第17話 心臓がバックバク
そして、週末の夜である。
布団の上に二人、パジャマで正座で向き合って無言。
これから初夜である、セックスである、しかし甘さや色気などの雰囲気は何故か一つも無く。
(うにゃあああああああああ、来てしまいましたよっ! 遂にっ、遂に来てしまいましたよおおおおおおおおっ、下着オッケー! 体大丈夫! 心の準備はノーですよぉっ!!)
(ドウテイ! ステル! オレ! コレカラ! ドウテイ! ソツギョウ!!)
そこにあるのは緊張、緊迫、期待と欲望が高まりすぎて愚かにも硬直した空気。
省吾としては、何事もない顔で今まで過ごしていたが。
当然の如く頭はセックスの事でいっぱい、その姿はエロ本を河原で拾った中学生の挙動不審。
しかしシオンとて乙女の一大事、しかも彼女は拗らせに拗らせた処女である。
雑誌の特集で予習、イメトレ、密かに喘ぎ声を練習などしていたが……やはり処女。
いざここに至って、それらは無用の長物と化し。
(どうしよう、マジでどーすんだコレ? え? あれ? こっからどうやってセックスに持ち込むんだ?)
童貞のまま恋もせず生きていた男は、頭が真っ白。
脱がしてキスすれば良いのか、それともキスしてから脱がすのか。
はたまた、その前に何か手順が必要だったのだろうか。
(答えろッ! 答えてみせろ今までお世話になってきたAV達よっ!! ――――…………AVは何も答えてくれない……)
(うううっ、せめて省吾さんがリードを……、いやでも私の方が年上ですしっ、ええそりゃもう姉さん女房としてリードを…………出来たら苦労してませんよぉ!?)
混乱の中、奇しくも二人は同じ答えに同時にたどり着く。
(聞いたことがある……セックスの前には雰囲気が必要だとッ!!)
(そういえば雑誌に書いてありましたっ、セックスの前には愛をささやいて空気を作るとっ!!)
でも。
((どうやって?))
緊張のあまりIQゼロな二人に、実行できる能力は無く。
不味い、と顔が強ばり相手の出方を伺う。
――交わる視線、眼孔は鋭く鼻息は荒く。
(あの顔、俺を食う気だッ!?)
(あの顔、私を食う気ですねっ!?)
((今後の主導権の為にも負けていられない!!!))
カーンとゴングの空耳が聞こえていそうな二人は、
血走った目を見開き睨みつける。
負けられない、惚れたら負けという言葉があるが故に。
押し掛け妻に絆され受け入れた男が、前世から追ってきてるストーカーが何を阿呆な事を考えているのだろうか。
――幸か不幸か、ツッコム者は一人もおらず。
「なぁ奥さんや、俺に大人しく抱かれるなら相応の格好とかあるんじゃねぇか?」
「旦那様? 私に抱かれるならストリップから始めてくださいよ」
「……」
「……」
「奇妙な言葉が聞こえたな、俺に縋りついて『どうか抱いてください』って言うべきなんじゃないか?」
「甲斐性無しが何か言っていますね、無理矢理押し倒してモノにする気概もない癖に」
「――――あ゛あ゛ん゛ッ!? やるかオラァ! おっぱい押しつけて誘惑ぐらいしてみせろよ!!」
「――――はぁ~~っ!? 獣の様に求めてくるか紳士に愛の囁きから始めるとかしてくださいよ!!」
「こっちは童貞なんだぞ!! セックスの始め方なんて知らねぇんだよッ!!」
「こっちだって処女なんですよ!! セックスの始めからなんて知る訳が無いでしょうがっ!!」
バチバチと飛ぶ火花に平行線の意見、そして静寂。
(…………あれ?)
(これって…………?)
だが冷静になってみると、お互いの状況が理解できる。
省吾もシオンも、単に緊張して始め方が分からないだけで。
食う気とか、主導権とか、そんな一方的なアレやコレは存在せず。
「…………なぁ俺達って、セックスするんだよな?」
「そうですね」
「何で言い争ってるんだ?」
「………………緊張してる、からですかね?」
再びの静寂、しかし先程までの緊迫感などなく。
どこか弛緩した雰囲気、省吾もシオンも口元を綻ばせて。
「悪い、緊張してたぜ」
「ごめんなさい、私もです」
「ったく、俺達バカみたいだな」
「本当に、多分、難しく考える必要なんてないのに……」
シオンがそっと右手を近づけた、省吾もまた左手を延ばし指を絡め合う。
伝わる体温、いつもより少し高く感じた。
「もっと、近くに寄っていいか?」
「はい、省吾さん」
お互いに少しづつ動いて、膝と膝が合わさる。
省吾の右手が自然と動いて、シオンの柔らかな銀髪を撫でた。
彼女もまた左手で、彼の胸元から首筋をなぞり頬の添えた。
自然と顔が近づいて、お互いの息がかかりそうな距離。
胸に暖かな何かが広がり、想いが口を動かす。
今なら素直になれる、省吾は素直に気持ちを出せる。
「ありがとうシオン、俺を見つけてくれて。愛してくれてありがとう。……ティムであってティムじゃない俺だけど、ずっと一途に想ってくれているお前を愛したいと、愛してるって思うんだ」
「嗚呼……っ、嬉しい、嬉しいです省吾さん」
シオンの胸はきゅっと甘い痛みを伝え、それは彼女の全身に広がり身を震わせるような快楽を産み出した。
(報われた……私は報われたんですね、長い旅が本当の意味で終わったんです……嗚呼、ようやく、やっと、貴男と愛し合うことが出来るんですね――――)
本当に長かった、あの日にティムが死んで一五〇〇年あまり。
根拠のない願望に縋り、それも出来なくなるほどに感情が擦り切れ。
生きる屍だった、叶わぬ愛に溺れて窒息していた。
(貴男と出会ってから、私という存在に色が戻った。きっと、私は新しく産まれたんです)
新たなる景色が、長らく求めていた安堵の地がここにある。
もう、探さなくて良いのだ、求めなくて良いのだ。
あり得ない奇跡を探して、進まなくて良いのだ。
「――なぁ、キスしていいか?」
「ふふっ、聞かないでくださいよ」
「それもそうか」
目を閉じろ、なんてベタな事を省吾は言わなかった。
その瞬間を、この目で見ていたかったからだ。
シオンもまた、目を閉じなかった。
(ティム/省吾さん……)
近づく彼の顔、彼女の目に省吾の顔がティムと重なる。
心臓がバクバクと痛いほど高鳴って、血流がごうごうと五月蠅い。
(――――そうか、だからか)
その寸前、省吾はそっと目を閉じた。
見ていたかった事は本当だが、あまりにもそうする事が自然に思えて。
シオンもまた目を閉じる、ティムと省吾の顔があまりにも重なりすぎたからだ。
(私は今、――どちらとキスしようとしてるのでしょうね)
そんな事を思ってしまった瞬間、唇と唇が触れあって。
軽く、表面だけを押しつけあう単純なキス。
甘美な瞬間とは、こういう事を言うのかと省吾が納得した瞬間。
――トン、と軽く体を押された。
「――――~~~~~~っ!? い、嫌っ!! 嫌ですっ!!」
「うぇッ!? は? ちょ、シオンッ!?」
「嫌っ、いや……いやですっ、触らないでくださいっ!! ――――――来ないでぇっ!!」
途端、シオンは怯えたように拒絶し省吾と距離を取る。
「…………シ、オン?」
「ぁ……――、わ、私はっ、これは違っ、違くてっ! で、でも~~~~~~~っ」
ぼろぼろと大粒の涙を流す彼女は、己の体を省吾から守るように抱きしめた。
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