第8話 蛮族



「くははははッ、学生時代に着替えながら全力ダッシュ術を編み出しておいて正解だったぜッ!!」


 実際は遅刻しそうになって、やむなく身につけたしょうもない技であったが。

 今役立つのであれば、そう、あの灰色の青春の日々も無駄ではなかった。

 省吾は手にしたスエットに着替えながら逃走中、さあ何処へ行かん。


(流石に財布を持ってくる隙は無かったからなぁ、出来れば時間を潰せて、スマホの電子マネーで支払える場所……駅前の漫喫でも行くか?)


 足踏みしながら信号を待って、少しでも時間を置けば冷静になるだろうと楽観視。


(……冷静になるか? 最悪の場合に備えてスーツを一式、いや普通に買えば良いか。となれば漫喫行く前に)


「一人で大丈夫です? 省吾さんが選ぶと無難かそれ以下にしかなりませんし。私が選びましょうか?」


「ああ助かるぜ、こういうセンスはお前の方が――――あッ」


「うふふふっ」


 自然と受け答えしてしまったが、ぎぎぎと錆び付いた機械の様に右を見ると。

 そこには、さも当然といった顔で足踏みしているシオン。


「なんでここにッ!? テメェGPSでも仕込んでるのかオラァッ!? 俺かなり全力出して走ったんだが? わざわざ回り道して対策してただろうッ!?」


「普通に魔法を使って空から」


「大人げないッ!? ダークエルフ大人げねぇッ!? ちっとは手加減したり家で待ってたりしろよッ!!」


「それで取り逃がしたらバカじゃないですか、どんな相手にも油断するなって教えてくれたのは昔の省吾さんですよっ!」


「確かにそうだけどさあああああああああああッ!!」


 ずしゃあと膝から崩れ落ちる省吾、前世の行いは何処まで祟るのだろうか。

 六大英雄達のリーダーにして【勇気ある者】ティム、彼はただ剣の道を極める過程で、シオンを弟子にして腕試しついでに苦しむ人々を助け、仲間達と出会い邪神を倒しただけという。

 大作RPG一本分ぐらいの大冒険をし、シオン達を絆を深めただけだというのに。


「その例えで言うと、コミュとか夜会話とか主に私中心でしたし。合体技だって私が初めてですしぃ……個人EDの条件を満たしていたのでは?」


「…………ははーん? これはもしや新たな敵が出てきて旅立つ事になる続編の方がマシだったんじゃね?」


「その場合、昔の作品の続編って事で。アダルトな開発会社に代わりムフフで誉れ高いエピソードが過分に含まれますよっ、勿論パッケージヒロインは私ですっ!!」


「くっ、せめて……せめて、記憶喪失になって見知らぬ美少女に介護されたり、製薬会社のトップやぶっそうな学園の先生になりたかった…………ッ!!」


「もう先生になってるじゃないですか、いよっ続編主人公!!」


「すまん、配布キャラじゃなくて低レアでも良いから薄幸巨乳人妻キャラを引くまでリセマラさせてくんない?」


 するとシオンはうーんと唸り、ぱぁっと笑顔で答える。


「残念無念っ! 現実はリセマラ出来ませんからっ、配布高レア人権キャラで我慢してくださいっ、いえいえ後悔はさせません。環境が変わってもトップに君臨し決してナーフされない最強キャラですからっ!! ホーム画面の秘書も固定ですよーーっ」


「つまり?」


「省吾さん、ぼっしゅーとですっ!!」


「足下に転移ゲートッ!? テメェ免許持ってんのかよッ!?」


「えへへっ、照れますね天才美少女だなんて」


「そんな事は一言も言ってねぇえええええええええ」


 ドップラー効果を残しながら、省吾はワープゲートに落ちて拠点にリターン。

 この脱出イベントは、強制敗北イベだった様だ。

 頭を抱えて踞る彼に、シオンは優しく肩を叩き。


「では、ソシャゲ廃人一歩手前の省吾さんには。拠点帰還ボーナスをあげちゃいますねっ」


「いらねぇよッ!? つーか何で脱いでるんだよッ!?」


「安心してください――――履いてますよっ!」


「なんで葉っぱビキニなんだよッ!! そして頭の上の妙にシンパシー感じる骸骨は何だッ!」


「良く分かりましたね、これティムさんの頭蓋骨ですっ」


「愛がオモォイッ!! どうなってんだテメェの倫理観ッ、蛮族がテメェッ!!」


「思い出してくださいよ省吾さん、我々ダークエルフは森の蛮族では? お高く止まってるライトエルフの奴らと違ってワイルドで孤高な存在ですよ」


「テメェらの違いは性癖と監禁場所の違いしかねぇだろッ!!」


「はぁっ!? 種族全員ドMで支配されるふりして財布も胃袋も股間も握る奴らと何処が同じなんですかっ!! もう怒りましたよっ、冗談で済ますつもりでしたが省吾さんには儀式を受けて貰いますっ!!」


 そう宣言すると、シオンは虚空からドバドバと薪を出してキャンプファイアーの準備。


「先ずはこれを綺麗に並べて火を点けます、大型魔法免許を持っている方は対象だけを燃やすハイ・ファイアを使いましょう。使えない方は野外で火事に十分注意してくださいねっ」


「急に料理番組みたいな事を言い出したぞコイツ……?」


「次に火炙りの準備をします、ウルトラ上手に焼けましたってするので骨組みを火に近づけすぎないのがポイントです」


「食われるッ!? 俺食われるのッ!? スタミナ回復すんのかッ!?」


「そして忘れててはいけません、このカセットテープをラジカセにセットして……」


「そこだけ機械使うのかよッ!? つーか魔法とかスマホじゃねぇのかよ中途半端に古い技術使いやがってッ!!」


「スイッチオーンっ!! さぁ後は省吾さんを吊すだけですっ!!」


 ラジカセから流れるは、ドンドコドンドコと太鼓の音とジャングルの効果音。

 それに合わせて、シオンは両手を上下に振りながら奇妙な声を出して。


「ホワーーーフッ、アフファ~~ン、エイドリアーーンッ!!」


「最後の絶対違うだろッ! 一昨日見たロッキーだろそれッ!! つーか何の儀式だよコレェ!! せめて理由と目的を説明しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「あ、聞いちゃいます?」


「聞く以外に選択しあると思ってんのかボケッ!!」


 途端、シオンの顔から表情が抜け落ちる。

 その変化に驚く間もなく、口元がニタァと歪み。


「――――ね、省吾さん私思ったんです。きっと私が悪かったんだって、だってそうでしょう? ダークエルフと人間は違う、それを分かって貰う努力が足りなかったんです。ずっと、ずっと愛しているのに見守って来たのに気づいて貰えなかったのも全部私の所為なんです。だから儀式をするんです愛の儀式、感覚を共有し共に燃えるような感覚を味わい生死を彷徨う痛みを共有しお互いの愛を確かめるんですそうして一緒に臨死して生まれ変わった気持ちになれば絶対に引き裂けない愛が産まれるんですこうして新婚のダークエルフは伴侶と仲を深めるとっても大切でロマンチックな」


「長い、三行で頼む」


「・身も心も燃える疑似体験をして

 ・セックスしたら

 ・最高ですよねっ」


「……(この女、俺はどうにか出来るか?)」


「……(省吾さん省吾さん省吾さ――――)」


 じりじりと逃げの姿勢を見せる省吾、追うシオン。


「……どうして逃げようとするんです?」


「……どうして逃げないと思ったんだ?」


 隙を見せたらヤられる、色んな意味で終わる。

 ああ、異文化コミニュケーションの、異類婚のなんと難しい事か。

 たき火を中心に、ぐるぐると回る省吾とシオン。


「うへへっ、よいではないかよいではないか~~っ」


「立場を逆にして考えろッ! こんな事をして夫婦生活が上手くいくと持ってるのか? そ、そうだッ、こんな事を誰かに言ったら幾らお前でも大きな反感を買うぞッ!!」


「何を言ってるんです? 少なくともダークエルフとしは理想的ですし。他の種族も多かれ少なかれ似たようなもんなので、むしろ羨ましがられてマウント取れるんですよ。理解のある旦那様だってっ、きゃっ、ぐへへっ、どうしましょうっ?」


「どうもこうもあるかッ、最終手段だ最後のガラスをぶち破――「隙アリィ!!」


「なんのローリングゥッ!!」


 瞬間、省吾に飛びかかったシオンは見事に押し倒すも。

 それを予想していた彼によって、ぐるんと上下が入れ替わった。


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