第2話 言った側からコイツはっ!!



(まだホームルームすら始まってねぇんだよなぁ……一日が長いっ!!)


 朝食の後、シオンを追い返した省吾は学校へと通勤。

 今は憂鬱な顔で受け持ちのクラス、2ーCへと廊下を歩いていた。


(ったく、ちゃんと約束守ってんだろうなアイツ。初日からバレるとか勘弁だぜ……)


 彼女の額にキス一回と引き替えに、学校では二人の関係は秘密。

 いつかは露見する事で先延ばしにしかならないが、少なくとも穏当に着地できる時間は作れる筈だ。


(異種族との結婚は国の政策で推奨されて補助金まで出る、出るが……生徒と教師でも通用すんのか? 少なくとも校長には話しておかないとならないし……)


 まったくもって、頭が痛い問題である。


(昼休み、いや放課後になったら言おう。ああ、面倒事は後回しだ、取りあえずそれまでは普通に、そう普通に――)


 省吾は教室の前で深呼吸、ここからは教師としての時間だ。

 彼は、気怠げに扉を開けて。

 ――その瞬間であった。

 着席していた生徒達がぎょろりと一斉に、信じられない物を見るような顔を省吾に向ける。


「……あー、おはよう。どうした? 珍しく全員座ってて」


「じぃ~~」「ひそひそ」「そわそわ」「にまにま」「……(勇者を見る目)」「――(犠牲者を見る目)」エトセトラエトセトラ。


 ちらりとシオンに視線を向けるが、鼻歌交じりで幸せそうに。

 急に不安になって来たが、聞かない事には始まらない。


「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。何もないならホームルームを始めるぞ」


 伝達事項に目新しい事は無い、幸か不幸か問題の少ないクラスなので注意喚起を特別にする必要も無い。

 スケジュールの確認の後は、とっとと読書習慣の時間でもと考えたその時だった。

 クラス委員の、メリッサ・板垣(天使族ハーフ)がおずおずと挙手。


「ん、どうした板垣。問題でもあったか?」


「あ、あのっ、浅野先生、これはやりすぎだって思いましたが一応は慶事なので……」


「何がだ?」


「宜しければ黒板を見てくださいませんか?」


 そういえば、生徒達の妙な態度に気を取られ視界に入っていなかったと。

 省吾が後ろを振り向くと。


『祝・結婚!! この度、シオン・ジプソフィラは浅野省吾を結婚し妻となりましたっ!!』


 白と黄色と赤、三食のチョークでデカデカと書かれた文字に思考が硬直する。


「…………――――は?」


「わたし達、結婚しました!!」


「それは秘密にしようって言っただろうがッ!? なにいきなり暴露してんだッ!?」


「ぶっぶー、ダメですよセンセ。愛する妻に口止めするには報酬が足りませんでした~~!」


「ぶん殴るぞテメェッ!? ああもうどうすんだよッ!! お前等忘れろッ!! せめて誰にも言うなよッ!! 懲戒免職でクビになるとしても、せめて転職先を探す期間ぐらいは欲しいッ!!」


「うえぇ、センセったら夢が無いなぁ。ちょっと私と学校に対する信頼が足りないんじゃない? そもそも今って、大異種族婚時代じゃないですかぁ、喜ばれこそすれ心配要りませんって」


 けらけらと笑う美少女セーラー服ダークエルフの姿に、省吾は頭を抱えてしゃがみ込む。

 生徒達は、お労しや……と同情の視線。


「お前が卒業後ならいざ知らず、古今東西在学中にやらかしたら問題になるって決まってんだよッ!! 離婚だ離「――問題など一つもありませんよ浅野クン!!」


「なんで掃除用具のロッカーから出てくるんですか三日月校長!!」


「安心しなさいな、黒板の文字は私も手伝いました。良い出来でしょう?」


「何やってるんですか三日月校長~~~~ッ!!」


 この市立・間千田高校の校長、三日月ハリエットは日本人と結婚し帰化したエルフであった。

 もう千歳になろうとするエルフだが、その見た目は若く。

 否、かなり幼くまるで小学生にしか見えない。


「話は全部、シオン様――じゃなかったシオンさんから聞きました!! ええ、生徒と教師の結婚に何も問題はありませんとも!! しかもウルトラ嫁遅れシオン様を貰っていただけたというなら、配下のマスコミを使って、いえ総理を動かしてでも世間に祝福ムードを――――」


「俺に心配と不安を返せ!! つーかそれで良いのか仮にも同じ教職者だろうが三日月校長ッ!!」


「これが性犯罪でしたら、アチラからエルフの粛正騎士団を借りてでも追いつめましたが。結婚届を出す時は合意の上だとの事でセーフです。ああそうそう、異世界間結婚だとウチの高校にも貴方達にも補助金出るので、申請書類を近い内に出しておいてくださいね。それではこれでアデュー!」


「言いたいことだけ言って逃げたッ!? ぬああああああああああああッ、そりゃクビ切られるより良いけどさぁ!! なんかこう、もうちょっとあるだろッ!!」


 まったくもって同意しかない叫びに、クラス中が同情の視線を送り。

 その中で、さも代表だと言わんばかりにシオンは席を立って省吾に寄り添う。


「…………どんまいっ!」


「テメェが言えた口かッ!! この口が悪いのかこの口がよォ!!」


「ふぁってっ!! ふぁってふふぁふぁふぃほーっ!!」


「オラ吐けッ!! テメェ何時から根回ししてたッ!! 最初から計算尽くだったら容赦しねぇからなッ!!」


「ふみぃ~~~~っ!?」


 両方のほっぺたを引っ張り迫る省吾は、気の済むまで堪能すると解放する。

 その姿に、特に異世界出身者達は恐れを通り越し感動すら覚えて。

 ――然もあらん。もはや公然の秘密であるが、彼らはシオンの正体がかつて世界を救った六大英雄の一人だと知っているからだ。


「ううっ、頬が延びたらどーするんですか省吾さん……」


「自業自得だバカ野郎、おらとっとと吐け」


「そのセメントっぷりも素敵――あ、はい喋ります全部吐きます」


「んで?」


「いや、そのですね? センセが起きる前に根回ししちゃてて……」


「なら早く言えよッ!?」


「えー、だって結婚したんですよ? 私たちって新婚さんなんですよ? 学校でもイチャイチャしたいじゃないですか!!」


「酔った勢いで結婚したってのに、何でお前はそんなに前向きなんだよっ!! 俺よりも年上なんだからもっと常識をだな……」


「常識がなんですか!! 理由がどうあれ、相手がどうであれっ、私はこの結婚を逃がす気はないんですっ!! もうっ! もうっ!! 年下の連中が幸せそうに結婚するのを祝福するだけなのは寂しいんですよぉ~~~~」


 途中から涙ぐみ、心からの叫びに、省吾を含めて全員がそっと目を反らした。

 浅野シオン、彼女は生粋の独身。

 もっと言えば、結婚願望はあれど悲しいかな独身であった喪女であったのだ。

 ――その気持ちは、同じく非モテであった省吾にも痛いほど理解出来て。


「……………………今回だけだぞ、次からは事前に言え」


「ありがとう省吾さんっ!! うーんすりすりっ、旦那様ステキっ!!」


「感謝するなら、俺好みの薄幸巨乳人妻系に成長しろ?」


「そーいう所だと思うの、センセがモテなかったのって」


「うっさいわッ、もう取り繕うもんかよ!! ホームルーム始めっから座れッ」


「はーいっ」


 やる気のない冴えない歴史教師、それが浅野省吾という教師の評価だった……今までは。

 だがシオンとの結婚、そしてこの騒動。

 クラスの男子達は親近感を覚え、女子達は多少の軽蔑と尊敬の視線。


(ったく、昨日よりちゃんと聞いてやがるじゃねーか……)


 その変化を、省吾も少なからず感じ取って。

 これまでより、騒がしい日常の予感を覚えながらホームルームを進めたのであった。





(――――あれ? 省吾さんからメッセージか来てますね)


 それは、その日の放課後の事だった。

 スマホに入った省吾からの連絡を、シオンはわくわくしながら開いて。


(きゃー、きゃー、もしかして一緒に帰ろうとか? それともそれともっ、ご飯を用意して待ってろとか?)


 頬を赤らめ、体をクネクネさせるシオンの姿に。

 クラスメイト達は、生暖かな視線を送りながら部活に向かったり帰宅をしていったが。

 彼女はそんな事など眼中になく、ドキドキとメッセージを確認する。


(ええっと……『帰ったら話がある、ティーサ』……随分と色気の無い――――え、あれ? ティーサ?)


 ティーサ、懐かしい響き。

 たった一人、彼女をそう呼んで居た者は死んでおり。


「――――………………やはり、私は間違っていなかったのですね」


 表情の抜け落ちた顔で、シオンはぽつりと呟いた。


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