第19話 手を繋いで



 狭いアパートの中、己と同じく正座をする省吾をシオンはじぃ、と見つめた。

 既に夫婦ではあるが恋人としてやり直す、その事にシオンとしても異論は無い。

 むしろ、あのまま離縁を切り出されないだけ温情とも言えるし。

 逆に言えば、省吾も確かにシオンを想ってくれているという事で嬉しい事ではあるのだが。


「――――話があります」


「朝からずっとチラチラ見てきてたがよーやく話す気になったのか?」


「あれっ!? そんなに分かり易かったですっ!?」


「そりゃお前……、ずぅーーっとうんうん唸って俺の様子を伺ってただろうが。むしろ晩飯後の今まで何も聞かず待っていた俺の器を誉めるべきでは?」


「自分から言うなんてダサいコトしたので、プラマイゼロですよ?」


「ボケただけなのに真顔で返すんじゃねぇッ!?」


「えぇ~~、省吾さんって偶に判別しにくいボケするんですもん。分からないですって」


「むしろ俺はお前が朝から悩んでる理由が分からねぇが?」


 話を戻した省吾に、シオンは真面目な顔で。


「それですよ、昨日省吾さんは恋人からやり直すって言ってたじゃないですかっ!」


「確かに言ったな、何が疑問なんだ? それとも嫌だったか?」


「嫌どころかバッチコイですよ! でもそうじゃなくて――――…………恋人って、何をどうするんですか?」


 こてん、と首を傾げるシオン、銀の髪がふわりと揺れ絵になる光景だ。

 だが見とれている場合ではない、省吾はうむと頷いて。


「端的に言うぞシオン、――まずは俺という存在に慣れろ」


「具体的には?」


「キスしただけで情緒不安定にならないように、少しずつステップを踏んでいくんだ」


「本音は?」


「そりゃお前、女子高生で見た目美少女の嫁さんが恋人だぞ! ――――付き合い立ての初々しいカップルみたいな事がしてぇッ!! 具体的には少女マンガみたいな恋愛イベントとかしたい!!」


「異論はありませんけどぉっ!? 異論はないですけどもうちょっとオブラートに包んでくださいよっ!?」


「恋っぽい事しようぜぇ」


「ちょっとちょっと省吾さん? なんで昔のエロゲーのヒロインの台詞持ってくるんですか? 発売当時にはまだ子供だったですよね?」


「むしろ何でお前が知ってるか俺が聞きたいが?」


「……」「……」


 お互いに視線を泳がせて、然もあらん。

 教師である者が幼少の砌からエロゲーを嗜んでいたとは外聞が悪く、シオンに至っては大英雄と呼ばれるダークエルフがエロゲーなどと俗っぽすぎる前に恋する乙女として如何なものか。

 次の瞬間、二人は同時にコホンと咳払いして。


「……俺はお前とイチャイチャしたい」


「そして私はイチャイチャして立派なお嫁さんロードを突き進む……」


 完璧な計画であった、お互いにウインウインで非の打ち所のない恋愛計画。


「やりましょうっ! 今すぐにでも始めましょう! ねぇねぇ、具体的にはどうするんです?」


「運動する前に準備体操をするように、心の前に体を慣れさせる。つまり――――手を握って見つめ合う事から始めようではないかッ!!」


「な、なんと――――っ!?」


 シオンは驚きに目を見開いた、確かにそれは良い感じの雰囲気を作る第一ステップ。

 だが。


「でもですよ省吾さん、それだけ……です?」


「まさかだぜシオン、これは…………耐久だ。俺とお前、どっちかが根を上げるまで手を繋いで見つめ合う。最長で寝る時間まで」


「――――つまり、三時間、……手を繋いで見つめ合う…………そういう、コトですね」


 ごくり、と唾を飲み緊張するシオン、耐えられるだろうかこの行為に。

 そして提案者である省吾といえば、自信たっぷり余裕の態度であったが。


(うおおおおおおおおおおおおっ、緊張してきたああああああああああああ!! 何で俺はこんな事を提案したんだあああああ!!)


 速攻で後悔していた。

 決して口から出任せではない、実はシオンと同じく朝から考え込んでいたのだ。

 どうしたら、恋人っぽく振る舞えるか、そしてその先にある夫婦という道へ繋げられるか。

 だが。


(落ち着けぇ、落ち着けよ俺……、そうだ相手は嫁でシオンだ、ちょっと学校の中でも日本の中でもセレンディアの中でも最高に可愛くて綺麗な女と、触るとすべすべしてるのに吸い付くようなしっとりとした肌のシオンと、一週間以上余裕で眺めてられる神が作った至宝の美貌を、二人っきりで手を繋いで見つめ合うだけだ)


 そう、逃げ場は無く。

 彼女を思いやる故に、それ以上は手を出せず。

 決意した以上、前世や教師と生徒という言い訳が使えないだけ。

 そう、防御手段や逃走方法が使えないだけなのだ。


(――――俺は、…………やりきってみせるぜ)


 全てはシオンの為に、この気持ちが愛かどうかは置いておいて。

 彼女への想いに、偽りは無いのだから。

 そんな内面を察する余裕もなくシオンは、キメ顔の省吾にうっすら頬を紅潮させ始めた。


(ううっ、なんか昨日から省吾さん押しが強くてどきどきしちゃいます……)


 それはティムの精神的な強さを想起させるものであり、けれども省吾独自の強さでもあって。


(こんな風にグイグイ来られると……照れちゃってどうして良いか分かりませんよぉ)


 シオンはおずおずと右手を出して、すると省吾は首を横に。


「両手」


「えっ、両手を繋ぐんですかっ!?」


「別に片手でも良いが、その間に俺はお前の髪を撫でるぞ?」


「それどんな脅迫なんですかっ!?」


「不満か? なら俺の膝に乗れよ。その場合はお腹を撫でて堪能する」


「ふぇっ!?」


「そうだ膝枕でも良いなぁ、その方がそれっぽくないか?」


「究極の三択っ!? あわわわわわわわっ、省吾さんが少女マンガのイケメンムーブしてますっ!? 顔が怖いのにっ!? 顔が怖い癖にっ!?」


「ほほーう? 壁ドンしながらの方が良いか?」


「ちょっ、ちょっと待ってください私の心臓が耐え切れませんって!! 両手! 両手ですはい決定! だから心の準備の時間をくださいっ!!」


「仕方ねぇなぁ」


 もじもじと顔を真っ赤にして俯くシオンに対し、省吾は平然とした顔を崩さず。

 しかして。


(ふぅ~~~~~ッ!! 俺今最高にイチャイチャしてるぜぇ!! つーかさ、照れ照れしていっぱいいっぱいなシオンがスゲェ可愛いんだが? 耐えられるのか俺?)


 そして数分後、シオンは目をきゅっと瞑り両手を前に出す。

 省吾がその手を握ると、びくっと体を振るわせて。


(はわわわわわっ!? ゆ、指を絡ませてきてますうううううっ!?)


(うごごごごッ、なんだこの可愛い生き物ッ!? 華奢で折れそうだけで柔らかいというか、指絡めるだけなのに俺の胸がキュン死するぅ!?)


 省吾とシオンは、ぎゅっと両手の指を絡ませて。

 彼女は首まで真っ赤にし、小さく震えたまま視線は斜め下に俯いたまま。


「顔上げろよシオン、お前のその綺麗で可愛い顔を見せてくれ」


「だ、ダメ……、今絶対変な顔してますから……ダメェ、ですぅ、ぅぅぅ……」


 か細くなって行く声、省吾は嗜虐心すら浮かび上がって。

 彼女をからかえばからかう程、己の愛欲に理性を削られそうになるというのに、つい。


「――可愛い、マジで可愛いぜシオン。俯いてる所為で、銀髪の隙間から真っ赤になってる頬が見えてさ、なんつーかコントラストっていうのか? 芸術品みたいだ」


「あうあうぅ…………」


「顔を上げろよ、お前の目が見たいんだ。――首筋にキスしまくるぞ」


「っ!?」


 瞬間、びくぅっ、と飛び上がらんばかりに顔を上げた彼女の顔は。

 羞恥により目尻に涙が浮かび、口はあわあわと半開き。

 省吾は嫁の顔を、真っ直ぐに慈しむ様に見つめた。


「はうっ!?」


「下を向かないでくれシオン、お前の顔をずっと見ていたい……」


「~~っ!? うぅ~~~~~~~、い、いじわるっ」


「ああ……どうして前世の俺はお前を口説かなかったんだろうな、本当にバカだ、こんなに魅力的だってのにさ」


「っ!? !?!?!?!?!?!?」


 シオンの耳が、エルフ種特有の長耳がへにゃりと上がり、ぴこぴこと軽く上下する。

 しかしその瞳は、徐々に省吾をまっすぐ見つめ返して。


 ――何分経過しただろうか、お互いの手は汗ばんで、でも不快ではない。

 ――一時間経っただろうか、足が痺れてきたが、何時間でも座っていられる感覚があり。

 ――二時間ぐらいした頃。


「…………ねぇ省吾さん。問題が発生しました」


「足でも痺れたか? 実は俺もだ、それにトイレにも行きたい」


「やっぱり省吾さんもでしたか……、どうします?」


「ぼちぼち良い時間だ、これぐらいにしておくか?」


「そうですね」


「ああ、じゃあ離して良いぞ」


「はい」


「……」「……」


「シオン? 離すぞ?」


 一向に手を離そうとしない彼女に、省吾が手を離すと。


「――ぁ」


「どうした?」


「………………トイレに行ってきます」


「ああ、先に行けよ」


「…………」


「どうした? まだ何かあるのか?」


「………………後で寝るときも、一緒に手を繋いでくれま――――きゃっ!? しししししっ、省吾さんっ!?」


「ぬおおおおおおおおおおッ!! お前はッ!! どこまで可愛いんだッ!!」


「ああちょっと待ってっ、漏れちゃいます漏れちゃいますからっ! 抱きしめるのは後にしてくださいってっ!?」


「――くっ、漏らす姿さえ見たいと思う己が怖いッ!!」


「私を羞恥で殺す気ですかっ!? もおおおおおおおおおおっ!! 離してくださいったらぁ!!」


 その後、きっかり十分間省吾はシオンを抱きしめ続け。

 幸いにして漏らす事はなかったが、彼女は寝るまでぷんすかと怒り。

 でも、その手はしっかりと繋がれて。


(…………寝てても離さないとか、どこまで俺の理性を削るんだ? しかもこんなに密着してよぉ)


 長い夜になりそうだ、と省吾は幸せそうに溜息をそっと吐き出したのであった。

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