第14話 ねっとりた男



 気が付けば、草原に佇んでいた。

 酷く郷愁を覚える場所、見覚えのある光景。

 遠くには小さな村が見え、街道沿いには長閑な田園風景が広がっている。


「――――夢か」


『そうさ、夢だよ省吾』


「ったく、夢ならもっと普通に見させてくれよ。そうは思わないか? ……ティム・ヴァージル」


『その意見には同意するけどね、でも自業自得って面もあると思わないかい?』


 背後からの声に、省吾は動揺一つ見せずに振り返った。

 そこには、背の高いイケメンの好青年。

 前世の省吾である、ティムが居て。


「ったくよぉ、こーなるから前世の記憶には頼らなかったってーのに」


『ああ、久しぶりだね。君がヨウチエンの頃……以来かい? こうして話すのは』


「だな、二度と会いたくなかったぜ」


『こうして対面するという事は、僕と君が混ざり合っていくという事だからね』


 そう、これこそが省吾が前世の記憶を誰にも話さず、必要最低限に絞って使ってきた理由であったのだ。

 理屈は分からない、だが前世に頼る度に己が変質するというのは無性に恐ろしく感じて。


『残滓でしかない僕が、そして君の想像により構築された虚像でしかない僕が言うのも何だけどね、一つ良いかい?』


「ああ、何でも言えよもう一人の俺」


『…………何で手を出さないんだい? ティーサは君の理想通りに成長した存在じゃないか? あの褐色巨乳を揉みしだきたくないのか? 本当に来世の僕かい? ――ああ、僕は剣の道にも性欲にも正直だった筈だ!!』


「出せるかバカ野郎ッ!? 今の俺とアイツは教師と教え子でッ、しかも俺の好みとは外れてるんだぞッ!!」


 怒鳴る省吾に、ティムはヘラヘラと笑って。


『ははっ、嘘はいけないな省吾。薄幸の巨乳人妻風美女? それは僕の初恋である教会のシスターの姿じゃないか』


「は? 妹に思えるぐらい青い果実な子に手を出しちゃいけない、どうにかして育つまで待つか成長させる方法を見つけるんだ、それこそが第二の人生の目標とか考えてた奴が何を言うッ!!」


『でも同じ事をしたよね君? うん、やっぱり僕らは同一人物だって。否定しても無駄さ、君から産まれたとも言える今の僕が言うんだから間違いないよ』


「本音は?」


 すると、ティムは真剣な顔で手をワキワキさせて告げた。


『あの手の情の重すぎる女は早めに押し倒して主導権握っておかないと暴走する、僕らがティーサの愛で死なない為にも。あの巨乳を揉んでおくべきだ、そうさこれは決して巨乳が好きだから言っているんじゃない!!』


「黙れこの剣の腕以外は性欲まみれのクソ男!! だからお前と話したくないし、人格を混じらせたくないんだッ!!」


『混じるっていうか、むしろ本来の姿に戻ってると思うよ? ――本当の姿を見るのが怖い、そうだろうもう一人の僕』


「ああもうッ、そうやって本音が帰ってくるから嫌なんだよチクショウ!!」


 思わず地団駄を踏む省吾、それが切っ掛けになったのか定かではないが。

 途端、周囲の光景がボヤけてきて。


『今回は案外と早かったね、もう終わりか』


「はっ、もう二度と会わない事を祈るぜ」


『つれないな君は、――さ、現実に戻ると良い。瞳を開けばそこに、愛しい人が待っているのだから』


「良い感じに雰囲気作っても無駄だからな? この巨乳好きめッ!!」


 そして目を覚ますと、そこには。


「やぁ、お目覚めかな盟友よッ! そうだよ余だ、おはようと言うのは貴様の親友である天竺蒼依であるッ!!」


「添い寝してんじゃねぇーよバカ野郎!! 目覚めた瞬間、男の顔がドアップな気持ちを考えろ阿呆テンジ!!」


「クククッ、これはこれは酷い言い草であるな盟友……、この裏切り者がッ!! 童貞を捨てる時は一緒だと誓ったあの約束は嘘か? 嘘なんだなッ!! 余に報告なく教え子と結婚とか羨まけしからんけど、相手がシオン様だから罰ゲームじゃねって思ったけどッ、とにかく汚してやるッ、貴様の体は盟友である余のモノだッ!!」


「うおおおおおおッ、ねっとりした手つきで俺に触るんじゃねぇテンジ!!」


 前世の自分と来て、次は親友である天竺蒼依――もといテンジ。

 幼馴染み(男)とのBL的状況に、省吾としても抵抗するしかない。

 そもそも、自分は何故に襲われているのだろうか。


「つーかテンジ!! 俺だって言いたい事が山積みなんだよッ!! テメェのセッティングした合コン、なんでマジモンの人妻しか来てなかったんだよ!! しかも全員からフられるしテメェはお持ち帰りしてるしさぁ!! アレが無けりゃ俺はうっかり結婚してねぇんだよッ!!」


「は? 盟友こそどこを見てたんだ!! アレはお持ち帰り『された』んだ!! 余の好みは合法ロリババァ妖狐だと何度も言ってるだろうがッ!! あの後の惨劇で余がどんなにピンチになったか――待て、うっかり結婚だと?」


「…………惨劇? お前何があったんだ?」


 お互いの言葉に引っかかり、二人はつかみ合った手を離してベッドの上で正座。

 これは、話し合う必要がありそうだ。

 いっせーのせっ、と省吾とテンジは言い合って。


「泥酔、シオンを拾って結婚と聖婚」


「エリーダに見つかる、襲われる、拉致監禁結婚秒読み」


「…………エリーダ先生に見つかったのかお前? つーかまだ婚約破棄出来てないのか? その状態で合コン企画してたのか?」


「盟友こそ、やらかしの度合いが酷いのではないか? シオンさんは六大英雄の一人だぞ? 死ぬまで拗らせ処女ババァだぞ?」


 思わずマジマジとお互いの顔を見つめ合う、然もあらん。

 アチラ出身のテンジからしてみれば、そんな展開でのビッグネームとの結婚など意味不明。

 そして、エリーダというヤンデレ婚約者が居ることを知っている省吾からしてみれば、テンジの行いは自業自得。


「バカだろお前?」


「アホじゃないのか盟友?」


「…………」


「…………」


「お前が合コンを企画しなければッ!!」


「盟友がエリーダを口説くのに失敗しなければッ!!」


 そして始まる口喧嘩、二人はペシペシとお互いのおでこを叩きあう。


「はぁ? アレはお前もダメ元の作戦だったじゃねぇか! しかも、全生徒に俺が口説いてフラれたって噂になってるじゃねぇかよ!!」


「だから余は主義も曲げてでも盟友とBL的関係になって婚約破棄を目指してるんだよ!! それにシオン様との結婚が嫌なら盟友にもメリットがあるではないか!!」


「あるかバカ野郎!! 例えメリットがあっても男と肉体関係なんか持つか!! それに嫌じゃないですぅ~~、戸惑っただけでむしろ望む所ですぅ~~、いや永遠に若い褐色巨乳美少女とか男のロマンじゃん? 俺、勝ち組じゃん?」


「だと思ったわ盟友ゥ!! だから貴様は裏切りもんなんだ!! 余はエリーダにストーカーされて迷惑してるのに一人で幸せになりやがって!!」


「は? あっちの世界で貴族令嬢で、薄幸巨乳人妻風美女のエリーダさんにストーカーされて迷惑とか、頭おかしいんじゃねぇのテンジ?」


「合法ロリババァ妖狐!!」


「薄幸巨乳人妻風美女!!」


 睨みあう省吾とテンジ、そして。


「我ら生まれた世界は違えどもッ!!」


「目指す性癖も違えどもッ!!」


「共に童貞を卒業しようと誓った身!!」


「「――――盟友よッ!! 天然モノと贅沢は言わない、共に風俗に行こうではないかッ!!」」


 くっそくだらない友情を再確認する、――そう、二人は同士。

 幾たびの風俗デビューを阻止され、なお目指そうと足掻いていた仲間。

 合コンをしては、お互いに失敗。

 そうだ、二人は親友なのだ。


「はっはっはっ、しゃーねぇなッ! 今度は俺が妖狐の子が在籍してる風俗店探すからよ。一緒に行こうぜ!」


「おお盟友よ! 信じていたぞ! でもまぁ、こんな状況だせめて本番なしのおっぱぶにしておくべきではないか?」


「それは明暗だ、――そうだな、他の奴らも誘って、そう、俺達は誘われたから仕方なく。…………そうだな?」


「勿論だとも盟友、余達は誘われたから仕方なく、男社会には付き合いも必要であるからして」


 はっはっはっ、と肩と組んで笑いあうダメ教師二人。

 彼らは気づかなかった、背後に迫る陰を。

 忍び寄る――二つの陰を。


「ふぅ~~ん、へぇ~~、誘われたら仕方ないんですかぁ~~、省吾さんは妻帯者だっていうのに、断らないんですかぁ…………――――そんな言い訳、通ると思ってます? 嗚呼、誘ってるんですね? 私から襲われるのを誘ってるんですよねっ? 嗚呼、いじらしい人ですねぇ省吾さんはっ」


「随分とオイタが過ぎるワンちゃんですわね、ええ、そこが魅力なのですけれど。――私という婚約者がありながら、火遊びが過ぎると思いませんか?」


「…………(俺、振り向きたくないんだが?)」


「…………(奇遇だな盟友よ、同意見だ)」


 見なくても分かる、怒気が伝わってくる。

 彼女たちの目は座っていて、二人を逃がさず人生の墓場へ一直線だ。


「返事してくださいよぉ省吾さぁ~~ん?」


「観念してこちらを向きなさい蒼依、私たちの結婚は家同士で決めた事。そして未来永劫、貴男は私だけの男なのです」


「…………(なぁ、エリーダさんって人間なのに重くない?)」


「…………(シオン様こそ、噂以上に拗らせてないか? どうやってそこまで惚れさせたのだ盟友?)」


「黙ってたら分かりませんよ省吾さんっ! さぁさぁ、私の胸の中で釈明してくださいっ! 嘘をついたらペナルティですよぉ」


「結婚届は用意してあるわ、この意味を理解していて?」


「…………(ここは戦略的撤退だ)」


「…………(二手に分かれて逃げる、そうだな盟友よ)」


 頷きあって、二人は立ち上がる。

 次の瞬間――――。


「許せテンジ!!」


「ぐわぁッ!? 謀ったな盟友!! くそ読めてたけど反応出来なかった腕を上げたなァ!!」


「って、分かってたら私から逃げられる訳ないじゃないですか」


「グッジョブですわ浅野先生、――ではシオン様、後は」


「ええ、そちらもご存分に」


「ぬおおおおおお、肩を掴まれてるだけなのに逃げられねぇえええええええええッ!!」


「頼むッ! 話せば分かりあえる筈だエリーダッ!! 余とそなたはラブラブな婚約者であろう? な? な? ヘルプミィいいいいいいいいい!!」


 省吾はテンジを犠牲に逃亡を謀るも失敗、テンジも哀れ捕まってしまって。

 そしてエリーダは、テンジを隣のベッドに投げてカーテンの仕切りで個室を作り上げる。

 それは省吾はシオンと二人きりになった、という事で。


「少年マンガで鍛えた紳士力ううううううううう!!」


「唸れ余の少女マンガで鍛えたイケメンモードおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 結論から言おう、二人は童貞だけは守りきったのであった。

 ――その日の夜である。

 借りているマンションに帰ったシオンは、拳を握りしめて。


「…………引っ越しをしましょう、そうです引っ越しするんです省吾さんの隣の部屋に!! このままではいけません!!」


 省吾とシオン、二人の関係に新たな波が訪れようとしていた。


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