第7話 通過

※ 本日も時系列は大学編122話が先になります。


×××


 大会五日目、この日に日本の試合はない。

 そしてキューバと中国、イタリアとオーストラリアの試合が行われる。

 万一日本がイタリアに負けても、三勝一敗で第二ラウンドの決勝トーナメントに進むことは決まった。

 正確には決まっていないのだが、この得失点差を考えれば、決まったと考える方が正しい。


 朝には軽く室内練習場で汗を流し、そこから二試合をテレビで観戦する。

 だがそこに直史の姿はない。

「佐藤はどうしたんだ?」

 オーストラリア戦でも、その前日に外出をしていた。

 これがプロなら注意するべきなのだが、プロには全く興味のない無敵の人間に、プロの権威も権力も意味はない。

 下手に触れると、むしろ機嫌を損ねるだろう。

 ただ気分を害した程度で、己のピッチングに影響を与えるような、そんなメンタルは持っていないが。それを知る者は少ないし、わざわざ説明もしない。


 自由な行動に、それでいいのかと思うプロ野球選手たちであるが、元々はこいつらの方が、よほど酒癖や女癖は悪いのである。

 それに大介が言った。

「ナオは怒らせない方がいいですよ。あいつ個人も危険だけど、他にも色々危険なのが周囲にいるんで」

 その色々の中には大介も含む。


 第一試合はキューバと中国の試合であり、あの日本戦でのパーフェクトリレーが嘘のように、中国から点を取る。

 同じボロ負けした同士であっても、ここまでの差があるのか。

 19-1でキューバの勝利である。


 第二試合はオーストラリアとイタリアの試合。

 下馬評ではイタリアが有利であり、実際に押していく。

 それほど圧勝ということはなかったが、リードしてから逆転をさせず、7-3で勝利した。

 

 これでキューバは全ての試合を終えて、三勝一敗。

 最終日に日本と当たるイタリアは、二勝一敗である。

 一応これで、超大差で日本に勝てば、イタリアが第二ラウンドに出場する可能性もある。

 だが実際のところ、日本に勝つのは不可能だろうし、日本が思いっきり甘く見て選手を休ませても、大量点は取れないだろう。

 つまり決勝トーナメントに進むのは、日本とキューバ。

 消化試合になるが、最後の対戦まで行われる。




 そして最終日。

 日本とイタリア、オーストラリアと中国で試合が行われる。

 既に決勝トーナメント進出を決めた日本は、とりあえず怪我人が出るプレイだけは避けなければいけない。

 あとグループBでは順当に韓国が一位、台湾が二位で進出してきそうだ。

 グループBの二位と、グループAの一位が準々決勝を戦うので、まだしも弱い台湾を相手に、対戦相手を決めるのは悪くはない。


 考えてみればこのグループAとBは、世界ランキング一位から五位のチームのうち、四チームが入っていたわけだ。

 明らかにアメリカが楽をしたいような構成であるが、六位以下のチームを見ると、総合的にはバランスがいいのかもしれない。

 グループCとグループDでは、まだ勝ち残りそうなのは分かっていないが、アメリカとドミニカとプエルトリコは勝っている。

 あの中から当たるのは、おそらくアメリカだとは思うのだが、過去にはドミニカも優勝しているし、ここいらはかなり積極的に、メジャーリーガーを集めてはいる。

 下手に余裕をかましていると、アメリカが負ける可能性も少なくない。


 オーストラリアと中国の試合が先に行われた。

 どちらの国も既に第一ラウンドの敗退は決まっているのだが、それでも世界大会だけに、無様な試合はしたくない。

 日本との試合は、ひどいものであった。

 ああいうのを一方的な蹂躙と言うのだろう。

 オリンピックに初めてNBAの選手が参加したときのアメリカも、こんな感じだったのだろうか。


 試合としてはオーストラリアの優位に進んだ。

 中国は競技人口自体は、実は日本はおろかアメリカよりも多い。

 ただしそれは、質の高さにはつながらない。欧州の各国でも、人口が少なくてもサッカーの強い国があるのと同じである。

 やはりメジャーの下部組織があるぶん、オーストラリアの方が技術的な底上げがされていた。

 8-4で勝利して、一勝も出来ないという事態だけは避けられた。

 そして午後からは日本とイタリアの試合である。




 ここで日本代表の監督島野は、ライガースの山田を先発に持ってきた。

 琴山が故障で離脱したため、山田はシーズンのことも考えると、大事に使いたかった。

 しかし他の球団の選手はそれなりに使い、自軍の選手を使わないということは許されない。

 三回まででいいだろうと、山田を先発のマウンドに送るのだ。


 既に思考は決勝トーナメントの方に移行している。

 初戦で台湾か、逆転して韓国と戦うとなると、それなりに厳しい試合になる。

 上杉を使いたい。ただし50球までだ。

 それ以上使うとなると中四日の制限に引っかかるため、限界ぎりぎりの投球は決勝に残しておかないといけない。

 その点では直史は気軽に使えるのであるが。

 プロ野球のスーパースターと一緒にいても、全く憧れの視線などは向けない。

 あれは、アレだ。

 自分の方が格上だと確信している目だ。

 そしてそれは、あながち間違っていないというか、ほとんど単なる事実である。


 一回の表イタリアの攻撃は、山田からヒットを打ったものの、点には結びつかずにスリーアウト。

 別に調子が悪いわけではなく、イタリアにもそれなりに優れたバッターはいるのだ。

 そして一回の裏の攻撃となる。


 これまでの試合において、日本はに試合が後攻であり、この試合もそうだ、

 そしてその二試合は、両方とも五回の裏で15点差をつけて、あっさりコールドにしている。

 それと初回に大量点というのが大きい。それも踏まえてピッチャーは、全力で投げ込んでくる。


 たとえ勝ったとしても、決勝トーナメントには出場出来ない。

 これが分かっているイタリアは、ここで最後の力を振り絞ることが出来る。

 それに対して日本は、決勝トーナメントのことも考えないといけないし、さらにはその後のNPBのシーズンのことも考えないといけない。

 いくら上杉が超人であるといっても、それを酷使すれば批判を浴びるだろう。

 そのあたり本当に、直史がいてくれてよかったなと、珍しいことを思う島野である。




 後があるだけに、ある程度の余裕を残しておかないといけない日本。

 大してイタリアは全力で投げてくるのだが、全力で投げて勝てるなら、プロはいらないのである。

 先頭の織田から四番の南波までがヒットを打って、今日は五番に入っている広島の尾崎なども、タッチアップになる外野フライを打った。

 一気にまた三点を奪う攻撃であった。


 ベンチに戻ってきた大介に、珍しい質問をする直史である。

「ランナー二人もいたのに、ホームラン打たなくてよかったのか?」

「目の前の試合だけじゃなくて、この後のことも考えてるからなあ」

 それが大介の返事であるが、つまり決勝トーナメントで、ピッチャーに勝負させようとう意図なのだろうか。

 完全にもう遅い。

 打率が八割もあって、OPSが三に近いバッターなどと、どこのピッチャーが勝負するというのか。

 そんなのは全世界のアマチュアまで含めても、二人ぐらいしかいないだろうに。


 二回の表も、山田はしっかりと抑えた。

 今度は三者凡退で、日本のピッチャーの優秀性を宣伝しまくっている。

 山田の場合は大卒から育成を経ての一軍定着だけに、MLBに挑戦するとしたら、FAを待っていたら32歳になっている。

 柳本も似たような年齢で挑戦したわけだが、やはりその年齢からメジャーで活躍するのは、おそらく体力的なきつさが一番だろう。

 それに山田に本気でMLBに行きたいかというと、今のところはそうは感じないのである。


 大学で少しは活躍したものの、それまではプロに見られることもなかった。

 そしてそのプロでも育成契約で、一年目から結果を出さないとまずかった。

 そんな自分が今は、チームのエース的存在であり、完全に野球で食っている。

 日本で野球をやることが、生活を支えているのだ。

 この安定を捨てて、MLBに行くという選択肢は、今の山田には欠片もない。


 だがそんな山田でも、WBCでは充分に通用する。

 二回の裏にも追加点が入り、援護によって余裕が出来たのも大きいだろう。

 三回を投げて被安打一の四死球一と、立派な成績である。

 そしてその裏には、また味方が追加点を取ってくれた。


 四回の表には、広島からエースの海野。

 数少ない貴重な左のピッチャーで、おそらく決勝トーナメントでも出番はある。

 二イニングを投げて、フォアボール一つのナイスピッチング。

 その裏には追加点が入るが、明らかに昨日ほどの勢いはない。

 各自が課題をもって打席に入っているため、単純な打って走るだけでは済まないのだ。

 一日の休みで、勢いが鈍ったということもあるだろう。

 だがその分、自分の伸ばさなければいけないところや、克服すべき弱点に気付いた。


 つまり、見る人が見れば分かることだ。

 全体的にどの選手も、二日前よりも上手くなっている。


 


 その後の投手陣は一イニングごとの継投で、しっかりと試合での感覚を掴む。

 六回は福岡の武内、七回は埼玉の種村と、各球団のエースが一イニングずつ投げるという、贅沢な継投だ。

 これも全て直史が、オーストラリア戦で他のピッチャーを使わせなかったからと言えようか。

 温存出来たのはいいが、勝負勘が鈍っても困る。

 下手な実戦よりもよほど強烈な、直史の存在があるのはいいが、やはり出来るだけ実戦を体験しておきたい。

 壮行試合の他にも親善試合などを行ってはいるのだが、それでもやはり色々と不足していたのだ。


 結局のところ、日本はやはり強かった、という結果が出ただけであった。

 ようやく五回コールドがなくなり、七回コールド。

 11-0にてイタリアには勝利し、第一ラウンドのリーグ戦を無失点で全勝する。

 全勝自体はある程度予想し、キューバ相手に大勝してからは可能性はさらに上がったが、全試合をここまで完封するとは思われていなかった。


 105マイルを投げる上杉については、以前からアメリカでは知られていた。

 まだU-18のワールドカップがマイナーだった頃から、上杉は国際大会でも抜群の成績を上げていた。

 あの頃も球数制限はあったものの、上杉は限界まで投げても普通は無失点。

 多いときでも一失点するかしないかであり、上杉以外を攻略することが、日本に勝つための手段であった。


 そして、今年のメンバー。

 発表された時は、かなりの注目が集まった。

 四割打者である。

 ただの四割ではなく、三冠王を取った上での四割だ。

 いくらピッチャーの平均的なレベルが、MLBと比べれば低いと言われるNPBでも、その上澄みは無視できるはずもない。

 ルーキーから二年連続でとんでもない打率を残しているが、MLBに挑戦しにくるとしてもおそらくは25歳以降。

 その時までに、本物かどうか見定めておきたい。




 そんな悠長なことを考えていたらこれである。

 大介のリーグ戦での成績は、四球で逃げられたり、潔く申告敬遠などもあったが、13打数の11安打である。

 そしてホームランは三本を打って、21打点を上げた。

 平均的に、ヒットを一本打ったら、二点ほどは入っていた計算である。

 ただ本人としては、一試合ホームラン一本まで縛りの中、最後の試合ではホームランを打てなかったのが悔しい。


 大介が打撃面での主役だとしたら、ピッチャーの主役は上杉と直史だった。

 キューバとの第一戦、メジャーリーガーもそろえたキューバ相手に、打者12人に対して11奪三振。

 バットを振ることすら出来なかった三振がどれだけあったことか。

 そんな圧倒的なピッチングを、ギネス記録を塗り替えた速球は出さずに達成した。


 ただピッチャーとしての異質さは、オーストラリア戦の直史であったろう。

 キューバとの試合でも一イニングをパーフェクトリリーフで抑えているが、それぐらいならば普通である。

 だがオーストラリア戦のピッチングは、いったいなんだったのか。

 ピッチャーの技術によって、野手のいるところに打球を飛ばせるというのは、ただの神話であると統計が証明した。

 その証明された統計の信頼性を、たった五イニングで失わせてしまった。


 ピッチャーはマウンドに立ち、その試合の全てを掌握することが出来る。

 上杉のピッチングとは違う。

 上杉のそれはあまりにも圧倒的で、全てを破壊してしまうものだ。

 しかし直史のピッチングは、そういったものを凌駕していたとも言える。


 球数制限については、MLBでも重要な問題だ。

 投手の分業制はほぼ完全に確立し、統計でピッチングは行われる。

 だが五回までをしっかりと投げて、50球はおろか40球以内で収めてしまうとは。

 天才の、あるいは異才の登場によって、競技の性質が完全に変わってしまうことはある。

 ベーブ・ルースの登場により、ホームランというものが野球の大きな要素になった。


 もし本当に、バッターを自分のボールでコントロール出来るなら。

 他のピッチャーやキャッチャーには見えていない世界が、彼には見えているとしたら。

 その根本的な能力が、ピッチャーの役割を一気に進化させるだろう。




 第一ラウンド、日本でのリーグ戦が終わった。

 日本は四戦全勝の、全試合をコールド勝ちという、圧倒的な力を示して見せた。

 これでグループBで二位通過した、台湾と戦うようになる。

 キューバは三勝一敗で通過し、グループBを一位で通過した韓国と戦うことになる。


 ランキングの上では日本、韓国、キューバは全て上位に位置する。

 だが体感したキューバは、間違いなく感じた。

 日本の強さは怪物レベルだと。

 攻撃力ももちろんだが、守備というか投手がおかしい。

 なぜ全く点を取られないのか、それもヒットすら打たれていないではないか。


 韓国も強い。ランキングでは今は上にいる。

 ただ日本ほどの絶対的な差があるとは思えない。

 決勝トーナメントにおいては、ピッチャーの入れ替えが二人までは可能である。

 そしてキューバには絶対的なピッチャーについては、心当たりがあった。


 日本までわざわざ行くほど、WBCに意義を認めないと言っていた選手だが、アメリカならばどうだろう。

 既にメジャー契約をしているわけだが、キューバのために働いてもらおう。

 なに、決勝まではわずかに三試合なのだ。

 その程度も許容出来ないのなら、どのみちメジャーでも長くは続かないだろう。


 ピッチャーが打線を抑えてくれれば、こちらもどうにか対応する。

 日本が台湾との試合で上杉と直史を使えば、場合によっては準決勝で二人を使えないかもしれない。

 そうなれば、他のピッチャーであれば、どうにか打てる。

 打てるだけで点が入るとは限らないのだが、とにかく打つことぐらいは出来るはずだ。


 アメリカに舞台を移しての決勝トーナメント。

 選手たちはその始まる六日前に、日本を出発することとなる。

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