26.オアシス21
テレビ塔を楽しんだ後、透一とサフィトゥリは隣のオアシス21のテイクアウトコーナーに座り、ファストフード店で買ったバニラシェイクを飲んで休憩をした。
オアシス21というのは名古屋の栄にある宇宙船を模した独特の形をした建物で、吹き抜けの地下広場のあるバスターミナル兼商業施設だ。
その地下広場をぐるりと一周するように、レストランやカフェ、雑貨屋などのテナントが入っている。
夕暮れ時ということもあり、テイクアウトコーナーは以前昼時に来たときよりもすいていた。
「変わった形の建物ですね」
サフィトゥリはガラス張りの水が流れる楕円の屋根を見上げて、その水が作り出す波紋を眺めていた。
透一はオアシス21の近未来的なコンセプトを、サフィトゥリに軽く説明する。
「この広場は「銀河の広場」、あの屋根は「水の宇宙船」って名前がついとるからな。しかも夜にはライトアップされる」
「それはすごく、ポエティックなセンスですね」
サフィトゥリにはそのネーミングが何故か面白かったようで、くすくすと笑っていた。
しばらく二人は、談笑する。
そして紙コップの中のシェイクを飲み干した透一は、ストローから口を離してサフィトゥリに今後の予定について提案した。
「最後にちょっと、豊明の二村山ってところに行ってみようと思っとるんだけどいいか? 夜景の名所らしいんだが」
「もちろん、ご一緒しますけれども……」
サフィトゥリはそれまでと同じように微笑んだが、少し困ったように言い淀む。透一は、何か予感めいたものを感じた。
そしてサフィトゥリは、おもむろに立ち上って振り返って言った。
「私を尾行してる人、もうそろそろ出て来てもらってもいいですか?」
透一は、何が起きているのか漠然と把握しながらサフィトゥリの視線の方を見た。
すると灰色のサマーコートを着た男が一人立ち上がり、帽子をとる。
一瞬のうちに透一が想像した通り、男はアメリカ連合国陸軍のブレノン・ハドルストンだった。
「やっぱり、ばれてたか。美人でもちゃんとテロリストなんだな」
ブレノンは帽子をとった頭をかいて、あまり残念そうではない様子でサフィトゥリの技量を認めた。
サフィトゥリはブレノンの言葉を否定せず、ただ黙っていた。
そしてブレノンは、サフィトゥリの隣の透一にも声をかける。
「透一、爆弾の隠し場所はまだ聞いてないよな?」
「……聞いてない」
透一はただ椅子に座ったまま、正直に答えた。ブレノンの尾行を知らなかったことを、サフィトゥリに弁明する余裕もない。
デートが始まる前には、もうそろそろサフィトゥリから何かを聞き出さないとテロが起きてしまうかもしれないと思っていたような気もする。
だがいざ二人で名古屋をデートしてみると、透一はサフィトゥリと一緒にいることの楽しさに軍の協力者としての役割をすっかり忘れていた。
ブレノンはまるでここでサフィトゥリが爆弾を作動させても全く困らなさそうな不用心さで、今度はサフィトゥリに直接尋ねる。
「そうか。じゃあサフィトゥリ、お前が直接教えてくれるか?」
「教えるわけ、ないじゃないですか」
サフィトゥリはそう答えた瞬間、ふんわりとしたフレアスカートのポケットの中からやたら大きい拳銃を取り出してブレノンに向かって二、三発発砲した。
日本じゃまずあまり聞くことのない大音量の銃声に、周辺の客から悲鳴が上がる。
しかしブレノンは咄嗟に手近なテーブルを倒して盾にして退避し、難を逃れているようだった。
「透一さん、行きましょう」
「あ、ああ」
サフィトゥリはブレノンが銃撃を避けて次の体勢に移る一瞬の隙をついて透一の手を握り、たまたまちょうど到着していた地上階へと上がるエレベーターの方へと駆け出す。
透一はただ状況に流されるまま、サフィトゥリについて走る。
ブレノンもサフィトゥリから一歩遅れて銃をショルダーホルスターから抜き、二人に向かって撃つ。サマーコートを軽やかに翻し軍用拳銃を構えるブレノンの姿は、洋画みたいで様になっていた。
発砲の一撃目はちょうど、サフィトゥリの肩にかする。しかし二撃目は逸れて地面に当たり、透一とサフィトゥリは無事エレベーターに乗った。
「それ、大丈夫なのか?」
「別に死にはしないですよ。これくらい」
サフィトゥリのシャツに染みだす血に、透一は狼狽え不安になった。
しかしサフィトゥリはあっさりと心配は無用と言い切る。
握った手が震えているのも、サフィトゥリではなく透一の方であった。
(本当の本当に、サフィトゥリはテロリストだったのか)
反動がすごそうな大型拳銃を片手に、負傷しながらも涼しい顔で立つサフィトゥリを透一は夢見心地で見つめた。
今までは、心のどこかではもしかしたらサフィトゥリがテロリストっていうのは勘違いか何かなのかもしれないと思っていた。
だが突然現れた自分を尾行していた人間と銃を撃ち合うサフィトゥリの様子を見れば、透一はとうとう彼女がテロリストであることを認めざるをえなかった。
エレベーターが地上の歩道に着くと、サフィトゥリは透一の手を握って引っ張り、素早く路肩に止めてあった車の方へと移動した。
そして拳銃の柄のようなところを使って後部座席の窓ガラスを割り、運転席の鍵を開けてハンドル下の配線を繋ぎ合わせてエンジンをかけた。
「乗ってください」
「ああ」
サフィトゥリが中から助手席のドアも開けたので、透一も座る。
透一がドアを閉めた瞬間、サフィトゥリはかなりの急加速で発進した。
「豊明の二村山に行く予定だったんですよね。国道二二号線から先の道案内ってお願いできますか」
「地図入っとるから、できると思う」
何事もなかったかのように道を尋ねるサフィトゥリに、透一はグローブボックスに車の持ち主が入れていた道路地図を取り出して答えた。
「じゃあ、大丈夫ですね」
サフィトゥリは軽く一〇〇キロは超えるスピードで、軽々と他の車を避けてハンドルを捌いた。
サフィトゥリの運転技術は高そうだったが、それでも透一は心臓が縮む思いで助手席にいた。
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