第16話 WBCの余韻

 WBCの結果を受けて、MLBの全球団が日本の球界を改めて調査しだした。

 決勝戦、100球も投げずにアメリカを制したピッチャー。

 それが日本国内では、どんな立ち位置にいるのか。

 既にワールドカップの時に、目を付けていた球団もある。

 だがその注意は、主に大介の方に向かってしまったのだ。


 アマチュアである。アメリカにはよくあるように、奨学金をもらって大学に通っている。

 そこまでは普通にアメリカのスポーツエリートにもあることなのだが、プロの世界に進む気は全くないという。

 野球に限らず、ルールやテクニックがあるスポーツでは、必ずその練習環境が問題になる。

 昔はスポーツと言えば、貧困から抜け出す手段の一つであり、今でも確かにその傾向はあるのだが、豊かなものがその豊かさをもって、しっかりとした指導を受けて成長していくものにもなっている。

 競技性の高い種目ほど、確かに幼少期からの正しい教育は、才能があるなら開花しやすい。

 とは言っても肉体的な素質というのは、やはり突然変異で生まれてくることもある。


 野球というのはその意味では、案外初期投資が高くつくため、お金持ち向けのスポーツである。

 もちろん手軽に遊ぶ分には、ゴムボールに木の枝、そしてグラブもスパイクもいらない。ゴールリングさえ必要ない分、バスケよりもお手軽である。

 ただ本格的にやるとなると、途端に金がかかりだす。

 そんな中ではっきりと才能が分かるのが、ピッチャーとしての速い球を投げる才能。


 佐藤直史は完全に、貧困から適当なスポーツを始めたタイプではない。

 小学校の頃に学校のクラブがあり、そこで野球を始めている。野球人気の高い日本では、普通の選択肢の一つだ。

 中学校の頃にもそれは続き、はっきり言って指導者にもチームメイトにも、恵まれた環境ではなかった。

 信じられないことに三年生になってからピッチャーを始めたのだが、公式戦での勝利は0であり、練習試合などでも勝ったことがなかったらしい。

「ハイスクールになってから突然目覚めたのか? 特殊な蜘蛛にでも刺されたか?」

「マーベルの超人並の戦績だとは思うが、それでも一年の夏までは……いや、二年の春まではまだ分かる内容だな」

「チームメイトに恵まれていないのは同じか」

「白石がいたのにか?」

「ジャバーじゃないんだから、野球じゃ一人で出来ることには限界があるだろう」

「白石が敬遠されて、エラーが重なって、スタミナが切れればこういうことか」

「ルースと違って走るほうも打つほうもやるというのは無理だったようだしな」


 もちろんこの時点で、ノーヒットノーランを記録しているので、全国的な名前にはなっていく。

 だがこの時点においても、球速は140kmに達していない。

 夏の大会ではパーフェクトゲームを達成している。ルール上はノーヒットノーランだが。


 その後のU-18ワールドカップにおいては、大介がとにかく目立っていた。

 だがその時にも12イニングをクローザーとして投げて、一人のランナーも出していなかったのだ。

 その後は高校から直接プロには行かず、大学に進学している。

 そして当然のように様々な記録を塗り替えていっているわけだが、本人にはプロになるつもりはないと、何度もメディアに対しては言っているのだ。

「大学を卒業したらどうするつもりなんだ?」

「弁護士になるそうだ」

「あ~、セカンドキャリアでその道は選べばいいんじゃないか?」

「日本の場合は弁護士の立場が、アメリカよりも強いみたいだな。どうも勉強の必要も多いらしいし」

 アメリカの場合は州ごとに法律が違うので、弁護士資格はその州だけでしか使えない。

 また日本よりもずっと身近なものであり、あふれるほどの弁護士はいる。

 野球選手もマイナーとメジャーリーガーがいるように、弁護士も金が取れる弁護士と、副業を持たないと生活出来ない弁護士がいるのだ。


 日本の野球事情までは詳しくても、弁護士事情までは知らないアメリカのスカウトたちは、妙な知識を調べることになったりする。

「そうか、自分は選手としては活動せず、選手の代理人をするつもりなのか。それにしても少しはプロの世界に入ってもいいと思うが」

 そんな勘違いをされたりもするが、直史に依頼するつもりの選手は、既にいたりする。

 代理人が元選手であったりするのは、それなりにあることなのだ。


 それにしても、やつはいったい何を考えているんだ。

 そのまま言葉通りなのだが、ビジネスチャンスを見つければ食いつくアメリカのスカウトは、ありもしない裏のことまでも考えてしまうらしい。




 また直史の場合は、その人間関係も問題になる。

 同じくメジャーで通用するピッチャーとしては、当然ながら上杉が挙げられるのだが、彼は将来は父の後を継いで政治家になる予定である。

 それこそメジャーの視点から見ると、MLBで活躍してアメリカで顔を売っておけば、将来政治家になった時、アメリカと強いパイプが築けそうなものだが。

 だが言うなれば州知事レベルのことまでしか考えていないのではと調べられると、肩を竦めるのがスカウトたちである。


 そして直史は上杉と違い、あの女とつながっている。

 見た目は北欧系であるが、育ったのは日本であり、アメリカでMBAを取った女。

 元はボストンの球団とつながっていた彼女は、日本で野球に関わっている。

 そんなことをしなくても、いくらでも金儲けの種は持っている女だろうに、野球にこだわる理由は、やはりあの二人を高校時代に知ってしまったからか。

 野球のスカウトとして、あるいは代理人としては凄腕の者でも、経済と市場に関しては、セイバーほどの者はいない。


 彼女は現在、日本でスポーツトレーニングの会社を経営していて、一応は代表取締役となっている。

 元メジャーリーガーや、日本のプロ野球選手などに加え、一般的なスポーツトレーナーも雇用して、なにやら準備のようなことをしている。

 自身は日本の各地を飛び回って、何やら球界のドンたちと話をしているらしいが。

 虫も殺さぬ顔をしながら、彼女と敵対して破滅した者は、そこそこいる。

 ほとんどは破滅したと思わされた瞬間に買収されて、その手足となっているのだが。


 日本とアメリカの球界は、現状かなり微妙なバランスで関わっている。

 アメリカとしては日本のトッププロスペクトを、そのままメジャーに取り込みたいと考えたりもしている。

 だが実際のところ、アメリカの3Aの選手が日本では活躍したり、日本のトッププロがアメリカでは通用しなかったりしている。

 ピッチャーはかなりの確率で通用しているのだが、日本時代はそれよりも上の成績を残していた選手が、MLBでは全く通用しなかったりもする。

 それでも上杉や直史は、WBCで結果を残しているので、かなりの信頼性がある。

 NPBでしっかりと結果を残した選手を選べるという点では、今の両国の関係は、微妙であるが安定はしているのかもしれない。




 上杉と直史の話をすると、自然とまたもう一人の名前が出てくる。

 白石大介である。

 むしろWBCでの活躍を見てからでさえも、大介の方が評価は高かったりする。


 これまで日本の選手で、野手でもちゃんと活躍した者はいたのだが、本格的なスラッガーというのはほとんどいなかった。

 だが大介はU-18のMVPであり、WBCでも三冠王を取っている。

 ダースベイダーのテーマと共に登場する彼が、どうしてMVPじゃないんだという声は、ネットだけではなく直接電話でも聞こえてきた。


 大介は既に、MLBにいない身でありながら、並のメジャーリーガーよりも大きな認知度を持っている。

 正直に言ってあの体格で、あの成績を残しているというのは信じがたい。

 それこそ何か禁止薬物でも使用しているのではないかと疑われたが、どのような検査をしてもシロである。

 ただ元々遺伝子的に、肉体のスペックが優れていることは確認されたが。


 直史や上杉と比べると、まだ大介はMLBに引っ張ってこれそうな気がする。

 本人も広言していることだが、お金が大好きなそうである。

 ただMLBに挑戦したいかなどと言われると、世界一のピッチャーが日本にいるのに、MLBに挑戦ってのはおかしな話だよね、と挑発的なことを言ったりはする。


 確かに今回のWBCの結果を見れば、上杉は奪三振の鬼であるし、直史は球数制限がなければ、もっと楽な組み立てでアメリカを相手にパーフェクトを出来たのかもしれない。

 そしてこの二人が日本にいて、しかも一人はプロの世界にさえ来ない以上、MLBなどには魅力がないと言っているのだろう。

 なんとも癪に障る言い方であるが、あとなんとなくアメリカって怖い、というコメントまで残している。

 確かにアメリカの治安は、日本に比べれば悪いのは本当なのだが。

 そもそもNPBであっても大介ほどの力があれば、全く不自由のない大金が手に入る。

 おそらく将来的には上杉と並んで、日本人初の10億円プレイヤーになるのではとも言われている。


 MLBはこれまで、色々な問題を抱えて、その歴史を綴ってきた。

 戦力の不均衡、一極集中、禁止薬物、ロックアウト、頻繁なトレードなど、その人気を落としていたことも少なくない。

 現在も国際大会での不振により、MLBへの人気は落ちていないが、アメリカのベースボールに対しては、それほどの憧れを持たれていない。

 あとは引退選手のスキャンダルや破産などで、悪いイメージもついてしまっている。

 外国から来てもいい。そういった空気を払ってしまう、スーパースターが出て欲しい。

 それが全て、日本にいそうなのが、色々と悔しいところであるのだが。




 そして彼らは直史について調べているうちに、実はその弟が、兄をも上回る才能だと言われていることを耳にする。

 いや普通に甲子園で優勝しているので、もちろん名前は知られていたのだが。

 ただ甲子園時代の球速などは、MLBにはそれなりにいるレベルであった。

 またプロには進まなかったこともあって、ややマークは外れていたのだ。

 だが103マイルのストレートを投げるとなれば、普通にスーパースターの候補である。


 武史もまた、とんでもない記録は残している。

 兄が凄すぎて目立たないはずの弟なのに、気がつけばとんでもない記録を残している。

 九回まで完投した時に平均で19個近くの三振を奪う、その脅威の奪三振能力。

 特に七回からの終盤で、全てを三振で取ってしまうという、とんでもないスロースターターっぷり。


 現在のMLB人気がやや玄人っぽくなってしまったのは、投手の分業制というものが絶対にあると思う。

 だからこそバッターの中のヒーローが求められて、ピッチャーよりはバッターの人気を重視するような風潮があるのだろう。

 ピッチャーは休みながらではないと投げられないが、バッターはおおよそ毎年、少し調子を落としても、140試合ほどはファンの目に止まるのだ。


 しかしこのピッチャーは、むしろ100球を超えてからが、真価を発揮すると言っていい。

 兄も兄だがこの弟も、高校の全国大会や、大学のハイレベルのリーグで、ノーヒットノーランを達成しているのだ。

 この弟はプロ入りを宣言していて、しかも入る球団の希望もしている。

 そしてそれ以外なら別にプロには行かないとまで明言している。

 日本のドラフト制度はどうなっているのか、改めて調べなおすMLBのスカウトたちである。




 ともあれ彼らの叫びたいことはたった一つ。

「なんで日本にばかり、こんな才能が生まれてるんだ!」

 それは神様の気まぐれであろう。


×××


 ※ ジャバー

 NBAの元選手カリーム・アブドゥル・ジャバー

 大学一年生の時に、一年生だけのチームで、前年アメリカ一だった上級生チームを破った逸話がある。

 プロ入り後は阻止不可能のスカイフックを武器に、NBAの通算得点一位をいまだにもっている。


 ※ ルース

 言うまでもなくベーブ・ルース

 元はピッチャーで投げない時にバッターをしていて、そこからバッターに専念していたということは知られている。

 だが実はさらにその前にはピッチャーではなく、出てくるピッチャーがことごとく打たれたために登板したところ、その後のバッターを抑えこんだという逸話がある。

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