第22話 堪え性のない二人(後)



 長年ティムを陽炎を追い求め続けた末に至った境地であるシオン、そしてそこそこ未練を残してうっかり転生してしまったティム。


(くっそお、どーなるってんだよッ!?)


(あわわ、はわわわっ!? お、恐れていた事がっ!?)


 二人が対面する姿に、省吾とシオンは戦々恐々。

 何故ならば、彼女は紛れもなくティーサの延長線上の存在。

 つまりは。


(ああああああああッ、こういう気持ちになるから俺はティムと混じりたくなかったのにいいいいいいッ!! 泣くぞ死ぬぞッ、今更ティムの方を選ばれるとか俺完全にピエロじゃねぇかッ!! つーか発育良くなったからって手を出すんじゃねぇぞティム!! 知ってんだからなッ、テメーがティーサに夜這いかけようとして悶々としてたの!!)


(シオンも妾……つまりティムにフォーリンラブじゃ、ショーゴという存在があるとしても心が揺らがない筈が無いっ、だって妾の未来じゃもんっ!! ぬおおおおおおおっ、完全に手抜かったぁ!!)


 二人が激しく動揺する中、シオンは非常に冷たい視線でティムを睨み。


「――――警告しますティム、即刻その体を省吾さんに返して大人しく省吾さんの支配下に入る形で跡形も無く消え去りなさい」


「はッ、君こそ勘違いしていないかい? 省吾は僕の生まれ変わり、もっと自由に人生を謳歌するべきだ。――今すぐ離婚届を出す事をお勧めするよ」


(え?)(のじゃ?)


「はっ、良く言いましたねロリコン! 昔の私はティーサは気のせいだと流していましたがっ、貴男が私イヤらしい目で見てた事は知っていますよ!!」


「君こそ正気かいシオン? 自分の気持ちかティーサの気持ちかも判別出来ずに狂ってしまいそうだったメンヘラが、省吾人生の重荷になってる事に気づいていないのかい?」


 冷ややかな言葉の刃をお互いに振り回し、そこには焼けぼっくりに火が付くどころか険悪過ぎる雰囲気。


(…………あっるぇ?)


(は? え? 何故ティムを敵視してるのじゃシオンっ!?)


 ティーサはシオン理解出来なかった、そして同じように省吾もティムを理解できていなくて。


(ちょっと待て、仮にも生前は妹以上に見て良いか悩んでいた存在だろ? なんでそんなに喧嘩腰なんだよッ!?)


(どうしてじゃっ!? ティムこそ妾達が思い描いていた愛する相手! ショーゴと夫婦になって多少気まずくなるかもとは思っておったが…………そこまで嫌うか?)


 つまりは、予想と違い過ぎるという事に他なら無い。

 だが二人と違って、ティムとシオンはお互いを嫌う理由がはっきりと理解出来ており。


「今更になって貴男がしゃしゃり出てくるなんて、お呼びじゃないんですっ。――嗚呼、嗚呼、嗚呼、そうですよティーサは確かに貴男を愛していました、……でも、今の私を受け入れ愛してくれたのは、私が愛してるのは省吾さんなんです。…………その省吾さんを歪めようとする『悪』を、私は決して許しません。この身に変えても、いえ、最悪の場合諸共に死んで見せましょう」


「そういう思い詰める所を直せって省吾に言われなかったかい? ま、いいか。この際だし僕も本音を言わせて貰う、――――ティーサの抜け殻なんて見るに耐えないんだ、あの可愛く後ろを付いてきてくれて僕を支えてくれたティーサが、こんな壊れ果てた姿なんて見たくない。省吾には悪いけどさ、今すぐ消えてくれる?」


 省吾の瞳が、もといティムの瞳が黒く濁り光る。

 シオンの眼もまた、殺意でぐるぐると塗りつぶされて。

 そう、二人がお互いを受け入れられない理由とは。


(解釈違いいいいいいいいいいッ!? シオンはまだしもテメェもかよティム!! なんで向こうの奴らは愛が重い癖に素直じゃねぇんだよッ!!)


(ふおおおおおおおおっ!? 理由は分かったのじゃが、これ妾は喜んでええのかっ!? かなり複雑な気分なのじゃがっ!?)


 どうする、どうすれば良い? どうしたらこの場が丸く収まるのか。


(――ティムに任せておけねぇ、シオンは俺の嫁だ俺が何とかするッ!!)


(分かるぞ、これは絶好のチャンスじゃ!! 今すぐ体の主導権を握ってティムにキスする!! ショーゴの体であるのが気にくわないが、これを逃す手は無いぞよっ!!)


 ならば。


「いいよシオン、例え君が相手でも、この体がヤワでも戦いようは――――って省吾ッ!? 君は大人しく――シオン俺だ!! 良いか落ち着けよ!! 今すぐ体を取り返し――ええい黙ってくれ省吾!!」


「省吾さんっ!? そうですティムなんかに負け――ティム! 妾じゃ! そのまま踏ん張っておけ――ぬふぅんっ!! 負けませんっ、負けませんよっ!!」


 省吾は必死になって、体の主導権を取り返そうとする。

 シオンは力一杯踏ん張って、ティーサに負けぬよう抵抗して。


「これは俺の体ッ! ならばイメージしろッ、なんかこう良い感じに後ろから首根っこ引っ張って退ける感じでッ!!」


「ぐぬぁッ!? くそうこの体の扱いは省吾の方が上かッ、だか僕にも引けない理由があるッ! 今ここで――――」


「退きませんっ、絶対に退きませんよ!! ~~~~~っ!? ああもうっ、なんですこのイメージっ、躊躇無く首をへし折ろうとしてるんじゃないですよっ!?」


「ダークエルフの女はド根性おおおおおおおおっ! 例え実際に体にダメージが行っても何とかなるじゃろっ!! 妾はティムと何者にも邪魔されずにイチャラブするんじゃあああああああああ!!」


 省吾の体は手を使わず頭で支えるブリッジ状態、その上で右手と左手は喧嘩して。

 シオンは宙に浮いて、右や左、上や下に、壁に棚に体育用具にぶつかり放題。

 幸か不幸か周囲には誰も居なかったが、もし誰かに見られたら通報待った無しのカオスである。


(このままじゃ埒が明かないッ!! 何かないかティムの弱みッ、一瞬で良いから動揺させる何かッ!!)


(なんて事を考えてるのはお見通しだよ未来の僕ッ、何故ならば僕も同じ事を考えるからねッ!!)


(――――違う、いくら過去の秘密を暴露してもコイツは動揺しないッ、なら…………!!)


(どんな秘密を暴露する? それとも自爆覚悟で壁に頭をぶつけて気絶、……これかッ!!)


 そして、まったく同じ瞬間。


(いくらダークエルフが頑丈だからって自爆覚悟とか何考えてるんですかっ!? 何とかしてショックを与えて取り返さないと……)


(ふははははッ! 勝った! 妾の勝ちじゃ! 何せ人生の経験値は妾の方が圧倒的に長いんじゃからなっ!! どーせ次の手は気絶かショーゴの体を傷つけて妾を動揺させようって腹じゃろうて!!)


(考えるんです私っ、ティーサが嫌がることをっ! 少しの動揺で良いんですっ! だから省吾さん――――)


 瞬間、地面に足を付けたシオンと立ち上がった省吾の瞳が確かに交わる。

 人生経験、戦闘経験で勝るティムとティーサに唯一勝機のある所、前世ではたどり着けなかった境地。

 省吾とシオンは、お互いが同じ考えである事を確信して。


「人生の墓場に行った男を舐めるんじゃねぇえええええええええええええええ!!」


「私には素敵な奥さんになるって夢があるんですよおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


(手を伸ばしたッ!? 何をする――っ!?)


(ショーゴに近づくっ!? やはり、いやこれは――っ!?)


「掴んだッ」「掴みましたっ」


 そして。


「――――ん」


「ん――――」


 省吾の唇と、シオンの唇が合わさる。

 触れるだけの軽いキス、しかし。


(うわああああああああああああッ!? 痒いっ!? なんだこれ全身がむず痒いッ!? 例えるなら両親が年甲斐もなくイチャついてる空間に無理矢理いなきゃいけないような――――)


(こ、心に暖かな何かが広がる……、妾は知らないっ!? こんな暖かさは知らない――――)


 それはあくまで机上の空論だった、素直になれない無自覚ロリコン男ならば、恋愛のれの字も意識してなかった鈍感こじらせ女ならば。


「…………ふぅ、何とかなったな」


「ええ、一時はどうなる事かと」


「しっかし、まさかこんな軽いキスだけで逃げ出すとか。前世の恋愛経験値ゼロっぷりは恥ずかしいぜ」


「私もですよ、――そうだ、今日はもう授業ありませんよね省吾さん。私、サボちゃうんでずっとイチャイチャしときません?」


「お、いいなそれ。丁度、有給取れとか校長に急かされてたんだ。この際だから多少は消化しとくか」


 二人はるんるんと腕を組んで、体育倉庫の外に出る。

 前世を撃退する方法、それは恋愛経験ゼロの心の童貞と処女に夫婦としてのイチャイチャを見せつけること。

 それが判明した以上、――容赦はしない。

 省吾とシオンは、幸せそうに微笑み会ったのだ。


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