第8話 黄金の時代

 後から思えばこの頃が、日本の野球界の黄金時代だったのだろうか。

 同時代の人間も、上杉勝也が甲子園で活躍して以降、傑出した選手が多く現れたと認識している。

 そしてその中の多くが、このチームに参加している。


 ドリームチームだ。

 そもそも最強ピッチャーの上杉がまだまだ若手であったり、白石世代でさえ今年が三年目だったり、30歳以上が四人しかいなかったりと、フィジカルとテクニックのバランスが最高になる30歳前後がほとんど30歳前だったりと、色々と抜けているところはある。

 それでも史上最強のピッチャーと、史上最強のアマチュアピッチャーがいるし、クリーンナップが極悪であるし、先頭を首位打者候補が打っていたりする。

 日の丸を振る大勢に見送られ、渡米する選手たち。

 特に選手の入れ替えはなく、遠路アメリカを目指す。


 こうしていると、ワールドカップを思い出す直史である。

 そしてここでも、眠くなるまでは判例集などを読んでいる。

 こいつは本当に勉強家なのだと、なんだか違う生き物を見る目をするプロ選手である。

 舞台であるロサンゼルスに到着した一行は、とりあえず今日は一日休みである。

 だが直史はキャッチボールの出来るところを探し、大介を連れ出す。


 なんだかんだ言って樋口は、長距離の移動に慣れていない。

 大介もここまでの移動には慣れているわけではないが、プロのシーズン中には北海道から福岡まで、移動する範囲はあるのだ。

 もっともMLBのように、専用ジェットで移動するなどの無茶はないが。セはまだしもパのような、北海道から福岡までというのは厳しい。

 選手にとっては飛行機で一気に移動するのではなく、道が混む埼玉に行く方がしんどいとも言われる。




 ともあれやってきたアメリカ隊陸西海岸。

 無敗で第一ラウンドを圧勝してきた日本代表を迎えるマスコミ連中。

 スポーツマスコミまどどこもクソと言いたいが、アメリカのマスコミは上澄みがしっかりとしている。

 ただここでも塩対応なのが直史である。


 プロならばエンターテイメントとして、マスコミの取材にも応じる方がいいのだろう。

 もっともあえて応じないということが、マスコミにとってはおいしいネタになることもある。

「どうせ記者会見は行われるのに、フライトを終えた選手をスムーズに休ませまいとするのは、陰謀か何かなのか?」

 直史の全方位喧嘩対応である。

「なんや、今何言うたんや?」

 言っていることはもっともだけに、スマートに去っていくマスコミ。ここらへんは日本と違う。

「俺たちを休ませない作戦かって言ってましたね」

 英語をかなり話せる織田が翻訳し、島野は頭を抱えた。


 最高級ホテルのスイートを用意されるあたり、この大会のイベントとしての成功に、しっかりと金をかけているMLBの真剣さは伝わる。

 だがそれはそれとして、もっと現役のメジャーリーガーを参加させた方が、観客の動員には役立つだろうに。

 おもてなしの心であれば、日本でやった方が、細かいところまで気が付くと思う。




 第二ラウンドの決勝トーナメントが始まる。

 初日は日本対台湾、韓国対キューバの二試合が行われる。

 二日目はアメリカとプエルトリコ、ドミニカとメキシコの対戦だ。

 三日目と四日目の準決勝は、一日一試合が行われる。

 そして五日目に決勝があってそれで全日程が終了なのだが、四日目と五日目が連戦になるあちらの山は、少し負担が大きいのである。

 こちらを舐めているのか、それとも不利でも自信があるのか、あるいは負けた時の理由作りか。

 どれでもいいが、木っ端微塵に粉砕してくれることは確かだ。


 四日間の準備期間中、実際の試合が行われるスタジアム以外にも、あちこちで練習は行われる。

 そしてそれを見物に来るのが、単なる野球ファンだけではなく、対戦チームやMLBのスカウトであったりする。

「あれがウエスギか。100マイルは出してるな。試合前にそんなに投げて大丈夫なのか?」

「初戦には出てこないつもりだろう。セミファイナルかファイナルに合わせて調整するだけで、そこでも多くは投げないつもりだろうが」

「他のピッチャーはどうなんだ? あの五回をパーフェクトで投げてしまったというような」

「あれは……ブルペンで投げているんじゃないか?」


 速球対策に上杉がガツンと投げて、それをバッターは打っている。

 メジャーの投手でもそうはいない球威に、スカウトたちも目を丸くする。

 球が速いだけの選手ならいくらでもいた。

 だがこの球のスピン量と回転軸の安定は、人間の打てる限界を超えていると思う。


 これまでに存在したピッチャーを、正しく完全に上回った存在。

 単純に球が速く、そしてそれが減速しない。

 普通にやっていてこれは、打てないだろうと思う。

 別にこれを見て、アメリカ代表に忠言する者もいないが。

 MLBのスカウトにとって、確かにWBCのような国際大会は、選手を見つける上ではありがたい。

 だが母球団がどのように思っているかは、また別の話である。


 実はそこそこ手加減している上杉の球を、バッターはそれなりに打てている。

 日本人のバッターがメジャーで通用することが少ない理由の一つには、両者のリーグにおける、平均的な球速の差が上げられる。

 とにかくメジャーリーガーというのは、NPBの選手よりもさらに、フィジカルお化けを世界中から集めているのだ。

 ピッチャーは160kmを超えるのがゴロゴロいるし、その上でさらに何か武器を持っている。

 150km台の後半でボールを動かしてくるのだから、慣れていないと打ちようがない。




 マスコミにも公開されている練習なので、ブルペンで投げる直史の様子も見れるわけである。

 地元のメディアだけではなく、日本のメディアも多く来ている。

 そして中には、見知った顔のスカウトもいたりする。

 大京レックスの敏腕スカウト、大田鉄也である。


 キャンプのシーズンではあるが、既にオープン戦も始まっているこの時期、スカウトの仕事はほんの少し余裕がある。

 もちろんやることは色々とあるのだが、こうやって数日足を伸ばすぐらいには。

 その鉄也に、顔見知りが声をかけてくる。

「あれがサトーか」

「サトーっていうとイギリス人みたいだな。まあそのサトーだけど」

「ワールドカップの時はてっきり、ハーフか何かだと思われていたんだけどな」

「アジア人を甘く見すぎだ。特に野球においては」

 日本人ピッチャーに、アメリカならずとも世界各国が、どれだけ苦戦してきたか。


 直史については既に各チームのスカウトにも、かなりの情報が流れている。

 日本はほぼプロでチームを作っているのだが、その中にカレッジのメンバーが二人。

 そしてそのバッテリーは、四年前のワールドカップで、12イニングをパーフェクトに抑えているのだ。

「やはり獲得に動いているのか?」

「あいつはプロには行かねえよ。弁護士になるんだとさ」

「べん……ごし? 彼のレベルでは日本では通用しないのか? いや、そもそも日本の弁護士がどういう制度なのか私は知らないが」

 アメリカでは弁護士は完全に余っていて、二足の草鞋を履いている者も多い。

 日本も弁護士は余っている状態であるが、純粋に弁護士としてではなく、その法律知識を元に仕事をするなら、それなりに需要はある。


 オーストラリア戦の映像は、ほとんどの者が見ている。

 もちろん圧勝した打線陣も凄まじいものであるのだが、五回を投げて36球でパーフェクトというのが意味が分からない。

 全員を三球三振にしても、45球はひつようなのだ。


 かつて言われた、優れたピッチャーはコントロールによって、野手の範囲内に打たせることが出来る投球術を持つというのは、過大な言い方であるとは知られている。

 だが直史に限って言えば、少なくともショートとセンターには、かなり狙って打たせることが出来ていると思うのだ。


 支配的なピッチャー。

 鉄也が昔から直史に感じている、とんでもない異質な何か。

 それが大学に入ってさらに成長し、その完成形を見せようとしている。

(つーか明らかにメジャーのボールにも対応してるよな)

 日本人ピッチャーがメジャーで活躍すると言っても、対応出来ない者も多い。

 このWBCにしても40人の枠を作る中で、それが判明したピッチャーは脱落したものである。


 大学生の直史に、プロの選手が気軽に接触出来る機会はほとんどない。

 だが自然に大介などは、勝負しようぜなどと言ってくるし、周囲も直史に対しては、少なくとも技術においては認めていたりする。

(こいつプロに来ないんだよな……)

 もういっそのこといきなりメジャーにでも行っていいから、そのプレイを見せて欲しいという、スカウトではなく野球好きのおっさんの本能が言っている。


 だが、これが最後だ。

 日米野球などというものもあるが、おそらく直史が本当に世界レベルの戦いを繰り広げるのは、これが最後だ。

 あと三試合。

 順当に考えると、投げても二試合。

 それで直史の野球が、高いレベルでプレイされることは終わる。

 話を聞くに弁護士になるには、多くの勉強が必要だという。

 さすがに現在の技術を維持することは、不可能であろうと。


 これが、最後なのか。

 ならばせめて、そのピッチングの全てを目に焼き付けておきたい。

 WBCというこの舞台。

 おそらく日本史上最強のチーム。

 どれだけこの本場と言われるアメリカで、暴れることがあるのだろう。

 エースがその限界を見せてくれることを、多くの野球ファンが待っている。

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