第23話 それがどうした



 そしてその日の夜、二人が寝静まった頃である。

 省吾はのそりと起きあがって、否、省吾ではないティムである。

 そして隣では、シオンもといティーサが体を起こして。


「…………考える事は一緒みたいだね」


「そうか貴様も……、ならば話は早い」


「「――――来世に対抗する」」


 二人はしっかりと視線を合わせて頷く、だが久しぶりの再会だというのに彼らは触れあおうとすること無く。


「省吾が起きるかもしれない、手短に行こう」


「こちらも同じじゃ、具体的に何をする? 妾達は夢幻の類、永遠に体の主導権を握ることは叶わないだろう」


「けど、体の機能の一部をある程度の期間は奪う事ぐらい出来る筈だ」


「ふむ……となれば目、いや口……喉か? 声をせない事態に陥れば、シオンも妾達に譲歩する余地も出てくるであろう」


「最良でそれだね、恐らくは警告止まりになるだろうが――僕たちの意志は示せる」


 ティムも、ティーサも、何を目的としてだとか、その先に何を求めるのかとか。

 具体的な事は、なに一つ口に出さなかった。

 時間が無かった事もある、だがそれ以上に。


(度し難いね自分自身の事だって言うのにさ、……認めよう僕はティーサに触れたい、抱きしめたい)


(ティム……嗚呼、姿形は変わってしまったが妾には分かる、確かにティムじゃ、妾が求めて続けてきた、終ぞ気づかなかった魂の片割れになる筈だった男――)


 口に出したら、触れてしまったら、あの頃とは決定的に何かが違って、壊れてしまう気がして。


(もう僕らは死んでしまってるっていうのにね、変化を恐れるなんておかしな話さ)


(邪神と戦った時より怖いとは……心というのは己でも儘ならないものじゃな)


 絡まる視線、静寂の中で躊躇いだけが存在する。

 あんなに見ないフリをしていたのに。

 あんなに渇望していたのに。

 ――いつ消えても不思議じゃない、不安定な状態なのに。


(だからなのなかな、……勇気が出ないんだ。勇者だって言われてた僕が、立ち向かう勇気が出ないなんて)


(後悔だけが残って生きてきた、だから……下手に口にだして、また後悔してしまうならば――――嗚呼、妾も弱くなったものじゃ)


 ここで踏み出せない事こそ、あの時に未練を残す終わりしかなかった事の証明に他ならない。

 それに気づいていても、それが故に、不器用な二人は何も言えない。


(もしかしたら、僕の来世が省吾なのは間違えない為だったのかもね。――彼は間違えなかった、踏み出せたんだ僕と違って)


(シオン……、貴様ならば手の延ばせるのじゃろうな。敏感なほど己に敏く、躊躇いの無い――理想の妾なら)


 でも。

 前世の二人は、未だ体を返さず留まっていた。

 ただ無言で、静かに見つめ合って。

 世界が無造作に滅びそうな危険に満ちた時代ではなく、とても平和な時代、求めていた時代。


 この時代に産まれたならば、否、きっと、だから、――必然、そうなのだろう。

 ティムは省吾に転生して、すり減ったティーサはシオンに変化したのだ。

 少しでいい、過去そのものである己も変われるのならば。


「…………また逢えて嬉しいよティーサ」


「妾も、会いたかったぞティム」


 ぎこちなく笑う、一歩だけど二人は進む。

 死んだ後も、後悔などしたくないから。

 次があると、信じて。


「今度はもっと……、話せると良いね。――おやすみティーサ」


「そうじゃな、今度は再会の抱擁でもするかの。……良い夢をティム」


 名残惜しさを我慢して、ティムが先に横になり目を閉じた。

 続いてティーサは、拳ひとつ分だけ離れて横になり心の奥に戻る。

 ――体の主導権が戻った後、シオンは無意識に省吾を求め抱きつき。

 省吾はそれに答えるように、彼女の手を握る。





 そして朝である、朝食の準備は妻の役目とシオンは寝ぼけ眼をこすって起床。

 無言で魔法を使い身なりを軽く整え、パジャマのままエプロンを。

 テレビをつけBGMに、手際よく朝食を作り上げ。

 さて後は、省吾を起こすだけだと。


「――――――?(はい?)」


 愛しい夫の体を揺する手はそのままに、不可解そうに瞬きを一つ。

 彼も起きて体を起こしながら。


「――――…………?(うぇッ?)」


「――――!?(く、口が動かな――じゃなくて声が出てませんっ!?)」


「――――??(どうなってるシオンッ!? ってお前もなのか??)」


「――――!!(どうしましょう省吾さんっ!? 声が、喉から声が出てませんっ!!)」


 お互いに口をパクパク、しかし言葉は無くとも事態は理解できる。

 これは前世の仕業だ、急激に二人の脳は冷静に明晰に動き出して。


「――!!(そうだスマホ!! 文字でなら!!)」


「――!!(その手がありましたっ!!)」


 省吾は衝動的に答えを導きだし、枕元のスマホを手に取る。

 同時に、シオンも焦った手つきでアプリを起動して。


『大変です省吾さんっ!! 声が出ませんっ!!』


『分かってる、これはティム達の仕業だな?』


『二人同時に声が出なくなるなんて、しかも魔法を使った形跡もありませんし間違いありません!!』


『夢の中でか、眠ってる間だに俺らの体を乗っ取って話し合ったかは分からんが……やってくれたな』


『取り戻せそうです? 私の方は今すぐには無理みたいで、というか取り返す方法すら検討つきません……』


 体育倉庫の時は無我夢中だったし、何よりティーサという人格が隣に感じられた。

 だが今は、喉に違和感があるだけでどうにも出来ない。

 一方で多少の経験がある省吾は、目を瞑ってティムとの交信を試していたが。


『…………ダメだな、話し合う気はなさそうだし。なまじ一点に絞ってある分、今のままじゃ取り戻せない。夢の中なら可能性はありそうだが、俺も自由に会えるワケじゃないしなぁ』


『困りましたね、今日は平日で学校があるっていうのに』


『それなんだよなぁ……』


 声を取り返したくば、譲歩する意志を見せろという前世からのメッセージだろう。

 だが省吾とシオンの意志は、徹底抗戦で統一されている。


(主導権を奪われたのは声だけか? 俺の思考まで奪われたり読まれたりしてないだろうな)


 仮にそうであるならば最悪の事態だが、省吾はその可能性を即座に否定した。


(違うな、そこまで出来るなら俺とティムはもう混じり合って意識の区別が出来なくなっている筈だ。わざわざこうしているという事は…………)


(――警告、でも本当にティムとティーサが手を組んだんでしょうか? 二人の目的は違うというのに?)


 屈する事は出来ず、手掛かりは不明。

 八方ふさがりに近い状況の中、省吾は鋭い目つきで追求する事を止めた。


『…………提案がある、付き合ってくれないか?』


『勿論ですっ!! 何をすれば良いんですかっ!!』


『何もしない』


『はい!! 何もしませんっ!! …………いえ省吾さん?』


 突拍子もない提案にシオンが首を傾げると、省吾は苦笑して彼女の体を引き寄せて寝転がる。


『ちょっと省吾さーん? こんな時にイチャイチャは違うんじゃないですか? いえ嬉しいですけど……』


『こんな時だからだ、お前は喋れなくても生徒だからなんとかなるが。俺はそうはいかない。――なら、いっその事、休みにしてイチャイチャして過ごすべきじゃねぇの?』


『………………――――なるほどっ!! 名案ですよ省吾さん!! じゃあ早速、校長には私から連絡しておきますね!!』


『俺の方からも連絡しておくけどな、有給消化しろってせっつかれたし最悪一週間ぐらい平気だろ』


 その場合、各クラスの授業の遅れの調整という難題が待っているが。

 未来の事は、未来に後回しである。

 ちゃくちゃくと進む、有給イチャイチャタイムに二人の中から見ていた前世組は。


(しまったッ!? その手があったかッ!? というかズルくない? 僕の時代には有給とか無かったよッ!? ああもうっ、下手したら逆効果じゃないのこれってッ!? 声を出せない事を理由に、特殊なイチャイチャ始めても不思議じゃないんだけどッ!?)


(ふへっ、ふはっ、あはははっ…………やってくれたのぉシオン!! どーするんじゃティムっ!? 地獄じゃぞ、この先は地獄じゃぞっ!? こっぱずかしい光景をこれでもかと見せられるんじゃぞっ!? 長年喪女ダークエルフだった妾の心が死ぬぅ!!)


 意志の疎通はなくとも、同じく焦りに満ちて。

 でも、声の制御は手放せない。

 こうして、一方的に有利で不利な我慢比べが始まったのだった。


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【未完結】ダークエルフ押しかけ妻JKは、惚気るのを我慢できない 和鳳ハジメ @wappo-

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