第5話 容赦なし
※ 同時投下の大学編の方が、一応時系列的には前です。
ただどちらから読んでも特に問題はないと思います。
×××
打ち疲れることさえなかった、開幕試合。
どうせならこの勢いのまま次も戦いたかった日本代表であるが、そのあたりは微妙に運がないと言うべきか。
二日目は休みで、他の国同士の試合を見る。
出かけている者もいるが、おおよそは試合を見ている。
第一試合はキューバ対オーストラリア。
昨日は日本相手に屈辱的な敗北を喫したキューバであるが、この日の試合は嘘のように打撃が爆発し、七回までに14点を奪った。
ピッチャーはそれなりに打たれたが、それでも失点は三点で、つまりコールド成立である。
オーストラリアはMLBの下部組織により、事実上のマイナー団体があるのだが、そこからの選手が入ってきても、キューバに全く敵わなかった。
そうは言っても攻撃面では三点も取っているので、ピッチャーと守備次第では、大物食いをすることもあるのだろう。
もっともWBCのルールの範囲では、ピッチャーを揃えることが不可能であろう。
キューバは昨日の大敗から、よく一日で立て直したものである。
まあこの試合に負ければ、決勝トーナメントに進むことすら難しくはなるのだが。
あるいは二位で勝ち上がり、ブロックの向こうから勝ち上がってくるかもしれない。
第二試合は当然、残りのイタリアと中国の戦いになる。
中国はスポーツに力を入れてきていると言っても、基本的には個人種目が強い。
大きくなった資本を、一点集中でつぎ込むのだ。
国からの巨大な援助を目的とするため、同じ競技内での選手同士の潰しあいがある。
なのでチームワークには限界があるとも言われていたのだが、投下される資本が巨大になれば、元々人口は多い国なので、自然と選手も出てくる。
もっともドーピングに関しては、共産国家らしく普通に行われている可能性が高い。
あとは巨大なNBA選手を生み出したこともあり、バスケットボールやサッカーなどはかなりの人気がある。
そんな中での野球の人気だが、それほど高くないことは間違いない。
極端なことを言ってしまうと、野球は初期投資が大変な上に、スタジアムの建設とまでなれば、かなり特殊な競技場を作る必要があるからだ。
もっともアメリカに行けば分かることだが、アメフトと一緒に使えるタイプの球場などもあったりはする。
日本にも地方の球場であれば、アメフトの開催が可能なタイプの球場はあったりする。
そんなわけではあるが、これもまたイタリアに9-2であっさりと負けていた。
イタリアもヨーロッパの中ではスペインなどと並んで、比較的野球の強い国なのである。
だがイタリアもまた、サッカーの強国であり、メジャースポーツは他にある。
ラグビーやバスケットボールなどで、とにかくバスケットボールの人気は、他の国でもそうだが伸びつつある。
まあサッカーの小さめのフットサルと一緒で、スペースが小さめでもプレイ出来るということが大きいのだろう。
野球の強豪は南北アメリカ大陸と東アジア。
この認識は間違っていない。
キューバがあっさりとオーストラリアに勝ったおかげで、おおよそこのグループAの実力ははっきりしたと言っていい。
日本の次にはおそらくキューバで、イタリアとオーストラリアの順位は分からないが、中国が一番下だ。
野球は比較的実力差を逆転することが多いスポーツだが、この順番はそう簡単にはひっくり返せないだろう。
一番下と見込まれている中国が、二試合目の相手。
ならばそれほどの苦労もせずに、勝ち星を拾うことが出来る。
もちろん油断するわけではないが、首脳陣はピッチャーの起用を考えていかないといけない。
キューバ戦のように打線が爆発して、早い回でコールド勝ちが出来るのか。
あの試合、キューバは開幕試合で開催地の日本と当たり、そしてエースが乱調でそのリリーフも上手く流れを変えることが出来ず、あれほどの結果になった。
オーストラリアに楽勝したことといい、おそらく実際の戦力はあの試合の結果ほどには開いていない。
三日目は日本対中国と、キューバ対イタリアの試合が組まれている。
これでキューバがあっさりとイタリアに勝ってくれれば、グループ内の力関係ははっきりとする。
決勝トーナメントの日程も考えると、上杉は中国戦は休んでもらって、オーストラリア戦は先発50球まで、イタリア戦で80球までを投げてもらえばいいだろう。
もっともいくら上杉ならば確実だからと言って、一人に負担をかけるわけにもいかない。
逆に中国相手であれば、かなりピッチャーは楽に投げられそうな気もする。
50球以内に抑えて、三人ほどで継投。
二回戦はそれでピッチャーはいいだろう。
「打線は動かすか?」
島野の問いに、コーチ陣は微妙な表情をする。
初戦を圧勝した打線をいじるというのは、あまりよくないことである。
「ただ、キャッチャーは代えた方がいいでしょう。樋口には試合に慣れてもらわないと」
「中国戦やと楽か」
樋口もあの大観衆の甲子園や、伝説となったワールドカップの経験者ではある。
しかしプロの舞台で、自分よりも実績が上ばかりのピッチャーをリードするというのは、いかにも大変だ。
ならば組んだ実績のある者と、あとは同年代でまとめればいい。
「先発は正也、そんで左の島をはさんで、福島を使って峠とかどないや?」
「いいんじゃないですか。佐藤は使わないんですね?」
「あ~……実力は間違いない。だからこそ、決勝トーナメントまで、出来るだけ温存したい」
学生組は、その実力が他のチームにも分かっていないだろう。
島野が思うに直史は、単純に実力だけなら、本当に日本で二番目のピッチャーかもしれない。
ただそれは、能力のどこまでが実力の範疇に入るかだ。
確かに大学においては、高校時代さえ上回るほどの成績を、高校時代よりも上回る相手から達成している。
しかし一つだけ直史にとって高校時代よりも有利なことは、ほとんどの試合は地元の神宮か東京ドームで行われていることだ。
あと、大学のリーグ戦において、土曜日を投げてから月曜日に投げたことがほとんどない。
今までにも多くの逸材が大成しなかった原因である耐久力。
年間143試合で、先発ならば25試合前後、さらにプレイオフになれば中三日や中四日で投げることもある。
そんな感覚で投げて、あの細い身体が耐えられるのだろうか。
もちろん甲子園で引き分け再試合、二日で24イニングを投げて完封したことは知っている。
だが高校野球や大学野球と比べても、プロのシーズンは圧倒的に長いのである。
徹底して分析し対策を立てられれば、打てないわけではないだろう。
ボロクソに負けた代表の監督である島野が、なんとか直史の実力を低めに見積もりたいのは分からないでもない。
だがそんな徹底した分析と対策などは、既に各大学が行っているのだ。
東大生がお前らよりも頭が悪いとでも思っているのか?
対策しても不可能であるという、基本的な技術とフィジカルの差はあるだろうが、大学の野球部の研究は、下手なプロよりも上であったりするのが恐ろしい。
こと対佐藤直史に関しては、どの六大も真剣にやっている。
このまま引退まで打ち崩せず、最強無敗の神話なぞ立てられては、同時代の選手が全て雑魚化するのだ。
そんな直史に、これを見てくれ。こいつをどう思う? などと問われた島野は、大会中に投げ込みをする非常識さを叱るよりも、えげつない変化球を投げることに驚く。
ツーシーム。
これまでも直史が使ってきた球種ではあるが、基本的には詰まった打球を打たせるか、ボールゾーンに変化させて振らせるかというパターンが多かった。
しかしこのボールは明らかに、空振りが取れるスピードを持っている。
「試合の前はこんなんちゃうかったやんな?」
その通り。指の位置などの微調整で、変化は大きく鋭くなりながら、スピードも増すという謎の進化を遂げていた。
MLBではツーシームを決め球に使うピッチャーも多い。
なのでMLBの標準球を使うなら、ツーシームの力は大きくなるというのは分かる。
しかし実際にボールを変えてから練習したとして、この短期間にここまで使えるようになるのか。
「あとはカットボールも使えますね」
指の位置の微調整で、カットもツーシームと同じような進化を遂げている。
スピードがあってそれなりに大きく曲がる変化球。
これまで直史にはスルーしかなかった。
これでスプリットまで謎の変化を遂げていたら笑えるのだが、そこまで都合よくはいかない。
高速シンカー以上に利き腕側に鋭く曲がる変化球。これを使えばもっと楽に大介とも戦えるだろう。
島野としては、これで完全に計算出来るな、と思った。
中国戦は特に直史の出番はない。
そしてオーストラリア戦では先発してもらう。
なんならそこから上杉につないだら勝てるし、ここで50球以内ですませれば、最終戦のイタリア相手にも投げられる。
決勝トーナメントも、日本の組み合わせは準々決勝と決勝の間が一日ずつ空いている。
アメリカ本土への移動があるので、そのぶん恵まれているトーナメントの割り当てだと思っていたが、これで準々決勝から準決勝と上杉と直史を50球ずつ使える上に、決勝では限界まで投げさせることが出来る。
防御率0のコンビで継投というのは、他国のチームが泣きそうな展開である。
もちろん効果的に考えるなら、二人を使わずに勝つ試合展開も考えなければいけない。
せっかく13人もピッチャーがいるのだから、確実に勝っておきたい。
(結局二人だけで回すわけにもいかんしなあ)
せっかく召集したのだが、球数制限さえなければ、他にあと三人ほどで、決勝まではいけるのではないかと思った。
大会三日目。
第一試合は日本と中国の対戦である。
先発は大京レックスの東条であり、上杉ではないと知ったあちらのベンチは、露骨にホッとしていた。
上杉弟を使うのではなかったのかとツッコミは入ったが、いきなり国際大会での先発は難しいのではというのが島野の判断だ。
東条もいわゆる100マイルピッチャーであり、日本での最速は162km、安定して160kmは投げられる。
中国打線にとってはチョモランマほどではないが、7000m級の大山塊であることは変わらない。
三回までが責任担当と言われた東条は、樋口相手に普通に全力で投げる。
その160kmを簡単に捕るのが樋口である。
(投げやすいな、こいつ)
レックスに来ないかななどと思っている東条は、初回をあっさり三人でしとめた。
ストレート主体でコーナーを突けば、特に問題ないのが中国打線だ。
スポーツ強国とは言っても、野球大国ではない。
出典の明確ではない資料によると、競技人口ではアメリカをも上回るそうであるが、母数が多いだけである。
母数が多いスポーツほど、普通は強くなる。
ただ人口比率が高いことは、競技人口よりも大切であったりする。
それだけ身近に同じスポーツの仲間がいて、切磋琢磨することがあるからだ。
ただ中国の場合はまだ純粋に、全体的なレベルに問題がある。
一回から大介に点を取られたくないとでも思っていたのか。
織田がミスショットで先頭のランナーに出られなかった後、咲坂に投げたボールが甘かった。
過去に30本打っている選手に、そんな甘いことではいけない。狙い打ったボールはスタンドに入った。
そしてダースベイダーの参上である。
(ホームランは一試合に一本までか)
直史に言われたことを、大介はそれなりにちゃんと守るつもりである。
もうボール球を無理矢理ヒットにするのは辛いのだ。
ゾーン内の球に軽く合わせたら、レフト前へのヒットである。
無凡退記録は続く。
サッカーなどでは予選突破も珍しく、ヨーロッパや南米の決勝戦を見ている人々は、ぜひ野球を見て欲しい。
日本は組み合わせにもよるが、ほぼベスト4にまでは進出するチームである。
旧来の体質が残る世界だとは思うが、それでも世界で戦いたいなら野球である。
この日の日本は初回に先制点を奪ったが、二回と三回、無得点が続いた。
もっともしっかり東条は三回を投げて、49球で交代である。
四回からは若手の島が投げ始める。
リードがさほどない状況で、まだ経験の少ない島をリリーフに送るのはどうなのかと思うが、純粋に左を使いたかったのだ。
それに点にこそ結びついていないが、ヒットは多く出ている。
一年目には新人王を争い、完全にローテに入っている北海道の若きエース島。
安定して二桁を勝てる、新人らしくない新人は、特に緊張もしていなかった。
シニアから、それなりに強豪とはいえ、体育科もない公立に入った変り種。
プロにきてからは順調にその能力を発揮している。
四回の表を抑えて、裏の攻撃である。
ここから爆発が始まった。
下位打線からなど関係ないとばかりに連打。
九番に入っていた樋口も、一打席目と同じようにヒットを打って、ここで追加点が入る。バッター二巡にはならないが、一巡は軽く超えて11点が入った。
二回と三回の攻撃を見て、今日は少しピッチャーの負担は大きくなるかと思っていた首脳陣であるが、バッターが中国の球に慣れてくればたいしたものではない。
12点差。
これで五回の表を無失点に抑えて、裏で三点を取れば、またコールドである。
日本と言えばスモールベースボールがお家芸であると認識されているし、日本代表もそのつもりではいるのだ。
だがキューバ戦はまだしも中国戦においては、細かい技術はいらない。
そもそも大介以外も、ホームランは二桁打てるバッターがずっと揃っているのだ。
プロではない樋口にしても、大学野球ではホームランを打っている。
過去のことを言うなら、甲子園の逆転サヨナラホームランを打っている。
その鬼のような勝負強さは、しっかりと発揮された。
ツーアウトながら満塁という場面で回ってきて、相手の四番手ピッチャーが勝負してくる。
自分なら絶対にないなと直史は思ったが、口を出すようなものではない。
そしてあの時と同じような配球で、追い込んだ中国のバッテリーは勝負してきた。
アウトロー。一般にもっとも打たれにくいはずのコースを、踏み込んで打つ。
神宮なら余裕。甲子園なら天候次第という打球だが、ここはホームランの出やすいドームである。
まあホームランではなく、フェンス最上部を直撃の打球であったのだが。
樋口はおざなりに二塁までは走ったものの、ランナーが全員帰って15点目。
またもサヨナラコールドという形である。
実は日本の所属するグループAと、台湾で行われるグループBの他、アメリカで行われるグループBとCは、この日が開幕戦であった。
なぜかというと、AとBは決勝トーナメントのため、アメリカまで移動する時間があるからだ。
出来るだけ同じコンディションでという、ありがたい配慮であるらしいが、他に改善すべきところはもっと色々あると思う。
グループBの方にも注目しないわけではないが、やはりこのグループAの日本の活躍は派手である。
二試合連続で、五回の裏にダメ押しの一撃で、コールドゲームにしている。
アメリカの場合はあまりコールドという意識がないため、ほどほどに点差がつけば気を抜いてしまうことがある。
しかし日本は容赦がない。
下手をすればトラウマもののダメージを与えて、二試合とも圧勝。
やはり世界ランキングに偽りなしというイメージを与えた。
もっともここまでやっても、現役のトッププロの選手は、MLBからアメリカ代表としては出していなかったりする。
二軍であってもそれがボロボロに負けて、いつまで「あれは二軍だから」という言い訳が通用するのかは興味深いところである。
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