第6話 ジェラジェラ・ジェラシー
「どーしたもんかねぇ……」
仕事が終わり玄関の前、省吾は遠い目をして呟いた。
ここ数日、妙な視線を感じるとは思っていたが。
まさか、その正体がシオンだったとは。
(板垣も律儀だよな、わざわざ教えてくれるなんて)
これも、シオンとの結婚が切っ掛けで生徒からの人気が上がった所為だろうと考えるが。
その当のシオンが新たな火種ならば、嬉しさ半分、複雑さが半分である。
彼は、ドアノブに手を延ばす事を躊躇して。
「お帰りなさい省吾さんっ!」
「あ、ああ。ただいま――――って、どちらさんッ!? ここ俺の部屋だよなッ!? すまん、間違え…………てない? え? マジで誰ッ!?」
「ふふふっ、分かりませんか省吾さん? ね、ね、本当に分かりません?」
出て来たるは、それこそ絶世の美女と言えるダークエルフ。
大人として熟れた体つき、巨乳で、儚げで、縦セタとベーシックがエプロンが人妻感を溢れだしていて。
省吾は直感した、この人物は。
「――――シオンさんのお母様、いえお姉様ですね。初めまして、私はシオンさんのクラス担任である浅野省吾と申します」
「ちょっと省吾さん? 何をキリっとした顔になってるんですか?」
「つかぬ事をお聞きしますが、今お付き合いされている方はいらっしゃりますか? ああそうだ、連絡先を交換しましょうか。こんな所では何ですし、駅前のファミレスでシオンさんの学校生活の話でも――」
「ちょっと姿を変えてみれば途端にコレですかっ!? 怒りますよ泣きますよ私っ!? どんだけ薄幸巨乳人妻に飢えてるんですか省吾さんっ!?」
「くそッ、やっぱりシオンじゃねぇかッ!! ちょっとは夢見させてくれても良いだろうがッ!!」
「夢も何も省吾さんは私の両親と会ったことあるじゃないですか!!」
残念無念、それとも当たり前と言った所だろうか。
この美人の正体はやはりシオン、彼女はぷんぷん可愛く怒りながら魔法を解いて。
省吾は部屋に入り、着替えながら提案する。
「物は相談だが、学校でもその姿で居ないか?」
「将来の姿とはいえ、虚像で愛されろと? っていうか今でもババァ無理すんなセーラー服なんて年を考えろって親戚連中から言われてるんですよっ!? 私を辱めるつもりですか、ありのままの私を愛してくださいっ!!」
「クラスの連中と雑談してる時に、柱の陰から嫉妬全開で睨んでいるお前を愛せと?」
「はぅあっ!? バレてたっ!? もしや板垣さんですね? あのむっつり片思いの真面目っ子ですね!? 五歳年下の幼馴染みのショタを毎日誘惑してるという不真面目ハーフ天使の板垣さんの密告ですねっ!?」
「おーい、もうちょっとクラスメイトの情報には気を使えー、俺は余分な情報まで知りたくねぇぞー。あと板垣以外からも目撃情報来てたからな。何なら柱の修繕費が俺に回ってくる所まで行ったからな? 校長が何とかしたけども」
「あ、これマジおこなヤツですね? はい正座しまーす」
座布団にちょこんと座り、不安そうに申し訳なさそうにモジモジする彼女に。
省吾は溜息を吐き出そうとして止める、今の彼女に昔の、もう少し幼い外見の彼女が重なる。
(…………もしかして)
前世の記憶、六大英雄のティムであった時の記憶が答えを告げる。
そういえば、何度も似たような事があった。
(あの時から、多分)
すっと腑に落ちる感覚、自然と右手が彼女の頭に延びて。
豊かでさらさらの銀糸を、ぐしゃぐしゃと。
「久しぶりだから忘れてたぜ、――寂しん坊ティーサ」
「…………ズルい、とっても懐かしい呼び方ですよそれ」
髪が乱れるのも注意せず、嬉しそうに彼女はされるがままに笑みをこぼした。
何となくではあるが、過去のシオンと今のシオン。
その二つが今、省吾の中で繋がった気がする。
(そうだよな、俺の中のティーサってこんな子供っぽいイメージだったよな。……だからか、性欲の対象として見ちゃいけない気がしてたのは)
邪神討伐時のシオンは、見た目中学生ぐらいで。
人間年齢に換算しても、だいたいそれぐらいで。
いくら年上だと言っても、やんちゃで可愛い妹ポジションだったのだ。
「…………成長したなぁお前」
「あれからアバウト千年ぐらいは経ってますからね」
「そんな長い間の年月があって、中一から高二ぐらいの成長しかせんのか。流石はハイ・ダークエルフの始祖の直系だけはあるぜ……」
「誉めてるんです?」
「感心……してるんだ恐らく」
「ホントです?」
誰か一人の事を想い続け、千年以上探し続け。
その愛の大きさ、深さはどれ程のものだろうか。
報われない可能性の方が高い思いを抱え、生きてきた苦しみは、悲しみは。
(胃もたれしそうな重さで正直な話、怖くもある。――でも、嬉しいと思う。)
そう思ってしまうと、不思議なことに自然に省吾は彼女の隣にあぐらで座り。
その華奢な肩を己の胸に引き寄せる、彼女もその行為に抵抗ひとつ見せず。
(こういうのも、偶には良いのかもな)
柔らかな時間が流れる、服越しに感じる彼女の体温が妙に愛おしく。
まるで、世界に二人しか存在しないような錯覚すらしてきた。
今なら、何でも素直に口に出来る気がする。
「悪かったなシオン、俺たちは教師と生徒だが夫と妻でもあるんだ。――学校内でも二人の時間を作るべきだったのかもしれない」
「ちょいちょい省吾さん? それ、嘘だと泣きますよ?」
「嘘なもんか、お前との結婚が本当に嫌だったら。どんな手を使っても逃げ出してるぜ」
「…………悪いものでも食べました? 誰か女の子に変な食べ物貰ってませんよね? 私という者がありながら他の女の手料理食べてませんよね?」
「そうやって嫉妬する所、ああ、今じゃちょっと可愛く思える」
「っ!? しょ、しょしょしょしょ省吾さんっ!? なんでいきなり口説いてくるんですっ!? どんな心境の変化なんですっ!? 正気に戻ってくださいっ!? はっ、もしやこれは生殺しの罠っ!? 罠なのではっ!?」
「生殺しにはする、――でもこうして健全にイチャイチャしたいのは嘘じゃねぇぞ。ほらこれが証拠だ」
「~~~~っ!? ほわっ!? ほわあああああああああああああああああっ!?」
ちゅっ、と髪へのキス。
次の瞬間。シオンの顔が、ぼっ、と火が着いた様に首筋まで真っ赤に染まる。
「何を恥ずかしがってるんだ、こういうの望んでたんだろう?」
「私にだって心の準備ってもんがありますよっ! だってだってだって、ティムの時は妹扱いでっ。ずっとずっとずっと恋人みたいにって思ってて擦り切れそうになっててっ!! さっきまで全然っ、女扱いしてなかったじゃないですかっ! それを何です? いきなり俺の女扱いですかっ!?」
「さらりと重い事を言うなお前、今は俺の嫁だろう」
「これで生殺しなんですよねっ!? 省吾さんは私を殺す気ですかっ!?」
「そういう聞き分けが良くてチョロい所も可愛いぞ」
うーうー、と恥ずかしさの余り涙目で睨む所も、省吾の琴線に来る。
(多分、俺がティムじゃなくて省吾だから。こう感じるんだろうなぁ)
シオンには悪いが、前世の時は本当に恋愛対象外だったのだ。
だが今は、好みとは外れるが恋愛対象として十分すぎる魅力を感じている。
(もしかして俺の女の趣味って、ティムの影響だったのかもなぁ)
最後にああ言い残したものの、妹分に欲情するのはちょっと……という意識があったのかもしれない。
「……まぁ良いか、もう少し、いや帰るまで――そういや明日休みか。じゃあこのまま抱き枕になってろ」
「何が良いんですかっ!? マジで生殺しじゃないですかっ!? ならもういっその事、手を出してくださいよ!!」
「いや、俺はこれでお腹いっぱいで満足だし。――ダメ、か?」
「うううううううううっ、そんなおねだりに屈してしまう自分が憎いですっ! ……っていうか晩ご飯まだですよね、ね、ね? だから一端離れてくださいよっ」
「今日は俺があーんして食べさせてやるよ」
「んもおおおおおおおおっ、これ私で遊んでますよねっ!? 絶対に弄んで楽しんでますよねっ!? チクショウあーん楽しみにしてますからねっ!!」
そう言って食事の支度に行くシオンの後ろ姿を、満足気に眺めたのだった。
□
次の日の朝である、妙な寒々しさを感じ省吾が起きると。
「――――――――なんでだッ!?」
「は~~いっ、起きましたか省吾さん。昨日は良くも羞恥責めにしてくださりやがりましたねっ。ブチ切れましたよ私はっ!! ダークエルフの愛情を思い知らせてやりますよっ!!」
そこには、ゲヘゲヘニタニタと陶酔するシオン。
そして己は、裸でオムツに首輪と鎖。
(やっべッ、やらかしたあああああああッ!? 伴侶を巣に閉じこめて衣食住の全てを握って身も心も強制的にドロドロに愛するダークエルフの習性を忘れてたああああああああああッ!!)
浅野省吾、人生最大の危機が訪れたのであった。
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