第16話 新婚生活ならば?
押し掛け妻が、居座り妻になった。
もっとも、夫婦なので世間的にスタンダートな形式に戻ったというべきだが。
ともあれ、今まで起きれば彼女の姿があり。
変わった所といえば、寝るときには隣に温もりがある事。
「――――な、どう思うよテンジ」
「は? 昼休みに保健室に押し掛けて惚気か盟友? ころちゅ? これ見よがしに愛妻弁当もって食べやがって? 戦争か? 受けて立つぞ?」
「いやテメェもエリーダ先生の愛妻弁当食ってるじゃねぇか」
「まだ結婚してませーん、余は合法ロリババァ妖狐と結婚するんですぅ、これは仕方なく受け取っただけですぅ…………――――ううっ、チクショウなんて旨い弁当なんだっ!!」
「堪能してんじゃねーか…………」
シオンと完全に一緒に暮らして数日、省吾は思うところがあり。
昼休みを利用して、テンジに相談しに来ていたのだ。
「もぐもぐ、あ、この出汁巻き卵絶品……、エリーダ恐るべし!! ――ところで盟友、そなたさっき恋愛時の変化を知らなかったと言ったな」
「ああ、セレンディアの事ならお前より詳しいと思ってたが……まだまだだったみたいだな」
「安心しろ知らなくて当然だ、何しろそういう特殊な変化をするのは始祖の直系血筋かハーフだけだぞ今は。種族にとってはお伽噺か、王家禁断の秘密とかそんなんだ。――余り口外しない方が良い」
「つーても、シオンが死んだ相手に千年以上諦めてない女っていう評判はマジなんだろ? 今更じゃないのか?」
「それはまぁ、公然の秘密ってやつだな盟友。暗黙の了解に言い換えても良い。だが今は言うな、――これは心からの忠告だ」
口元にご飯粒をつけながら真剣に言うテンジに、省吾としても首を傾げるばかり。
なお、彼の口元にもご飯粒がついている。
「どういう事だ? こっちの学会でプチ評判になりそうな発見じゃないか?」
「良く考えろ盟友、――貴様には今、アッチの世界でとある疑惑がかけられている」
「とある疑惑?」
「そうだ、盟友よお前が…………『ティム・ヴァージル』の生まれ変わりではないか、という疑惑だ」
「ッ!?」
さらりと出された言葉に、省吾は思わず言葉を失った。
親友のそんな姿に、テンジとしても思うところがあり。
「え゛? その反応マジなの盟友っ!? ちょっ、それこそ学会どころか世界が揺れかねない発見なんだがっ!?」
「はッ!? テメェもしかしてカマかけたのかッ!?」
「違うわいっ! 余よしては無用な誤解を招きかねないギリギリそうな行動は止めようとしてだだけだッ!! 自爆したのはソッチィ!! あんな愚につかないゴシップがマジとか思わねぇよ!!」
「~~~~~~~~ッ、後生だテンジ、頼むから秘密にしておいてくれ」
「盟友を売るよな真似はしない、けど覚悟しておけよ? 遅くとも十年後ぐらいは疑惑止まりだろうが……」
「どうして遅くとも十年なんだ?」
「ああ、完全には知らないのか。あの変化は恋が成就する前と後の二回変化するからな。そして盟友の好みの人妻風になるまでは今の姿から十年後ぐらいだろう? 変化しないままであれば、長年の片思いに疲れて気まぐれに結婚したでスルーされる事案だが……」
省吾が本当にティム・ヴァージルの生まれ変わりであった場合。
シオンの変化は回避不可能であり、疑惑が確信に変わるという事だろう。
「な、なぁテンジ? その恋の変化は他の相手に心変わりした場合は…………」
「気持ちは理解するが盟友よ、異種族の女は基本的に運命の相手としか恋も結婚もしない。――――これは太古の昔から受け継がれてきた不文律だ、この意味は分かるな?」
「………………はぁ、俺とティムは魂が同じで記憶を引き継いだだけの別人なんだがなぁ」
「先日の様に無茶な動きをして骨折した奴が言う台詞じゃねぇぞ盟友?」
「うっさいッ、あの時はうっかりティムと俺の区別が付かなくなってやらかしただけだッ!!」
「つまり、この先もあると」
「ぎぎぎぎぎッ、言い返せねぇ…………!!」
頭を抱える省吾に、テンジは苦笑をひとつ食事を再会する。
彼の口から、そうであると語られた事で長年の疑問が判明したというものだ。
(出会った時の余は日本語を喋れなかったのに、そして盟友はセレンディアの民を交流があった訳でもないのに)
幼子だった彼は流暢にセレンディア語を話し、――もっとも、古くさい言葉使いで奇妙に思えたが。
彼の種族の事を理解して、――今思えば不自然な程に自然な対応で。
(すまんな省吾、余は今少し……嬉しいのだ)
セレンディアの民の一人として、生ける伝説『恋狂いのティザ』の事は世界的な心配事のひとつであったのだ。
死んだ者を思い、永遠に叶わぬ想いを抱えながらさすらうダークエルフ。
彼女の世話にならなかった種族はおらず、そして今なお爪痕が残る第二次邪神戦争の英雄なのだ。
(シオン様は、やっと本当の幸せを掴んだのだな)
思い悩む親友には悪いが、これが奇貨であり慶事。
たとえ生まれ変わりが確定した所で、二つの世界を巻き込んだ大きな祭になりこそすれ。
決して、悪事を企む者は現れない。
(最悪の場合、省吾はダークエルフの聖地でシオン様にイチャラブ監禁だろうだからなぁ……)
その時は、エリーダと共にアチラの世界に帰るかと将来設計をしかけたテンジであったが。
そういえば、と思い出す。
「話が反れに反れたが盟友よ、シオン様との新婚生活に悩みがあるのではなかったのか?」
「あ、そうだった!! そうなんだよテンジ……いやお前に相談してどうにかなる事じゃねぇんだけどさぁ、ちょっと勇気が欲しくてな」
「というと?」
「そろそろシオンを抱こうかと思うんだが、――――ぶっちゃけテンジ、お前エリーダ先生とヤった?」
交わる視線、テンジは澄み切った瞳で扉を指さし。
「………………お帰りはアッチだぞ盟友、ここは聖なる童貞だけの場所だ」
「まぁまぁそう言うなよ、ほら俺達って教師と生徒だろ? でも夫婦じゃん? 卒業まで手を出さねぇとは前に言ったんだけどさぁ、やっぱ目の前にご馳走あるなら食べたいじゃねぇか」
「清々しい程に性欲だな親友っ!? もうちょっと愛が溢れてとかロマンチックな事は言えねぇのか! 六大英雄の生まれ変わりかそれでもっ!?」
「ティムもこんなもん、というかアイツ結構遊んでたぞ? 剣の腕以外はアレだぞ? つーか邪神も腕試しに挑んでた節すらあるし」
「歴史の真実ゥ!? 知りたくなかったそんな事!! 理想の英雄像をもっと大切にしろ盟友!! でもちょっと気になる自分が憎い!! 今度酒でも飲みながら聞かせてくれ!!」
「お前って結構ミーハーな所あるよな」
テンジの箸が止まる一方、食事を再会する省吾。
やはりというかなんというか、ここは己が決意するしかないのだろう。
うんうん、と納得のそぶりを見せる親友に、テンジは呆れたように。
「念のために言っておくが、シオン様は千年以上片思いを拗らせたお方だぞ。いくら相手が盟友でも同意と手順を踏んでくれ」
「………………そうか、勢いで適当に押し倒せばイケると思ってたが。そりゃアイツにも言っておいた方が良いか」
「盟友盟友? マジで忘れてないか? 人間であるお前と違ってシオン様ダークエルフ、ダークエルフだぞ? ――――次の日起きたらセレンディアのダークエルフの聖地で監禁とかあり得るからな?」
「サンキュー、じゃあとりまメッセージだけ送っておくか」
「せめて学校終わってから直接言えよっ!?」
「そうか? でももう送っちまったわ」
「決断も行動も早いぞ盟友っ!?」
テンジが驚愕のあまり目を丸くする中、シオンのいる食堂では。
「――あ、ちょっと待ってくださいメリッサ。省吾さ……浅野センセから連絡が」
「ふふっ、仲が良いんですねシオンさん。あ~あ、わたしも重児さんと…………もっと攻めていくべきかしら、いえいえその前にわたしがショタ趣味だって誤解を……まったく、あの子はボーイッシュなサキュバス族の子で、幼馴染みへのアプローチの練習に付き合って上げてるだけだっていうのに。どうしてそんな噂が…………」
ぶつぶつとボヤくクラスメイトを余所に、省吾から送られたメッセージを読んだシオンは一気に茹で蛸状態になって。
(どどどどどどどどっ、どういう事なんですか省吾さんっ!? 今週末セックスするから準備してけってっ!! ええっ!? 嬉しいですけどっ、嬉しいですけれどっ!! ちょっと感情の処理が追いつかないっていうか、ああもう良い感じの下着買いに行ってエステの予約いれて――――ううっ、なんですこれっ、体が火照って元に戻りませんよぉっ!! なんで今こんな連絡してくるんですかああああああああああ!!)
「…………シオンさん、どうしたの? 顔が赤いですけれど風邪でも引きました? 保健室に行きます?」
「か、風邪じゃありませんよォ!?」
「なんで裏声なんです? ……やっぱりどこか体調悪いんじゃ……、よしっ保健室行きましょう」
「ああっ、いえ大丈夫ですからメリッサさんっ!? メリッサさんっ!? 自分で歩けますからそんな抱えて飛ばなくても――――」
そして食堂の全生徒の注目を集める中、天使族ハーフのメリッサによって保健室に運ばれたシオンは。
当然のように省吾とばったり出会い、鼻血を出して気絶したのであった。
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