人の手を重ねる。瑞季の言葉に相槌を打ちつつ、その言葉を胸にそっとしまう。
「よし。いいな?いくぞ!」
「おー!!!」
声が合わさると何故か勇気が湧いてきた。
たくさんの人で鮨詰めのフロアを見下ろす。
誰もがキラキラとした表情でこちらを見上げている。見知った顔も少しだけ分かった。それにしても客の数が思った以上に多くて驚いている。
このあとのバンドの客が早く来てくれたのか?
このときはそう思っていた。
「1,2,1,2,3,4」
瑞季のカウントが響く。
琴葉の透き通る様な声が会場全体を包み込む。
僕は体全体を揺らしながらギターを奏でる。
眩しく鮮やかなライトが僕らを照らす。
観客の手が上がり始める。
ベースとドラムの重低音が心臓に突き刺さる。
曲が終わり、間髪入れずに次の曲を始める。ただそれを繰り返す。
3人がいい感じにノッてきた。
観客にも笑顔が咲き始めた。
僕らはドラムの前に向かい合って楽器の音を奏でる。
コーラスをする。
観客の口が動くのがわかる。
いよいよだ、と思った時には予定していた5曲を演奏し終わっていた。ふとたくさんの拍手がフロアから送られていることに気がつく。額に滴る汗を拭く。
ああ、終わったんだな。楽しかった。そんな思いに満たされながらステージを降りた。
共演者やスタッフからの拍手を更に浴びる。楽屋に戻り、緊張が一気に解けた。
「あぁ〜終わった!!」
「いやなんか、凄かったね。楽しかった。」
「本当に今はそれしか出てこないね」
「お客さんも楽しんでくれてそうだったし!」
琴葉が少し思い出すような顔をした。
「ねえ、あのさ」
「ん?」
「何人か歌ってた人いなかった?」
「あ、それ分かった」
「最初のサビから歌ってくれてる人もいたんだよね」
「え!?まじ?」
僕も思い出した。そういえば観客の口が動くのが見えていた。
「確かにいたかもな〜」
「それって俺ら目当てで来てくれた人が何人もいたってこと?」
「そう、だよね?」
「え、何か凄いな」
「めちゃめちゃ凄いじゃん!」
「確かに動画の再生数伸びてきてたりするけど、そんなことあるんだな」
「なんかさ、これからも頑張ろうね」
「うん。僕たちの音楽、しっかり気持ちを込めて届けたいよ」
夏に始めたこのバンドは、秋、冬、そして今訪れようとしている春へと季節を巡るにつれ、多くの人の心へと届くようになっていた。
僕たちのここまでの軌跡を歌にしたい、そう思った。
帰りの電車で歌詞を書いた。
タイトルは、
『季節を巡って』
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