第15話 本物?
シオンは省吾の隣の部屋へ、引っ越そうと企んでいた。
実の所、その動きを省吾は察知していたのだが。
一つ、疑問を持ってしまった事があって。
(…………成長してるとはいえ、うーん、やっぱ直接聞いてみた方が良いのか?)
視線の先は台所、セーラー服姿でふりふりエプロンの若妻スタイルなシオン。
鼻歌に併せて揺れる銀髪、褐色首筋は艶めかしく、細い腰やスカートの上から分かる魅力的な臀部。
男として、最上級の光景ではあるが。
(聞いたらコレ絶対怒るだろ、いや泣くか? いやでもなぁ)
強いて言うなら、違い過ぎるのだ。
違うこと事態に問題は無い、仮に省吾の根拠のない想像通りだったとしても彼女を妻として人生を送るのに否という答えは絶対に無いのだが。
「…………なぁシオン、一つだけ聞いて良いか?」
「はい? 大事な話ですか?」
「いや軽い確認だから、そのままでいい。…………んでだな…………その、お前って本物か?」
「………………はい? 本物?」
ぴたっと食器を洗う手が止まった、シオンとしては引っ越し計画がバレているかどうか少し緊張気味であったのだが。
この質問は想定外であり、また意図も読みとれない。
ひとまず作業を中断し、シオンは振り向いて。
――何故だろうか、エプロンで濡れた褐色の手を拭う姿が妙に股間に来るのは。
省吾が微妙に視線を外したのを、怪訝に思いながらシオンは彼に近づいて座る。
「いったい突然なんです? 変なモノでも食べました? ダメですよ省吾さん、美味しそうなら落ちてるもの食べる癖」
「誰が落ちてる物まで食うかッ!!」
「いやでも、昔は良くありましたよね? ほら全力で戦った後とか集中力が切れて頭バカになってましたし」
「それティムの時ィ!! あんな剣バカと一緒にすんじゃねぇ!!」
「あれ? 気づいてません? 幼稚園の頃から考え事しながら歩いている時の省吾さんって、小学生みたいに花の蜜とか吸ったり、木イチゴとか食べてますよね?」
「マジでッ!? え? ええっ!? ちょっと待て、待てよ!? 俺ってそんな事してたのッ!?」
衝撃の真実である、自分でも把握していない癖を知られている恐ろしさ。
そして、その頃からティムの影響が出ていたのかと戦慄するが。
シオンとしては、今更の事実。
「そんな事よりっ、さっきの本物って何です? 何が本物なんです?」
「そんな事よりって……あー、まぁ良いや。次見かけたら止めてくれ」
「はいはい、それで本物って?」
首を傾げるシオン、さらりと流れる銀髪とふわり香る匂い。
どうして彼女は、こんなにも一々可愛い仕草が似合うのだろうか。
ともあれ。
「いやな? 誤解しない様に言っておくとだな、お前が嫁である事に今更どうこう言わないし幸せだと思ってる」
「っ!? えっ、ええっ!? 本当ですかっ!! いやったあああああ!! 何か知らないけれど省吾さんがデレたっ!? でもちょっと正直過ぎて気味悪いですっ!!」
「おい?」
「あ、どうぞどうぞ続けて続けて」
「いやな、ティムの記憶にあるお前ってもっと蛮族してたじゃん? 戦士っていうかさ、今と違ってどんな時も常に剣を手放さなかったしむしろ魔法とか使ってなかったし」
「懐かしいですねぇ…………――――ん? もしかして省吾さん、私が本物ではなく偽物ではないかって思ってたんですかっ!?」
「思ってたというか、最近ふと疑問に思ったというか」
「酷いっ!? いやマジで本当に酷くないですかっ!? どっからどう見ても私は私じゃないですかっ!!」
「いやでもな、一人称だって違っただろ」
「可愛らしいのに色気が無い一人称だって言ったのティムじゃないですかっ!!」
「魔法だって使ってなかったし」
「あの頃は貴男の剣の腕に惚れ込んでいたんですよ!! それに私より魔法が得意な奴が二人も居たじゃないですか!! ええ、ええ、そーですよ私なんて六大英雄って言っても単に長生きしただけの弱虫ですよ、出来ることと言ったら? 器用さを生かして罠を仕掛けたりダンジョンの地図作ったり宝箱の罠を解除したり、薬を作ったりお金の管理したりって裏方ですよどーせ! ティムに剣を習っても邪神に手傷を負わせるぐらいにしか成長しませんでしたし!!」
「…………いやそれ十分じゃね? つーかティムがお前を庇ったのも大事な仲間で大事な裏方だったからだぞ?」
「慰めなんて要りませんっ!!」
「慰めじゃなくて、地方で隠居する時にお前を連れて行く算段だったのもお前を評価していたからだぞ?」
「ちなみに好感度は?」
「頼りになる妹分、気が向けば抱くかとかそんなん」
「嬉しいけどそれ都合のいい女扱いじゃないですか!?」
「うーん、否定できないぜ」
「んもおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ぺしぺしと省吾を叩くシオンに、彼としては苦笑するしかない。
「まぁそう落ち込むな、知ってるか? 邪神討伐後のお前の処遇を巡って、ティム達はさんざん喧嘩してたんだぜ? 最終的にティムが勝ったし、アイツらもティム以外に着いていかないだろうなとは言ってたが」
「…………それでアイツら、旅してた私をしょっちゅう呼び出して厄介事頼んできたんですね。ぐぎぎぎっ、人を便利屋扱いしてっ!!」
「どっちかと言えばそれ、お前の顔を見たかっただけじゃ――あッ、はい、黙ります」
省吾は知る由もないし、シオンとしても気づかなかったが。
ティムの死後、豹変した様に女の子らしくなり。
今にも死にそうな顔をして、方々を旅していた彼女を残された四人は純粋に心配していただけなのだが。
「…………ぶぅ、もう良いです。それでどうして私が偽物だなんて? 言葉遣いや体の成長だけで判断した訳じゃないですよね?」
じとっと問いかける妻に、夫はまるで浮気がバレた者の様な顔で答えた。
「…………今のお前はさ、邪神を一人でも倒せそうなぐらい魔法が得意になってただろ?」
「そりゃあ、剣の道は限界でしたし……他に磨くものといったら魔法ぐらいでしたし?」
「ティムが死ぬ前のお前しか知らない俺にとって、限りなく本人の疑惑がある別人に見えてな?」
「それで?」
「いくらダークエルフの始祖の血を引くお前でも、ざっくり千五百年生きてる訳だろ? …………一般的なエルフ種からしてみても、シワシワなお婆ちゃんでも不思議じゃない年齢じゃん? ………………本物? 俺が気づいてないだけで実はシワシワ? まぁもう結婚しちまったし、それで変える何かは無いけどさぁ。最悪の場合、お前の記憶を魔法的なアレで引き継いだ魔法的クローンなアレかなぁ、と?」
「………………あー、そういう事でしたか」
恐る恐る問いかけた省吾に、シオンは納得した。
ある意味もっともな疑問である、ダークエルフ始祖直系の血を引く彼女は、つまりダークエルフの始祖と同じくかなり長生きではあるが。
「まぁ、ライトエルフの始祖はあの時の、第二次邪神戦争の時代には死んで世界樹という大木になってましたし、ダークエルフの始祖も巨大な山脈になってましたもんねぇ…………」
「反応的にお前は本物だと断定するが、……何でこんな長生きしてるんだ? 後どれだけ俺と一緒に生きられる? …………正直に言ってくれ、聖婚をして魂で繋がってしまったんだ。今更お前と寿命を共にして一緒に死ぬ事については嫌とか言わない、けどな…………、どれだけ、俺と一緒に生きられる?」
真剣に見つめる省吾に、シオンはぽかんと口を大きく開いた。
かなり、これはかなりの予想外であったからだ。
「もしかして…………心配してくれているんですか?」
「当たり前だッ、お前は長い間かけて俺を探してッ、それでようやく夫婦として一緒になってッ、それで直ぐにお終いなんて悲しすぎるだろうが!! 一緒の墓に入ってやる、でもなぁ…………もうダメなら言ってくれ、お前に無理させたくないんだ。隣に引っ越そうとしているのは知ってる、強引な手で来るぐらい…………限界なのか?」
「あっ、なるほどっ!?」
瞬間、シオンは省吾から目を反らし冷や汗をかきはじめた。
不味い、これはとても不味い。
完全に裏目に出ている、彼の本物か発言はつまる所100%彼女への思いやり、心配から来る言葉であり。
(ううっ、なんて言えば良いんですかっ!! というか知っておいてくださいよこんな基本的な――――ああいえ待って、もしかしれアレは常識ではない? 他の種族も似たようなモノだと教わりましたけど、…………もしかして人間には伝わって無い?)
(目を反らして黙った…………、まさか本当なのか? もう……シオンの寿命は……長生きし過ぎて……っ!! 嗚呼、俺はなんてバカだったんだ!! 世間体とか教師だからって考えずに俺はッ、俺は――――)
(ヤベっ、省吾さんが何か思い詰めた目をしてますよっ!? これ絶対勘違いしてる目ですっ!! は、早く誤解を説かないと!!)
シオンは慌てて省吾の右手を掴むと、己の豊かな胸に押し当てて。
「大丈夫ですっ! 本当の本当に大丈夫ですから!! ほらっ、心臓だってちゃんと動いているし暖かいでしょっ! 魔法で姿を誤魔化してもいません!!」
「い、いやでも……」
「勘違いです!! 気持ちは嬉しいですけど省吾さんの勘違いなんですって!! ダークエルフに限った事じゃありませんし人間以外の異種族には特殊ルールがあるんですっ!!」
「…………特殊ルール?」
「んんんんんっ! 伝わらないっ!! いやそりゃそうですけど!! ちょっと不名誉な事なんで伝わらない方が嬉しいですけどもっ!!」
うぎゃーんと叫ぶシオンに、省吾も流石に誤解だと理解する。
しかし、では何故に彼女は若さと寿命を保っているのだろうか?
「ああ、もおっ! 良いですか省吾さん! 人間には伝わっていない様ですが、ある意味で人間とは一番違う種族差なんですが!」
「お、おう」
「我々異種族はですね、恋をすると成就するか諦めるまで寿命は止まりますし。性格や体型が恋した相手の好みに変化して行くんですよ!!」
「…………え、なにそれこわい」
「何で怖いんですかっ!? こっちとしてはそのお陰で死んだ相手を諦めずに千年片思いって変人というか狂人扱いされてきたっていうのにっ!!」
「………………何というか…………すま――うん? までシオン、なんでティムの死後から変化してるんだ?」
「そこまで言わせますかこの鬼畜っ!! ええそうですよっ、貴男が私を庇って大怪我を負った事が原因で死んでしまうまでっ、私は恋を自覚せずに淡い憧れだったんですよ!! そうです私は相手が死ぬまで愛に気づかなかった大バカなんですよ!! はいっ、この話題これでお終い!! 食器洗いに戻ります!! それから一つ言っておきますけどっ、これから先は省吾さんに合わせて成長するので、いずれあの薄幸な巨乳人妻さんみたいな姿になりますというか、それでたぶん固定されますからねっ!!」
早口でまくしたてると、真っ赤な顔でぷるぷる震えながらシオンは立ち上がり台所に戻っていく。
省吾としては一安心すると共に、奇妙な嬉しさを感じてしまって。
(つーか何か? アイツはマジでずっと俺の事が好きで、寿命なんて取り越し苦労で? もちっと成長して俺好みの姿になって…………え? 俺はどんだけ幸せ者なんだ?)
思わず、彼女の後ろ姿を見つめる。
食器を洗う中、耳どころか首筋まで真っ赤に染まった褐色肌。
「……………………なぁシオン」
「なんです」
「そう不満そうに返すな、そういやテメェ隣に引っ越そうとしてただろ。この際だからもうこの部屋に直接住め、大家には俺から言っておくから。次の休みにでもお前用の布団を買いに行くぞ」
「………………………………え? はい? 省吾さん? 今なんと……?」
「………………お前は俺の妻なんだろ、面倒臭いからもう一緒に住め。それからな、もう手加減しねぇから」
「…………うええええええええええっ!? わ、私どっから驚けば良いんですかああああああああああ!?」
「うっさい近所迷惑だから黙って食器洗え、んでもって今日は取り敢えず一緒の布団で寝るぞ。言っておくが今日の所は何もしないからな」
ぶっきらぼうに出された言葉に、シオンの脳味噌は喜びで染まって。
言葉にならない奇声を上げて、彼女は省吾に飛びついてその胸板へ一時間ぐらい顔をスリスリしていたのだった。
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