第21話 堪え性の無い二人(前)
前世との徹底抗戦、だが物理的手段では解決出来ず。
そしてまた、話し合いには難がある。
なにせ向こうは話し合いの場である夢での主導権を持っており。
かつ、起きている時に話そうとも無視だ。
(シオンが授業中に内職して専用の魔法の研究してっけど……間に合うのかね)
彼女なら完成させられる、そういう信頼感と確信があるが。
もはや事態は動いた後だ、省吾とティムが混じり合って変質するタイムリミットも不明である以上。
間に合うかどうかは、全くの未知数であり。
(だから出来ることをってな、…………いやでも俺教師なんだよなぁ、こーゆーの困るんだけど緊急事態だし仕方ないんだ、あー、教師として注意しなきゃいけないのに辛いなぁ……!!)
昼休み開始直後に、省吾はウキウキで体育倉庫へ。
今日はシオンとそこで、待ち合わせという名のイチャラブタイムである。
――そう、前世に対抗する策。
「俺達がイチャイチャすれば自動的に向こうへ精神ダメージが行く、いやぁ天才的な発想じゃねぇのか?」
鼻の下を伸ばしながら、省吾が体育倉庫の扉を開くと。
「よ、待たせたなシオン。…………あれ? 体操着じゃねぇの? お前、伝説のブルマをご用意致しましたよっ、とか言ってなかったか?」
「いやいやショーゴ? なんで妾がそんな破廉恥なモノを履かなければいけないのじゃ、誇り高きダークエルフ始祖の血筋を何だと心得る」
「――――は?」
瞬間、省吾は盛大な違和感に足を止める。
彼の本能が、大音量で警告音を発して。
(ヤバい、何だこれ? え? いやいやいやぁッ!? 演技、演技だよな? そうだと言ってくれッ!?)
出来るなら、今すぐ逃げ出したいが扉は閉めてしまったし。
この変なシオンを前に、一瞬の隙すら見せてはいけない気がするのだ。
黴と誇りと汗臭く、薄暗い体育倉庫の中で省吾は体操着姿のシオンをジトっと見つめて。
「………………あー、そういや運動する時はポニテにするんだったか、似合ってるぞ」
「なんじゃ? その妙に歯切れの悪い感じは。いつもの様に誉めるのじゃ、モテないぞ?」
「なぁ。聞いて良いか?」
「何でも聞くが良い」
「…………何で、昔のお前みたいな話し方するんだ?」
「考え直したのじゃ、せっかくお主と結ばれたのだし。この口調の方が昔を思い出すであろう?」
「成程?」
「その様に難しい顔をするでない、せっかくの逢瀬じゃぞ?」
「逢瀬なのにお前は、背中に武器を持ってんのか?」
省吾の指摘に、推定シオンは目を丸くして。
「…………っ!? な、ななななっ、何のことじゃっ!?」
「想定外の事態が起こったらあからさまに動揺する癖直せって、ティム達に注意されてなかったか?」
「ええいっ!! どいつもこいつも妾に隠し事は無理だとか言いくさってぇ!! アヤツに出来て妾に出来ない通りは無いわっ!! 同一人物であるのじゃぞ!!」
「やっぱシオンじゃねぇんじゃねぇかッ!! 体を乗っ取って何しようとしてるんだティーサッ!!」
そうだ、やはりシオンはシオンではなくティーサに乗っ取られていたのだ。
「――――しまったっ!? 引っかけじゃったかっ!? ふ、ふん! 流石はティムの転生体と誉めておこう!! だがノコノコとここに来たのが運の尽きよ!! その体、ティムに返してもらうっ! は、今の気分はどうじゃ? 愛しい妻に人格を消される事を幸せに思って逝くが良いっ!!」
「………………はぁ」
「む? その顔は何じゃ、さっきから覇気のない顔をしくさって。それでもティムの来世か?」
「………………は~~~~~~~~ぁ」
「その溜息を止めろと言っておるのじゃっ!!」
短剣を右手で突きつけ苛立つティーサに、省吾の失望は隠せなかった。
何故ならば。
「――――おいテメェ、お前が何をしたか本当に理解してんのか?」
「ぬぅ!? なんだその気迫はっ!? まるでティムの娼館通いを邪魔した時の様な……」
「似たようなモンっつーか、もっと罪深いんだよバカ野郎ッ!! お前はもっと俺の気持ちを考えろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ひぃっ!?」
鼻息荒く叫びだした省吾に、ティーサは気圧された。
省吾は無力な人間だというのに、動いたら殺される、そんな錯覚すら覚えるプレッシャーがあって。
「分かるかティーサッ!! お前に分かるのか本当に理解出来るのか灰色の学生時代を送った俺の気持ちが!! 教師になってからも女性との縁が無くて風俗にも通えずッ!! 結婚したというのに初夜はまだだッ!!」
「お、おう…………」
「それなのにだッ!! お前は今何をした? あ゛あ゛ん゛ッ゛!? 夢にまで見た女子高生と体育倉庫で禁断秘密のイチャイチャ、それ以上もあるよって期待感バッチリのシチュエーションを前にッ、貴様は何をしたああああああああああああああああッ!!」
そう、それだ、それなのだ。
全ての男が夢にみる、お色気少年マンガやエロマンガの中にしか存在しない嬉し恥ずかしドキドキワクワクの体育倉庫シチュを。
こともあろうに、大切なシオンの体を乗っ取った挙げ句に省吾を前世に戻そうなどと。
「――――言語道断ッ!! 俺は今確信したァ!! ティーサッ!! だからテメェはティムをロリコンに目覚めさせたというのに恋人になれなかったんだッ!!」
「はいぃっ!? ちょ、ちょっと待つのじゃっ!? 今なんと言ったっ!? 初耳じゃぞそんな情報っ!?」
「シャラップ黙れッ!! 自分の恋心を兄妹のソレだと勘違いしてティムが死ぬまで気づかなかった鈍感は今すぐ黙れェ!!」
「っ!? !?!?!?!?!?!?」
混乱し始めたティーサは、思わず真剣な表情で省吾の話を聞き始める。
「いいかよーく覚えておけよッ!! 男だってなぁ……ただポンと裸の女が居たからって欲情して襲いかかるってワケじゃねぇんだよッ!! ムードだッ!! エロい事して良いってムードと、エロい事をして良いという建前が必要なんだよッ!! それをお前は何だ? ティムの性欲を邪魔した挙げ句、その抑圧させた性欲を己へ向けさせずに放置し? ティムは隠れて娼館へ行く方法探しや、剣の道に没頭する事で誤魔化事になったんじゃねぇか!! 分かるか? お前の幸せはすぐに手が届く所にあったんだぞ!! それを!! 今だってシオンのフリをして俺を誘ってギリギリまで油断させていれば、ティムの人格を表に
出す所まで行ったんだぞ? それを何だテメェ!! 何年生きてるんだ誇り高きダークエルフさんよォ!! 男心を学ばずに何年生きてきたんだッ!!」
思いの丈を大声でぶちまけた省吾の荒い息だけが、体育倉庫の中に響いていた。
ティーサは、俯いて肩を振るわせて。
(妾は、――――間違っていた)
目から鱗という言葉があるが、今の彼女はまさにその通りだった。
恋心の自覚、言われてみれば気づけた可能性がある……気がする。
男心、まったくもってその通りだった、絶好の機会はあった筈だ。
そして、ティムがロリコンに目覚めていたという情報。
「…………妾に足りなかったのは、男心の学び」
「そうだ」
「――――――師匠っ!! 師匠と呼ばせてくれんかショーゴ!! 妾に男心をっ!! ティムを堕とす為の秘策を授けてはくれんか!!」
「………………厳しい……、道になるぞ。それにタイムリミットもある」
「それがどうした事かっ!! 妾とシオンはここまで来たのじゃ!! 必ず成し遂げてみせようぞ!!」
「うむ、その意気だッ!! 付いてこいティーサ! 新しい俺の生徒よ!!」
「はいっ、師匠!!」
二人はがっちりと堅い握手を交わし、それを体の中から見ていて焦ったのはシオンとティムである。
(はぁぁぁぁぁぁぁっ!? どうしてそーなってるんですか省吾さんっ!? 昔の私っ!? というかいい加減に体を返しなさい私が省吾さんとイチャイチャするんですううううううううっ!!)
(ちょっとちょっと省吾ッ!? それはないって、マジでそれはないってッ!? なんで君とティーサが手を組んでいるんだいっ!? そこは何とかしてシオンに人格を戻す所だろうがっ!! くそっ、僕が何とかしないと――――――ッ!!)
そして。
「…………あれ?」「のじゃ?」
「ふぅーーはははははははっ、油断しましたねティーサ!! 体は取り返させて貰いましたよっ!!」
「君の自由にはさせないよ省吾ッ!! こうなったら僕が直接ティーサに…………」
「…………」
「…………」
「えっ」「あれッ!?」
二人は顔を見合わせた、目の前に居るのはティーサではなくシオンで、そして省吾ではなくティム。
イチャイチャする事はできず、交渉する事ができない。
「まさか……ティム?」
「そういう君は、シオン……?」
どうしてこうなった、と二人の心は一致したのであった。
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