第11話 異種族性癖物語
この状況から見て、犯人はピトニアであった。
ならば、問いたださなければいけない。
省吾はふっと笑って、シオンの肩を両手で掴む。
「警察に行こうかシオン、数日刑務所の中で臭いメシを食って反省しろよ?」
「酷いっ!? 問いただしもせず私に確定なんですっ!?」
「残念だよシオン、お前がアレを盗むなんて……」
「――――――っ!? き、気づいていたんですか省吾さん……」
「学校では先生な、やり直し」
「ふははははっ、よくぞ気づきましたね浅野センセっ!! そうですとも私が犯人ですっ!!」
「言質は取ったぞ、じゃあ警察に行こうか」
「ああっ!? 意外にマジで強く引っ張ってますっ!? その目もマジですよねっ!? あれっ!? もしかしてマジで警察呼ぼうとしてませんっ!?」
ずるずると連れて行かれそうになるシオンに姿に、千屋とピトニアは正気を取り戻して。
「ちょいちょいセンセっ!? 違くないっすかっ!? シオンさんは体操着盗んだ犯人じゃないっすよね多分っ!?」
「そうです千屋様の言うとおりッ! シオン様は我が盗んだ千屋様の体操着を返すのに着いてきてくれただけなのですっ!!」
「ふむ? そうは言っているが。でも盗んだよな? 俺のパンツ」
「はいっ!?」「シオン様ッ!?」
「うぐぐっ、気づかれていないと想ったのにっ!! なんでバレたんですか!?」
「五枚をローテしてんのに三枚無くなってどうして気づかれないと思ったんだ? ん? 言ってみ? 弁明があるなら言ってみ?」
「ふおおおおおおおおっ!? ごめんなさい出来心だったんです本能が押さえきれなかったんですっ! だから後生ですよスマホから手を離してください省吾さぁぁぁぁぁんっ!? 洗って返し、いえっ、ブランド物で買い直しますからっ!!」
「あー、センセ? シオンさんもそう言ってるコトだし……」
「そうです浅野先生、その、もう少し手心を……」
思わず仲裁に入る千屋とピトニアに、省吾はにっこり微笑むとあっさり手を離しスマホをしまった。
「――――その言葉が聞きたかった」
「省吾さん? それ昨日読んでたブラックジャックの決め台詞ですよね? 言いたかったんで――あいたぁっ!? ちょっ!? 今ガチでゲンコツ行きましたねっ!?」
「お前の罪はまだ許してないからなー、少し黙れー、……んで、だ。折角だし少し授業を始めよう」
「え? この状況で授業っすか?」
「いったい何を……?」
省吾はシオンの首根っこを掴みながら、戸惑う二人に向かって授業を始める。
なおシオンは、何故か興奮して頬を赤らめていた。
「社会か倫理……それとも保険体育か? まぁその辺でいずれは触れるし。俺の授業でも豆知識として言うつもりだったが。――――異種族はな、人間の臭いが好きなんだよ」
「人間の臭いが好き……? でもある意味それって普通の人間でも同じコトが言えるんじゃないっすか?」
「良い質問だ千屋、だが結論を話す前に異種族のストライクゾーンの話からしよう」
「…………我らのストライクゾーン?」
「えっ、何ですそれ?」
「おい、お前は覚えてろ六大英雄?」
二人はともかく、シオンまで首を傾げる有様に省吾は少し困惑した。
これは、常識では無かったのだろうか。
「良く考えれば、小学校や中学校で習っても……いや人間側はちょっと危ういか? でもセレンディア側なら…………うーん?」
「省吾センセ、考えてないではよ進めてくださいっ! 私、気になって居眠り出来ません!!」
「寝言は寝てから言えよ、まぁ知っといて損は無い。先ず異種族のストライクゾーンの話だが……」
最近の若者は、疑問に思い調べる事はしなかったのだろうか。
異種族が、人間と恋愛し結婚し子供を作る。
生物として、異常事態ともいえる状況を。
「不思議に思わなかったか? 何故、セレンディアの異種族は人間の伴侶を求めるのか」
「あ、確かにっす!! エルフ種だって人間と遺伝子が結構離れてるって話で、子供が出来る理由が解明されていないってこの前つべの動画で見たっすよ!!」
「…………言われてみれば、先祖代々そうだったし我らも疑問に思った事は無かったな」
「……………………あー、もしかしてアノ話ですか省吾さん。あれ? もしかしてあんにゃろう秘匿したか弟子に伝えていなかった?」
「お、流石に覚えてたかシオン。そうだ六大英雄が活躍した時代は一年の授業でやったよな?」
「覚えてるっす! 異世界を壊して渡る邪神を六人の多種族からなる選ばれし勇者が倒した苦難の時代っす!!」
元気良く答える千屋に、省吾は満足そうに頷いて。
「あの時は全種族が協力して邪神討伐にあたった、つまり今に続く共存路線の大本となった時代であった訳だが。……ここで、とある人物がキーマンとなる」
「はいはーい、私分かりますっ! 人嫌いのホルワルトですねっ!!」
「い、いえシオン様? いくら知己とはいってもせめてドワーフの大賢者ホルワルトと……」
「そうだ、そのホルワルトが解き明かした事なんだがな……いやなんで伝わってないんだ? そういや俺も中高で習った覚えが無いぞ?」
省吾は首を傾げたが、かの好奇心旺盛で頑固なドワーフは弟子にも知識を秘匿するような奴だった。
伝わっていないのも然もあらんが、とはいえ誰か再発見しても良さそうな物でもあるが。
「簡単に言おう、俺にも詳しい事は分からんが異種族のストライクゾーンは。その同族と人間だ。――どの種族であっても例外なく『同族』と『人間』を恋愛対象として見る」
「それを大賢者ホルワルトが解き明かしたっすね!! ……いやなんで伝わってないんすか?」
「だよなぁ、それぐらいは伝わってて教科書で教えても不思議じゃないんだが。まぁいいや、本題はこれからだ」
「匂いについてっすね、――あっ、もしかして犬がご主人様の匂いがついた靴とかを欲しがるのと同じっすね!!」
「良い線いってるぜ千屋、だがホルワルトの結論はこうだ……『魂』の匂い、異種族は例外なく伴侶となる者の『魂』の匂いを好む、と。それが自覚があるかどうかは別としてな」
するとピトニアは顔を赤くしながら、もじもじと省吾に聞いた。
彼女の視線は、ちらちらと千屋の方に向いていて。
「で、では……我は?」
「千屋に惚れてんだろ、だから体操着を欲しがった。『魂』の匂いは体臭より残りやすいって話だからな」
「ああ、そういえば言ってましたねホルワルト。懐かしいですねぇ、この時代にこんな話をするとは思いませんでし――――はうぁっ!? つまり私が思わず省吾さんもパンツを盗んでクンカクンカしてしまったのも!! 生物として無理からぬ本能!! つまりは無罪!!」
「人の物を無断で盗むのは普通に犯罪だぞ」
「お慈悲をっ!! 省吾さんどうかお慈悲を!!」
「ふむ、そうだなぁ……――――ああ、良い方法があった」
ニマリとあくどい面構えを一つ、視線は千屋に向いて。
途端、彼に嫌な予感が走った。
それを裏付けるように、担任教師は千屋へ朗らかに笑いかけて。
「お前がピトニアの体操着窃盗の件を許したら、俺も許す。よーく考えろよぉ、異種族の女は重いのが基本だぞぉ、許すと言った瞬間から告白もまだなのに嫁面して二度とナンパも出来ないしエロ本だって買えなくなるぞぉ~~~~ッ!!」
「省吾さん省吾さんっ!? それって援護してるんですかそれとも私への処刑ですかっ!?」
「なんでそんな条件を言うんすかセンセっ!? シオンさんの件はオレっちに関係しないですよねっ!?」
「ふッ、良く聞け千屋。基本的に教師は異種族との恋愛を注意する側だ。異文化コミュニケーションでも一番難しい所だからな、――――だが、俺がこうなった以上苦労仲間は多い方が良いと思わないか?」
「最低の理由っすっ!? 教師として希に見る最低に理由っすよっ!! チクショウ冴えない教師の性根は変わってないっすねっ!?」
「まぁまぁ良く考えろよ千屋、……俺は教師としてお前に言い訳をやってんだぜ? クラスメイトの夫婦生活の為、異種族というハードルの高い恋愛へ踏み台を作ってやったんだ」
「そ、それは確かに一理あ……る?」
「騙されないでください千屋さんっ!? でも騙されて欲しい自分が否定できせんっ!? ああっ、クラスメイトのピンチなのに私はっ!!」
「………………千屋さん。いえ我の羅王」
「待って、なんで今名前で読んだ上に我のって付けたんすかピトニアちゃんっ!?」
「羅王……ダメか? こんなはしたないヴァルキリーの我ではダメか?」
「くっつかないで胸を押しつけないで何かイケナイお店に来てる気がするっすよおおおおおおおおおおっ!?」
「うーん、青春だなぁ。そうだ言い忘れてたが別に俺の言葉は無視して良いぞ、ロックオンされてるんだ遅かれ早かれだからな。異種族の女の本命認定を振り払うのは、相思相愛の恋人か嫁が必要だからな。最悪、血を見るぞ」
「逃げ場を潰すの止めてくんないっすかセンセっ!? ――~~~~ああもうっ、許す! 許すからせめてお友達として日記交換からお願いしますっす!!」
そう言い切った千屋は、男として一皮向けた風格があった。
ピトニアは一瞬ぽかんと口を開けて、次の瞬間、目尻に涙を浮かべて彼に抱きつく。
「羅王!! 我だけのエインヘリヤル!! 行くか? ちょっと我の故郷で数年戦士として蜂蜜な武者修行するか?」
「はいはーい、オレっちの台詞聞いてた? まずはお友達から始めるっしょ」
「ああ!! 我は理解したぞ! 後で我が今まで綴ってきた羅王への愛のポエムが十冊分あるから全部読んで感想を最初に日記にしてくれ!!」
「重ぉいっ!! オレっちは今、モーレツに重力を感じているっ!?」
「うわ、愛のポエム十冊とかドン引きですよね省吾さん?」
「お前がそれ言う?」
ともあれ、チャラ男とヴァルキリーの恋路はそこそこ穏当なスタートを切った。
これからどうなるかは、二人次第だろう。
「ま、何かあったら相談には乗ってやるぜ。むしろ俺が誰かに相談したいぐらいだけどなッ、あははははッ!!」
「ううっ、苦労してるんすねセンセッ!! 一生ついて行くっすっ!!」
「頑張れ千屋、そしてピトニア。んでだな…………まだ授業時間だからシオン連れて戻れよ」
「あっ、はいっす」「了解しました浅野教諭」「では行きましょうっ!」
「それからシオンは帰ったら説教な」
「うぐっ、やっぱり覚えてましたか……トホホ」
三人は体育の授業に戻り。
省吾もまた、職員室へと戻る。
そしてその後は平穏な日常に戻り、その日の夕方の事であった。
省吾の部屋では、正座しっぱなしだったシオンが倒れていて。
「あ、足が痺れましたぁ……ってちょっとっ!? なんでつつくんですか省吾さんっ!? ああっ!? あああっ!? なんて卑怯な悔しい感じちゃいますビクンビクンっ!!」
「…………やっておいてなんだが、お前って相当オタク文化に染まってないか? 俺でもネタとしてしかしらねぇぞソレ?」
あひん、色気の欠片も無くと悶えるシオンに溜息を一つ。
省吾のボクサーブリーフ盗難の件も、説教と明日彼女が新しい物を買ってくる事に決まった訳で。
「んじゃあ、そろそろメシに――――ん?」
立ち上がった矢先、ピンポーンと来客を知らせる電子音の鐘。
省吾が対応に出ると、そこには。
「やっ、久しぶり兄貴ッ! 酒かって来たから飲もうぜ! 色々話したい事があるんだ!」
「いやお前誰……って、重児かテメェ!? 何で粛正騎士の鎧なんて来てんだよッ!?」
「あれ? 言ってなかった? 僕が騎士団に転職した事。まぁいいや中に入れてよ、実は兄貴の高校に赴任する事になって――――ッ!? あ、兄貴の部屋にダークエルフの女子高生がッ!? 犯罪だよ兄貴ッ!? モテないあまりに教え子に手を出したなッ!? この浅野重児、例え兄貴と言えど容赦せんッ!!」
「あ、初めまして重児さん。この度、省吾さんの妻となりました。ティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラ。こっちではシオンと申しま……って、今は浅野ティザ・ノティーサ・カーですね。てへへっ、すみませんまだ慣れてなくて」
「――――――兄貴がダークエルフに騙されてるううううううううううううッ!?」
「ええっ!? そっちの解釈しちゃったんですかっ!?」
省吾の弟、粛正騎士団日本支部・間千田高校に赴任する浅野重児(じゅうじ)がやって来たのだった。
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