第9話 ここはアメリカ

 ※ 大学編124話の方が時系列的には先になります。


×××


 WBC決勝トーナメント、その準々決勝。

 最初の試合が、日本と台湾の対戦である。

 一日目、三日目、五日目が試合となる日本は、ピッチャーを50球以内で全試合を使うことが出来る。

 最終戦の決勝戦は、次を考えなくてもいいので、ここでは100球まで投げられるということだ。

 えげつない起用をするとしたら、球数の少ないピッチングをする直史を先発にし、三回から五回ほどまでを投げる。

 そして上杉をクローザーとして使えば、まず負けることはない。

 だがけっこうたくさんの人間が勘違いしているが、直史や上杉も人間である。魔王とか大魔王とか、本当にひどい言い草である。マスコミはそのうち訴えられるのではないだろうか。

 中一日を置いてのそんなピッチングで、疲労が全部抜けるとは限らない。

 なのでその日の様子なども見つつ、投手の起用は考えないといけない。

 もちろん決勝は上杉を使う予定である。


 決勝トーナメントで、しかもアウェイ。

 普通なら経験豊富な、ベテランを使うべきだろう。

 だが島野が選んだのは、神奈川の玉縄である。

 玉縄はプロ三年目、この中でもかなり若い。

 ただワールドカップ優勝のメンバーであり、先発も経験している。


 台湾のチームは、基本的にはスモールベースボールである。

 ライガースで去年一番を打っていた志龍などは、台湾球界ではクリーンナップを打っていて、そのあたりも日本とはレベルの差があると言われている。

 だからと言って甘く見てはいけない。世界ランキング四位は伊達ではない。

 第一ラウンドのリーグ戦でも、韓国とは接戦であったのだ。


 これを相手にはする玉縄も、プロ一年目で新人賞を取っている。

 そして打線の援護が少ない神奈川においても、三年連続で二桁勝利。

 常に勝ち星先行であり、クオリティスタート率は極めて高い。

 もっとも去年の勝ち星が多かったのは、わずか一点のリードなどを、峠がクローザーとして守ってくれる場合が多かった。


 今年がプロ四年目の若手が、準々決勝の先発か。

 多くの選手はそう思ったが、それを言うならアマチュアのナオフミ=サンが五回をパーフェクトピッチに抑えていらっしゃる。

 いやあの妖怪は別だと、多くの選手は人外扱いするだろうが。

 それに玉縄が安定感抜群だということは、他の選手も分かっている。

 直史にしても一年の秋、関東大会の決勝で玉縄擁する神奈川湘南と戦い、スタミナ切れで敗北しているのだ。

 大介を上手く抑えたこともあるので、クレバーなピッチャーと言っていい。

「まあ、あかんかったらすぐに交代やしな」

 島野の一言で台無しである。




 ワールドカップが行われた時、あまりの観客の少なさに驚いたものである。

 もっとも大会が進むに連れて、あっという間に空席はなくなってしまったが。

 全てはイリヤの責任である。


 このWBCもおおよそ、日本がかなり勝ち進むことは想定されていて、多くの旅行会社がWBCの観戦パックを作っている。

 そんな中で堂々とNBAの試合を見に行った武史もまた、たいしたものであるが。

「今日は満員か。アメリカ戦でもないのに、けっこう入ったもんだな」

 泰然自若とした大介は、甲子園でこういうのには慣れている。

「まあキューバ戦もあるからじゃないか? メジャーリーガー何人かいるし」

 直史もそんな風に返しているが、おそらくは大介が原因じゃないのかな、と樋口は思っている。


 もう四年近くも前になるのか。

 本当ならばマイナーな、地元の試合でも3000人ほどしか入らないような大会を、満員にしてアメリカで大々的に放送させたのは。

 どうせ英語だから分からないとテレビは見なかった大介だが、あの予告ホームランは近代野球史上最高のパフォーマンスだったかもしれない。その後に軽く1000回はテレビで流されているし。

 打席に向かうシーンでダースベイダーを流しまくったので、記憶している者も多いだろう。

 ピッチャーにとっての死という意味で「THE・Die」などとも言われたものか。

 海外で異名を作ってくるというのは、すさまじいことではある。


 そして台湾チームだが、向こうもプロ中心なだけあって、それなりに試合慣れはしている。

「志龍が残ってたら少しは難しい試合になったかもな」

 今年からMLBの3Aでプレイする志龍は、台湾のチームにも入っていない。

 3Aとは言え実際は、ほぼメジャー昇格は決まっているらしい。

 このキャンプ中にそんなことに、力を注ぐわけにはいかないのだ。

 このあたり野球市場において、MLB一強の状態が、どうしても世界的な動きの柔軟性を欠いてしまう。

 サッカーならばリーグ戦を休んで、代表戦に行くのが当然という風潮にあるのに。


 アメリカのショービジネスは強すぎるのだ。

 もちろんそれだけの努力や工夫があったことは確かなのだが、そろそろ思い知ってもらおう。

 バスケやホッケーやアメフトはともかく、野球はアメリカのお家芸ではないことを。

(ここで活躍して世界的に顔を売っておけば、将来的には必ず役に立つ)

 そんなことを樋口は考えている。

 本当なら上杉には大学まで行ってもらって、プロ引退後には総理大臣まで目指してもらおうかとすら思っていたが、元プロ野球選手という肩書きは、そこではマイナスに働くと思った樋口である。

 文部科学大臣当たりにどうにか押し込みたい。あとは外務大臣をやってもらっても、上杉のパワーならなんとでもなりそうだ。

(勝也さんが総理やるなら、俺が官房長官やっても良かったんだけどなあ)

 なお樋口のほしいポストは、法務大臣か国土交通大臣である。さすがに財務大臣は狙わない。


 ロサンゼルスにはそれなりに日系人が多い。

 この土地にも胸糞悪い過去の日本人差別の話があるのだが、それとは別に日系人が、日本の試合を見に来てくれている。

 いやアジア系とかどうとかではなく、普通に黒人も白人も、野球ファンが集まっている。 

 純粋に日本と台湾、そして韓国とキューバの試合を楽しみにしているのだろう。

 スポーツは人種を超える。

 むしろスポーツが、人種を超えさせるきっかけになることすらある。




 ほぼ満席の球場において、準々決勝の第一戦、日本と台湾の試合が行われる。

 日本は玉縄をマウンドに送り、台湾代表と戦う。

 この決勝トーナメントは特に、優勝を狙うチームほど、ピッチャーの温存を考えないといけない。

 結果的にではあるが、選手層と言うよりはピッチャーの層が厚いチームほど、優勝に近いところにいるのだ。


 その意味ではやはり、日本とアメリカは強い。

 そしてMLBのオーナーが選手を日本代表に出さなかったことも、むしろ日本の本質的な強さを知らしめることになるだろう。

 一回の表、ランナーを一人出しながらも、玉縄は無失点で抑える。

 NPBの試合を見ても、玉縄が序盤で崩れる試合というのは、ほとんどないのである。


 そしてその裏、織田が先頭打者ホームランを打った。

 二年連続で二桁の本塁打を打っているが、本質的には中距離打者と思われている織田。

 しかし狙っていけば、もちろんホームランは打てるのだ。

(決勝トーナメントはピッチャーもだが、白石なしでも点が取れるか、白石とまともに勝負させるかで、試合は決まる)

 そう思った織田は狙っていたのであるが、狙って打てるのだから彼も、天才の中の一人ではある。


 続く二番の咲坂も長打を打ち、二塁が空いたので大介はあっさりと敬遠された。

 そして四番の南波の打球は、強烈なサードゴロ。

 咲坂に大介と、足が鬼のように速いランナーがいながら、トリプルプレイが成立と、面白い序盤の試合になった。




 ホームランでいきない勢いづき、トリプルプレイでその勢いを止められた。

 野球の流れというのは、本当に瞬時に切り替わるものである。

 だがこの激流の中でも、玉縄は己を見失うことはない。


 二回の表は、きっちりと三人で終わらせた。

 少なくとも打者一巡目までは、どうにかなりそうな気配である。

 そしてこの回の裏、先頭打者でDHの尾崎がまたホームランである。

 日本としては珍しい、大味な点の取り方だ。

 その後にはランナーを出しつつも、この回も一点どまり。


 二回が終わって二点差というのは、悪くない出足である。

 しかしこれまでの日本は、序盤でもっと大量のリードを奪ってきた。

 かなり研究をされていると思ったほうがいい。相手を甘く見て悪くなることは多いが、相手を危険視しすぎて悪くなることは少ないのだ。




 三回の表までを、玉縄は注意深く投げて乗り切った。

 ここまでで球数は48球となっていたので、次の回からは交代である。

 交代する選手のために、ここで追加点を取っておきたい。

 この回の先頭打者は一番に戻り、織田からの打席となる。

 おそらく台湾もこのイニングを最後に、ピッチャーを代えてくる。

 ならば二巡目の打線が回ってくるこの回、大量点がほしい。


 一打席目はホームランを打った織田が、セーフティバントで出塁する。

 足が速いことはデータで認識していただろうが、前の打席でホームランを打ったバッターが、次の打席の初球からセーフティバントとは。

 確かに完全に意表を突いた形となって、塁に出ることは出来た。

 ならば次にやってくることは?


 織田のリードは大きい。

 だがそれでも牽制球から戻る時は、軽々と足から戻る。

 それがピッチャーには忌々しくて、集中力をこちらに向けさせることになる。

 そして少しでも甘くなれば、こうなる。

 咲坂に投じた二球目は、本日三本目となる日本のホームランとなった。




 日本はスモールベースボールの国ではないのか。

 それが世界における共通認識だったし、今も基本的には、日本自体がそれを認めている。

 だがここまでバッティングのパワーが上がっている。

 リーグ戦も見えていたことだが、明らかになっているのだ。


 これはおそらく、好循環である。

 上杉のような圧倒的なピッチャーが誕生したことによって、バッターはそれをどうにか攻略することを考え出した。

 そして鍛えたバッターを打ち取るために、当然ながらピッチャーもさらに鍛えだした。

 選手の競い合いによる、全体的なレベルアップ。

 わずか数年で、日本の野球は、主にパワー面において飛躍的に強化されている。


 細かい野球が出来る者が、さらにパワーを付けたら最強ではないのか。

 逆にパワーのある選手が、細かい野球を出来るようになっても大きい。

 とにかく日本が強いのは、第一ラウンドが終わってからも明らかで、序盤から試合の流れを決定付けようとしている。


 ただ、三回で4-0の点差になったとしても、まだ諦めるような状況ではない。

 もっともそれは、それぞれのチームのレベルがある程度釣り合っている場合だ。

 ランナーがいなくなったこの場面、大介とは勝負するべきである。

 日本の打線陣の中で、最も強力なバッター。

 大介はここまで四試合をスタメンで出ているが、三振が一つもない。

 四試合のうちの三試合でホームランを打っている怪物に対して、どう戦えばいいというのか。


 台湾チームはピッチャーを交代した。

 本当ならば四回の頭から使いたかったのだろうが、ここまで三本もホームランを打たれていては、ピッチャーとしても限界であろう。

 早めに交代せざるをえないことも考えて、肩はちゃんと作ってあったらしい。

 マウンドで投げ込む投球練習は、それなりに速い。

(まあでも、打てないほどじゃないな)

 大介は淡々とピッチャーを観察する。

 ノーアウトで大介なのだから、ここは勝負をするしかないだろう。

 完全に勢いに優る日本を相手には、主軸のバッターを打ち取っていくしかない。

 ただ、左バッターか。

 しかも去年は日本のシーズンで60本近くを打っているスラッガーである。


 慎重に入らないといけない。

 そう思って外角低めに投げたゾーンを外れた球を、レフト方向に飛ばされた。

 初球を打って、軽くレフトスタンドへ。

 本日のノルマを達成した大介であった。




 台湾との対戦は、ピッチャーをしっかりとつないで、9-0で日本が勝利した。

 序盤は派手にホームランを打っていた日本代表であるが、中盤からは台湾がより積極的に打たせて取る野球を徹底してきた。

 ホームランだけは打たれないようにというピッチングであったが、結局は連打や細かいセットプレイでも得点が加算されて、最終的にはここまでの点差がついた。

 日本側は五人のピッチャーの継投で、完封リレー。

 ここまで明らかな実力差があるのかと、応援する日本人さえも驚かせたものである。


 この試合は直史と上杉だけではなく、他にも主力球ピッチャーは使っていない。

 それでも世界ランキング四位の台湾を完封出来たということだ。

 台湾も完全なベストメンバーではないが、それを言えば日本も条件は同じである。


 マスコミへの記者会見までがセットになる決勝トーナメントだが、本日の出番はなかった直史と上杉である。

 また大介が、実はプロ入り初めてのサイクルヒットを達成していたりするので、そのあたりは話題性もある。

 大介の場合は長打を打たれる危険性を考えて、最初から外野は深めに守っていた。

 なのでフェンス直撃の打球なども、すぐにカバーされて下手をすると二塁までも進めない。

 ここでは上手くスピンが利いたので、大介にとってはホームランよりも何倍も難しい、三塁打を打つことに成功したのである。


 これにて決勝トーナメント一日目、第一試合は終了。

 日本は圧勝にて、ナイターで行われる本日の二試合目の勝者を待つ。




 順当に行けば韓国なのか、と予想は出来る。

 だがキューバはピッチャーを入れ替えたし、相手にしたピッチャーが悪かったのだ。

 イタリアには9点差、中国とオーストラリア相手には、10点以上の差をつけて勝っている。


 あとは試合会場が日本だったということも関係しているか。

 そのあたりを考えれば韓国が負けても全くおかしくないわけである。


 ホテルに戻ってしばらく休憩し、夕食を終えてから試合を観戦する。

 すると予想は当たった。

 追加で入ってきた二人のピッチャーが、一人は先発として、もう一人はクローザーとして、ほぼ完璧に韓国を抑えてしまったのである。

 スコアは5-4と、わずかに一点差である。

 しかし最終回には、とても逆転出来るとは思えない空気が漂っていた。


 準決勝の相手は、リーグ戦でも戦ったキューバ。

 だが同じチームであるとは、もうとても思えない。

「よっしゃ、ほなミーティング始めよか」

 島野はそう言って、キューバの追加戦力の詳細を話すのであった。

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