第20話 ティーサ



 二人のやり直しは、順調なスタートを切ったかに見えた。

 省吾としては、次はデートか、それとも在りし日の青春を取り戻す様に学内でイチャコラするか。

 浮ついた気持ちで過ごしていたが、その一方。


「………………え、何ですココ? 私は省吾さんの腕枕で眠っていた筈ですけど?」


 シオンは目の前の光景に、思わず首を傾げた。

 密林に囲まれた山脈の境目、辺りには幾つも洞窟が点在してダークエルフ達が歩いている。

 そう、ここはシオンの故郷だ。

 だが誰の顔も靄が掛かったように判別出来ず、木漏れ日の暖かさも、地面の冷たさも無い。


「夢……にしてはやけに意識がはっきりしてますね、魔法で何かされた気配もありませんし…………」


 現実ではない、けれども普通の夢でもない。

 ならばこれは?

 とりあえず探索するべきか、彼女が悩んだ瞬間であった。

 背後に、奇妙な気配が忍び寄って。


「――久しぶり、それとも初めましてかの? ようこそシオン」


「ふぇっ!? わ、私っ!? えぇ……、夢の中で自分に会うとかストレス溜まってたんですかね?」


「何をバカな事を言ってる、――良く妾を見るのじゃ」


「妾? これまた懐かしい一人称ですね。そんなのもうかなり昔に卒業した――――――………………えっ?」


 いまだ只の夢だと思っていたシオンは、もう一人の自分を見て困惑した。

 先ず会話が成り立っているのが変だ、そしてもう一人の己が。


「まさか……昔の私っ!?」


「そうだ妾はティーサ、いや、正確に言うと――大英雄ティザ、その残滓よ」


「はぁ? 残滓? 何をバカな事を言ってるんです省吾さんじゃあるまいし。私はシオンですがティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラ、紛れもなく大英雄の一人で本人そのものですって」


「だが……、気づいたのじゃろう? 己が一度磨耗した末に産み出された新たな人格であると」


「それは昔との変化の比喩表現で……」


「本当に?」


「……………………――――――嗚呼、そういう事ですか」


 寂しそうに笑う昔の自分に、シオンは不思議と納得してしまった。


(本当に……、そうだったんですね)


 長い間に変質してしまった自己、気づいた時には足下が壊れた衝撃と絶望すら覚えた。

 でも、省吾のお陰で再び立ち上がれた。

 もう過去に思い悩む事などないと、そう思っていたが。


「聖婚、それで魂が省吾さんと結びついたのが原因ですね」


「色ボケしてないようで何よりじゃシオン、そう、妾達の変化は比喩として留まるギリギリじゃった、……貴様が気づいてしまうまでは」


「私が過去と今を区別してしまった事により、ティーサとしての存在を確立してしまった」


「そういう事じゃ」


「ティーサが存在する理由は理解しました、でも何故、私の前に現れたのですか? 省吾さんがそうである様に、いつかまた『私』として統合される筈では?」


「確かに、それが穏当な道であろうな。――――だが」


 するとティーサは、幼き頃のシオンは瞳を濁らせドス黒い殺気を出して。


「宣戦布告じゃよシオン、貴様と省吾を決して結ばせたりはしないッ!!」


「はい? とうとう気が狂いましたか私? いえ、そもそも狂った末に再度産まれたと考えれば既に狂ってるとも言えますが」


「狂ってるのは貴様じゃ!! ――――妾は、生まれ変わりなど否定する!!」


「…………なーるほどぉ、これはまた面倒な……」


 シオンは頭を抱えて聞かなかった事にしたい程、遠い目をした。

 分かる、理解してしまう。

 つまりは。


「「解釈違い」」


「は? 貴様!? 理解しててその態度か!?」


「いえ理解してるからこその態度ですよ? そもそも過去の私が、ティーサが愛していたのは死んだティムで、ティムを否定してるとも受け取れる省吾さんじゃないじゃないですか」


「そこまで理解してるなら、主導権を妾に寄越せ!! 妾の力にて無理矢理にでも省吾の人格をティムに上書きしてみせようぞ!! シオン! 分かるはずだ貴様とてティムを求めてさすらっていたのだからっ!!」


「一理ありますが、本音は?」


「貴様ばっかり恋人とイチャイチャしてズルい!! 妾も!! 妾もティムと恋人としてイチャイチャするんじゃあああああああああああ!! な? な? 省吾とティムが完全に混じり合う今が最後で奇跡とも言えるチャンスなのじゃ!! はよう体の主導権を渡せっ!!」


「はいって言う訳があるわけ無いでしょう私!! 今の省吾さんが私は好きなんですっ!! 絶対に貴女に体の主導権を渡しませんよ!!」


「何だと!! 妾からアップグレードした存在が!! つまるところ、Windows7から10に強制アプデしたようなヤツが何を言う!!」


「その理論でいうと、強制ダウングレードなんてしたくないですよ!! ああもうっ! なんでこんな無茶苦茶な事が起きるんですかああああああああ!!」


「妾から見れば貴様がダウングレードじゃ!! そもそもなんじゃ私とかですとかセーラー服とかっ!! 歳を考えい歳を!! 良い歳して今更若者ぶって恥ずかしくないのかやっ!?」


「あーーっ!! それを言いますか自分の気持ちにすら気づかなかった鈍感がっ!! そもそも妾って長寿種ぶって経験豊富なフリしてたのはソッチでしょう!! エルフ種換算でガキだった癖にっ!!」


「「――――よくも言ったなっ!!」」


 同族嫌悪とはこの事か、なまじ同じ存在であるからこそお互いが受け入れ等なくて。

 …………主に、黒歴史的な意味で。

 そうして言い合っている内に、お互いの体が薄く透けていき。


「しまったっ、時間をかけ過ぎたのじゃ! 『向こう』がじれて塗り替えようとしておるっ!!」


「へっ!? なんですこれ……? 起きるような感じではありませんし?」


「何を寝ぼけた事を言っておるのじゃ、妾達と同じ事をティムがしようとしておるのじゃ! ああもう、最初からあっちと強調路線を取れ――――」


「そうは言いますが、この件についてティムが貴女と意見を同じにしま――――」


 そうして、二人はこの場から完全に消え去って。

 代わりに今度は、以前に省吾が訪れた村の外。

 次の瞬間、うんざりした顔の彼とティムが出現する。


「…………今の聞いてたかい省吾?」


「聞いてたっつーかよ、お前が聞かせたんじゃねぇか。まったく器用な事しやがって、お前に魔法は使えないんじゃないのか?」


「そこはほら、夢の中だし僕の方がこの場所の経験が長いからね。彼女達に気づかれないように君を連れてきて、一緒に聞き耳を立てるぐらいは出来るさ」


「そういうもんかねぇ……」


 省吾は溜息を一つ、だが今はそれどころではなく。


「まさかシオンとティーサが分かれるとは……、この先どうすりゃいいんだよ」


「それについては僕に案がある、――どうか信じて実行してくれないか?」


「…………テメェの言いなりになるのは気にくわないが、聞くだけ聞いてやる」


「どうして未来の僕は素直じゃないのかな?」


「お前が言えた事かっ!! 実は自分がロリコンじゃないかって悩んでたヤツがよ!! 意地張ってないで欲望に素直になってたら、こんな事は起こってねぇんだよっ!!」


「あ゛ーあ゛ー、聞こえなーい。こっちを男として見てないティーサの無防備な姿にドキっとしてないもんねッ、僕の趣味はちょい熟れた巨乳シスターだもんッ!!」


「うるせぇ! とっとと案とやらを言えッ!!」


 急に狼狽えだしたティムに、省吾はジト目で怒鳴る。

 素直じゃない前世の男は、コホンと咳払いを一つニヤリと笑って。


「――――省吾、君はシオン以外を抱け。一回で良い、相手は人妻風巨乳だ。そうすればショックのあまりにティーサの影響力は弱まりシオンに人格が統合される筈だ」


「本音は?」


「本番直前で僕が君を乗っ取って楽しむんだッ!! せっかくの来世、ちょっとぐらい楽しんだって良いだろう!! 勿論言ったことは本当だけどッ! ――――僕は日本の風俗を楽しみたいんだッ!!」


「一昨日来やがれバカ野郎ッ!! 絶対シオン以外を抱くもんかよッ!! このロリコン野郎がッ!! 俺はシオンとセックスするからなッ!!」


「言ったなッ!? 覚悟しておけよ絶対に邪魔してやるッ!!」


 そう啖呵を切った途端、省吾は夢の空間から弾き出され現実に。

 ぱっちりと瞼を開く。


「あの野郎おおおおおおおおおおおお!!」


「あの女あああああああああああああ!!」


「…………うん?」


「…………はい?」


「…………」「…………」


 飛び起きた省吾は、同じく飛び起きたシオンと顔を見合わせて。


「――なるほど、そういう事ですか」


「察しが良くて助かるぜ、そっちの事は把握してる。――徹底抗戦するぞ」


「ええ、戦いましょう自分自身と!!」


 二人はガッチリと握手、前世との戦いが始まったのだった。

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