12.未来館
しばらくグローバル・ループからの楽しんだのち、二人は企業パビリオンゾーンに向かった。日本を代表する大企業のパビリオンが立ち並ぶ企業パビリオンゾーンは、会場内でもっとも多くの人が訪れる万博の顔である。
まず入るのは、未来館という友人の直樹おすすめの映像展示のパビリオンだ。直樹のアドバイスに従い事前予約をとってあるので、待ち時間なしで中に入ることができた。
未来館は「月」をテーマにしたパビリオンで、「もしも月がなかったら」という問いをベースにした映像物語を披露する映像シアターだ。透一は天文学に疎い文系なのでよく知らないが、アメリカのえらい天文学者が書いた本がもとになっているらしい。
一枚の外壁が渦を巻いているようなデザインの未来館の外装には、環境の配慮を考えて植物やペットボトルが使われている。ペットボトルでできた壁というと貧乏くさい気がするが、ボトルの底だけが一面に並んだ眺めは壮観で、きらきらとしていて綺麗だった。
「床舗装材も土に還るものを使ってるんですね」
「俺が毎日バイトで運んどる植物性プラスチックの食器と同じだな」
青く近未来的なデザインのスーツを着たアテンダントのお姉さんたちに案内されて、二人は通路を歩いた。並ぶことなくさくさくと進んでいけるので、何を話すべきか迷う瞬間もなくパビリオンを楽しむことができた。
ウェイティングゾーンとプレショーゾーンと呼ばれる前座的な展示のコーナーでは、黄色く可愛らしい案内役のロボットアテンダントが環境問題や月と地球の関係についてわかりやすく解説する。
その次に待っているのが、メインのシアターがある部屋だ。
約三〇〇人が収容できるように並ぶ椅子のうちの二つに、透一とサフィトゥリは腰掛けた。ほぼ満席のシアターのそわそわした雰囲気の中、二人は黙って上映の開始を待つ。冷房がよくきいていてよく涼しいが、きっとこれも環境に優しいノンフロンのエアコンだろう。
しばらくすると部屋は暗くなり、荘厳な音楽とナレーションとともに映像が流れ始めた。
最初に見せてもらえるのは、ジャイアント・インパクトと呼ばれる原始地球と天体の衝突によって月が生成されていく過程の再現映像だ。原始惑星だったころの地球と別の原始惑星がぶつかりあい、その破片が月を形作っていく様子が、臨場感たっぷりに描かれる。
(さすがに映像も音響もダイナミックだけど、今のところちょっとすごい映画館かプラネタリウムくらいの感動かな)
スクリーンは恐竜のいた時代から現代までの地球を早回しで映していった。
『……もし衝突した原始惑星の軌道がもし10センチずれていたら、原始惑星は原始地球とぶつかることなく離れ通過していったはずです。そうなれば、月が生成されることもありませんでした。その月のない地球を、ソロンと名付けて想像してみましょう』
やわらかな女性の声のナレーションとともに、月が生成されることのなかった場合の地球の風景へと映像が転換する。その一面灰色の荒涼とした大地には、強風が吹き荒れ砂や砕けた岩石が舞っている。
月のない地球は風が強いうえに潮の満ち引きもなく、一日は八時間で一年は一〇九五日で暦の概念も発達しない。生物はこうした過酷な環境の中で生存競争強いられ、人類が誕生する可能性は低いとナレーションは語る。
『一方で、わたしたちの地球には月がありました』
そのナレーションが流れた瞬間映像がぱっと明るくなり、月が存在する地球の姿が床や天井にも映し出された。
咲き誇る花々、四季折々の変化のある森林、クジラやイルカなどが住む海の映像が、鏡によって万華鏡のように無限に広がっていく。
(おお、これはちょっと盛り上がるな)
音楽も最高潮に達する中、透一は360°に広がる幻想的な映像に心を奪われた。一番最初に見るには良く出来過ぎていると思えるほどに、未来館の展示はすばらしい。
横目でサフィトゥリを見ると、サフィトゥリの深い紫の瞳が光を反射してきらめいていたのもまた美しかった。
映像と音楽はだんたんと静かなものへと変化し、名残惜しさが残りつつもメインショーは終了した。
「すっごく良かったですね。最後の演出にしびれました」
「うん、友達におすすめしてもらったやつだったんだけど、これは見るべきパビリオンだった」
透一とサフィトゥリはお互いに満足した感想を述べ合って、シアターの外に出た。
出口には月や星、宇宙などがモチーフのグッズが売っている売店があった。宇宙食コーナーというものもあり、苺やお餅など様々な食べ物がフリーズドライ処理の後パックされて売られていた。
「宇宙でもタコヤキが食べれるんですね」
サフィトゥリは宇宙食のタコヤキを手にして感心した。
透一はせっかくなので、エビグラタンの宇宙食を一つ買ってみた。
未来館から出た後は、日本ゾーンにある中部九県が共同出展するパビリオンに行ってみた。
当初は中部九県のパビリオンではなく大名古屋万博の目玉展示と言われる冷凍マンモスがあるグローバル・ハウスのマンモスラボへ行ってみようかと考えていたが、混んでいるうえにすえたような変な臭いがして見た目もしょぼいと聞いたのでやめた。
中部のものづくり技術を見せるだけの出品がメインでワークショップの体験抜きでは全体的に地味だったが、サイクロプスと名付けられた銀色の一つ目ロボットの展示はSF感があってなかなか面白かった。
それはコードのついた細長い監視カメラのようなロボットなのだが、ゆらゆら揺れて通りがかる人の方を向く動きがほのぼのとしていた。何でも、人間の背骨と同じ構造を持つ機械による柔らかい動きが特徴らしかった。
一通り見終えて外に出ると、愛知県館のステージコーナーであるおまつり広場では県民による伝統芸能の公演が行われていた。
ちょうどすいていたので、二人は最後列に座って休憩がてら見てみることにした。
「透一さん、あの人たちがやってるのは何ですか? カブキ?」
「あれは狂言だよ。古くからある日本のコント。演目は柿山伏っていう、柿の盗み食いをごまかす話かな」
サフィトゥリがステージ上に立つ袴を着た男性二人を見て小声で尋ねる。透一はサフィトゥリに何かを教えてあげる機会があったことにほっとしつつ答えた。
愛知館のおまつり広場は愛知伝統文化である「山車」をモチーフとしており、幅20メートル、奥行12メートルの大ひさしを持つ豪壮な朱塗りの建物に仕上がっている。通常は能楽堂で行われる狂言を見るには、大きすぎるとも言えるステージだ。
(どこがどうってわけじゃないけど、大名古屋万博って何か地味なんだよな。来場者もボランティアの人も地元の人ばっかだし、国家のイベントっていうよりは県のイベントっぽいとこがある)
透一はどこかスケールがちぐはぐなステージイベントを眺めながら万博の規模について考えた。プロの狂言師の男性たちの芸は素晴らしいものだったが、観客が名古屋の暇を持て余したマダムばかりなので雰囲気はローカルである。
(まあそこが愛知らしいんだけど)
狂言に興味を持ってくれたらしいサフィトゥリの隣で、透一は一人県民としての感慨にふけった。
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