第17話 パーティー

 大会は終わったが、その終了を祝ってパーティーなどが開催された。

 決勝まで進んだアメリカと日本のメンバーも当然呼ばれていて、パートナーも一緒にどうぞという扱いである。

 なおタキシードやドレスはあちらがレンタルしてくれたのであるが、色々と悲しい出来事もあった。

「胸の小さいサイズのドレスがない……」

「そういうドレス、肩を見せるのばかりだろ。俺以外に見えないようにしてくれ」

 高圧的な内容を穏やかな声で言う直史は、やはり独占欲が強い。


 比較的年齢高めの選手は、配偶者がアメリカに招待されていて、それを連れていったりする。

 だがプロ三年目の選手など、まだ若造である。

 配偶者がいても色々と、日本に残っていたりする理由があれば、応援には来れていない。

 そもそもパートナーがいても海外にまで連れて来ている選手は限られていて、実は内緒の関係などといったものもある。


 アメリカでのこういうパーティーでのパートナーは、実はけっこう重要なのである。

 もちろん国外という事情があるため、それで日本人選手団が変な目で見られるということはないのだが。

「なあ、学生の佐藤や樋口にパートナーがいて、俺らにいないってなんだと思う?」

「言うな。寂しくなる」

 正也と島の会話である。

 二人はプロ入り後も全力でプロの世界に適応してきたため、まだ女性との関係を深める余裕が出来ていない。

 彼女らしきものは出来るのだが、練習が忙しいと言って、あとこちらの特殊な職業事情にも詳しくないので、割と簡単に破局するというのもある。


 結婚してるプロ野球選手の奥さんは、結局どれもこれも美人である。

 女優、モデル、元モデル、元女子アナなどの、顔面偏差値が高すぎる。

 なお大介の場合は、二人を連れて行くことの微妙さなどもあるが、今回はそれ以外の理由でツインズなしの独り身である。

「上杉さんも白石もパートナーいないし、まあ仕方がないか。そういやあの人、全然スキャンダルの影ないけど、モテモテだよな?」

「兄貴はむしろ男の方にモテるからなあ。変な意味じゃなくて」

 たとえばNPBではもはや、宿命のライバルのように言われている大介との関係であるが、けっこう大介は懐いている。

 まあ上杉に関しては、ボコボコにやられた大阪光陰の福島でさえも、敬意を表して接しているわけだが。


 なお織田はしっかりと相手を確保している。

 アメリカ人の歌手であるらしいが、どうやってそんなところとのつながりがあるのか、この二人は知らない。




 プロ入り後にはパーティーがあったりして、多少は派手なものにも慣れたつもりの選手でも、アメリカの世界大会の規模のパーティーになど慣れるようなものではない。

 だが上杉や大介などには、日本一の時の球団が高級ホテルを貸しきったパーティーを経験しているため、多少は免疫がある。

 ただこういう環境には慣れていないはずの直史も、別に萎縮はしていない。

 違う文化だなと思うだけで、あとは金がかかっているなと思う程度だ。


 色々と話す中でも、大介などは平然と、日本語でアメリカの選手に話しかけたりしている。

 片言の英語の単語の羅列であるが、それなりに通じているようである。

 おそらく今回出てこなかった、メジャーでもトップレベルの層について話しているのだろう。

 直史の考える限り、確かに今回の大会に出てきた者より、良い成績を残している者もいるが、おそらくは50歩100歩である。


 そして静かに食事などをしている直史には、酔っ払ったアメリカ人が絡んでくる。

 まあ酔っ払っていると言っても、それほどうざい絡み方ではないが。

 直史の英語力は当然大介より上のはずなのだが、日々チームメイトのアメリカ人と話している大介の方が、コミュニケーションは取りやすいらしい。

 直史も単語は拾っていくが、どうやらメジャーに来て本場のスラッガーと戦ってみろと言っているらしい。

 ならば直史も打たれると言っていると思うのだが、他人の名前でマウントを取ろうとしているのだろうか。


 直史は短く、アメリカの野球には興味もないし、プロにも興味はないと答えた。

 普通に答えたはずなのだが、なぜか相手はスラングっぽい単語を発言の中に混ぜてくる。

 瑞希を横に抱えているため、さっさと離脱することも出来ない。

 デカイアメリカ人か、とにかくアメリカチームの人間は、なんだかめんどくさい。

「困っていますか?」

 そこへ聞きなれた声がした。

 大会中は絶対に出てくると思っていたのに、出てこなかったセイバーである。

「ああ、なんなんですか、こいつら」

「直史君に完封されて、プライドがボロボロのようですね」

「それじゃ逆恨みですね」

「そうですよ」

 ニコニコと笑っていたセイバーは、フォーマルなドレスではあるが、やはり瑞希と同じく胸元が寂しかった。

 ただ彼女が数語言葉をかけると、あちらの選手はこそこそと逃げていく。

「何を話したんですか?」

「知り合いのメジャーリーガーの名前を少し」

 虎の威を借る狐であるが、そもそもコネや伝手を持っている時点で強者なのだ。


 セイバーはそのまま立ち去るというわけでもなく、直史に話しかける。

「直史君がこういう大会に出るとは意外でした」

「俺が選ばれるようにしたのはセイバーさんかと思ってましたよ」

「まさか。そこまでの権限は私にはありません」

 セイバーはシャンパンで軽く喉を潤している。

「何を提示されたんですか? お金だと学生野球憲章に違反するはずですが」

「勲章欲しかったんですよ。慣例でWBCに優勝したら、選手団にもらえることになってましたから」

「勲章……ですか。ひょっとして直史君は、外国の爵位とかにも興味がありますか?」

「いえ、全然。日本のものなので」

 相変わらずブレない子だな、と思うセイバーである。

 成人しても直史は、セイバーにとっては一時的とはいえ教え子だったのだ。

 セイバーの合理的精神を、直史は受け継いでいる。

 だがその前提に、もっと強固な何かを基盤にしているのも分かる。


 勲章か。

 アメリカなどのリベラリストだと、むしろそういうものをもらうことはロックじゃないと思う者もいるが。

 直史はそういったもので自分の身を飾る必要性を感じていない。

 ただ自分の周囲、家族などにそういった、名誉が及ぶのは好んでいる。

 やはり田舎の長男は、そういったものがあるとありがたいのか。


 ともあれセイバーは、そういった話をしに来たわけでもない。

「直史君はまだ、プロに来る気は起きませんか?」

「セイバーさん、俺にはそういったものは、必要ないんですよ」

 アメリカンドリームならぬ、ジャパンドリームをつかむプロの世界。

 直史はちゃんと将来の選択をする時に、プロで食っていくということを調べたのだ。

 そして出した結論はやはり、人生を賭けるには運の要素が大きすぎることを知った。

 それでも他の分野で、目標がなかったら考えるのだろうが、直史には既に違う道が示されている。

「武史をそちらの世界に引きずり込んだみたいですが」

「安心してください。一生普通に暮らせる程度には、稼がせてみせますから」

 金銭的なことならば、セイバーは信頼に足るだろう。


 それまでは黙って聞いていた瑞希が口を開く。

「あの、どうして直史君なんですか? もちろん特別な選手だとは分かっていますけど」

「そんな言葉が出るようなら、どれだけ特別かの理解がまだ足りていませんね」

 セイバーは笑うが、そこにはわずかに負の感情があったようにも見えた。


 瑞希がいなければ、直史の将来はかなり、セイバーの誘導する方向へやってきたかもしれない。

 ほんのちょっとした出会いで、直史の将来は決まってしまった。

 もちろん正確に言うと、直史が自分で決めたのだが。

「瑞希さんも色々と本を書いているようですが、勉強の方は大丈夫ですか?」

「はい。それは勉強の息抜きにしているので」

「勉強が息抜きにならないように、気をつけてくださいね。ああ、そろそろステージが始まりますね」




 会場奥に設えられたステージには、ピアノが一台。

 これまたドレスアップしたイリヤが、曲を引き出す。

 そしてそれに合わせて歌うのが、佐藤家のツインズである。


 全くいつの間にやら、ネイティヴ並に英語の発音が出来るようになっている。

 あるいは将来、必要になると考えているのだろうか。

 大介がアメリカに渡った時のためなどに。


 会場の視線の多くを集めている三人であるが、直史はセイバーに小声で尋ねる。

「大介をアメリカに連れて来るつもりですか?」

 今回の大会、決勝のパフォーマンスを評価されて直史がMVPとなったが、大会全体を見れば間違いなく大介がMVPであった。

 ピッチャーだけではなくバッターも、あの脅威のパフォーマンスを目にしたのだ。

 薬物疑惑などは色々と言われたが、じゃあ薬物を使ったとして、大介並に打てるバッターがいるのかという話である。


 妹たちの将来も関係するため、直史としては言及せざるをえない。

 だがセイバーは、少し困った顔をする。

「彼はまだまだ、日本の野球に飽きてませんからね」

 メジャーに行くことを、大介は別に、挑戦などとは思わないだろう。

 それは上杉にとってもそうだ。あの二人は間違いなく、日本ではなく世界のトップなのだから。

 ただ大介はそれなりにお金が欲しい人間なので、年俸の高いMLBにおいては、プレイする可能性もある。


 あるいは上杉が、親の跡を継ぐために引退でもしてしまったら。

 そう考えると大介を日本にとどめているのは、ほとんど上杉の影響ではないかとも思う。

 今のNPBにおいては、上杉の影響が大きすぎる。

 ピッチャーがMLBに挑戦するというのは、特にセにおいては、上杉と競争するのがあまりにもタフすぎると思うからではないだろうか。


 演奏が豪華になって、織田がパートナーとして付いて来てもらっていたケイティもステージの上に上がる。

 女性陣の歌声は、激しいものにもなっていく。

(なんだろうな、これは)

 デジャヴがある。

 この騒がしさ。非日常性。

 ワールドカップの時のパーティーとも違うし、もちろん他の小さなパーティーとも違う。

 見たこともないはずなのに、見たことがあるような気がする。

 これは脳の錯覚なのだろうか。




 瑞希は思う。

 この空気は、何か直史に似ている。

 セイバーが纏っていたような、一般人が絶対に至らないような、そんな空気。

 その中に入るためには、自分も特別にならなければいけないと思った、謎の気配。


 WBCは終わった。

 直史はまた日本へ帰り、そして大学での野球の日々を過ごす。

 そして来年には法科大学院に入り、また勉強の日々となる。


 だがその先にあるであろう道への、とてつもない違和感。

 直史はいずれ、あの畑が近くにある家に戻り、長男としてあの土地に縛られる。

 そこへ瑞希も共に進むことは決めているはずなのに、何か得体の知れない力が働くような。

 そしてその力は、自分も巻き込んでいる。


 イリヤの音楽が悪いのか。

 彼女の発する音は、何か不思議なものを呼び起こす。

 今の自分がかんじているのもそれではないのか。


 未来はまだ、定まっていない。




   WBC編 了



×××



 後日譚があるかどうかは不明。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エースはまだ自分の限界を知らない[4.5 WBC編] 草野猫彦 @ringniring

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ