28.裏万博会場2

 二〇〇五年八月九日、火曜日、朝。


 透一は二村山でサフィトゥリに去られた後、アメリカ連合国陸軍に連行されあの万博会場の裏の駐屯地にいた。

 家には一晩帰っていないが、母親にはメールで連絡をしたため心配はされていないだろう。


「それで、彼女は最後になんて言ったんだ?」


 ホワイトボードと会議机が置かれた大学とそこまで雰囲気が変わらない一室で、ブレノンは透一に尋ねる。


 今日のブレノンは夏季略装の軍服を着ていて、透一と机を挟んで立っていた。

 薄手の灰色の布で仕立てられた軍服は涼しげで、地味な色合いがブレノンの金髪碧眼の美丈夫ぶりを際立てている。


 その姿を見てやっと、透一は彼が本当に軍人なのだと認識した。


 一応、これも取調べだ。


「また気が向いたらテロしに戻って来るそうです。また会えるかどうかはわからないけど、名古屋のこれからは見ているから、と」


 朝食用にともらったパンとバナナを食べながら、透一は答えた。


 食事だけではなく、透一は汚れた服の替えも借りていた。

 洗濯して全てが元通りになったらサフィトゥリといた時間が全て夢になってしまうような気がしたので、透一は服の血はそのまま持って帰る予定でいた。


「そうか。君は振られたのか」


 ブレノンは気の毒そうに、透一を見た。

 同情するのと同時に、ブレノン自身もサフィトゥリがテロをせずに去ってしまったことを残念がっているように見える。


(この人はそんなに見たかったのか。万博が爆発するところ)


 透一は同情されたくはなかったし、ブレノンに共感するつもりもなかった。


 しかしサフィトゥリについて全てを語れるのはブレノンだけであるので、ブレノンがこうして仕事でも話を聞いてくれるのはありがたいことだと思う。


「そういえば、あのオアシス21での騒ぎは、どうなったんですか?」

「新作スパイ映画のプロモーションということにしておいた。君のことは何も知られていないから、安心してくれ」


 透一がふとサフィトゥリとブレノンの銃撃戦を思い出して尋ねると、ブレノンは親指を立てた。


 事件の当事者として注目されたいわけではないが、まったく何も気にされないのも透一は少し寂しい気がした。


「しかし周りの人間に怪我人はいなかったが、彼女の肩の傷の方は大丈夫そうだったか?」


 ブレノンにも多少は他人を思い遣る気持ちがあったようで、自分の銃撃の結果を気にする素振りを一応見せる。


「俺が見る限りは平気そうでしたよ」

「それなら、良かった」


 ほとんど怪我人らしさのなかったサフィトゥリの去り際を脳裏に浮かべながら、透一は答えた。


 ブレノンはそこまで気にしてもいなかった様子で、立ち上がって窓の空を見た。


 窓の空は曇天であったが、万博会場は夏休み期間に入りおそらく満員御礼だろう。

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