第11話 アクシデント

 言い訳にしか聞こえないだろうし、実際に言い訳なのだが、日本で行われた第一ラウンドにおいて、キューバの選手は万全の状態ではなかった。

 時差はある程度準備期間があったのでよかったのだが、気候が違うしドーム球場というのも異質だし、何より完全にアウェイだったということもある。

 単なるアウェイなのではなく、ドームが満員になる、日本式の応援。

 精神的にはタフなキューバの選手たちも、戸惑いはあっただろう。


 それでも、上杉と直史の投手リレーには、完全に封じられた。

 だが初回からの打線による先制攻撃がなかったら、まだマシな勝負になったはずである。

 ただこれも言い訳である。

 キューバの強力な打線陣はメジャーリーガーや3Aの選手が入っており、メジャーのスカウトのみならずNPBのスカウトであっても、3Aの境遇よりはずっといいオファーを球団は出せるのだ。

 その前で完全に上杉に封じられてしまったのだから、どうしようもない。あれは人外の存在だ。


 しかし決勝トーナメントに至って、キューバは本来の強さを発揮することに成功する。

 日本と並んで国際大会で活躍するアジアの強国韓国を、僅差ながらはっきりとした継投で抑えこんだ。

 そしてキューバは、日本と違ってまさに、この準決勝に全てを賭けている。


 ピッチャーを使いすぎて、決勝で負けたというのは、実は第一回のWBCで日本相手にしてしまった失態である。

 ただ今回は決勝で負けるのを覚悟の上で、キューバは準決勝を勝ちに来ている。

 純粋に大会で勝利するよりも、第一ラウンドで日本相手に見せてしまった失態をどうにかする方が、選手にとってもチームにとっても大事であったのだ。

 日本は皮肉なことに、圧倒的に勝ってしまったがゆえに、キューバに背水の陣を取らせたことになる。


 準々決勝において韓国は、先発のメンデスとクローザーのデスパイネからは、一点も取ることが出来なかった。

 メンデスを準決勝の日本戦で使うために、リリーフをしたピッチャーが打たれたのだ。

 日本で言うなら上杉が先発し、直史がクローザーをする間に、他のピッチャーが点を取られたようなものである。

 ただ日本はこの大会、今までに一点も取られていないので、チームの事情は違う。




 メジャーリーガーを一人も入れなかった日本に対して、キューバは球団の主力級メジャーリーガーを二人と、メジャー経験者を五人、現在3A所属者を三人入れており、これだけを見るとキューバの方が強いとさえ思える。

 実際に球場においては、遠い国の日本よりも、メジャーでの露出があるキューバを応援する声があったりする。

 かつてはキューバからメジャーリーガーになるには亡命が必要で、第一回のWBCの時も、様々な困難が存在したものである。

 それを思えばキューバ人がそのままにアメリカで、なんの懸念もなくプレイ出来るというのは、昔を知る人間からしたら奇跡のようなものである。

 冷戦の時代にはキューバ危機という、第三次世界大戦勃発の引き金になるかと思われるような事態もあったのだ。


 その後もキューバとアメリカの関係はなかなか改善せず、キューバからメジャーに挑戦するには亡命するしかなくなり、その中間としてNPBにおいて外国人選手として働くことがあった。

 当時のアメリカの法律では、キューバ人がMLBでプレイすることが出来なかったのだが、日本であれば可能であったのだ。

 キューバ人がキューバ人のまま、MLBでプレイ出来るようになったのはごく最近であり、キューバ人の野球選手にとっては幸福な時代なのだ。

 それだけに母国の選手として参加し、栄光を得たいという気持ちはある。

 球団からの参加自粛要請は、強制力のないものであった。

 なので二次ラウンドの決勝トーナメントから、こうやって試合に出ているわけだ。


 キューバっぽいというかラテンやカリブの野球はそうなのだが、日本のように鳴り物の応援が多い。

 演奏をすると言うよりは、士気高揚のための打楽器の連打というところか。

 このあたりも各国の国民性や、応援の文化が違って面白い。


 一回の表はキューバからの攻撃に対し、日本の先発は福岡の若きエース武内。

 ちなみにタイタンズのクローザーは竹内であるので、微妙にややこしい。

 それを言うならプロ野球には、山田、佐藤、鈴木の多過ぎ問題というのもあるのだが。

 佐藤三兄弟が全員プロ入りでもしていたら、どういう表記をしていたのだろう。


 その武内のピッチングは、別に悪いものではなかった。

 ただ、わずかに甘く入って初球を、キューバの先頭打者が強振する。

 しまったと思ったものの、時既に遅し。

 ライトスタンドへのホームランで、この大会日本は、ついに失点したのであった。




 初球を打たれてホームランにはなったが、そこで武内が崩れることはない。

 続くホームランバッターたちもしっかりとアウトにして、エースらしいところを見せる。

「とにかく直球には強いですね」

 日本と南北アメリカの野球における、最大の違い。

 それはパワーの絶対値だ。

 日本の場合も最近は、体作りからしっかりとやるが、伝統的に技術もしっかりと教えられている。だが、実は根本的に間違っている。

 成長期には体を作ることを最優先にするべきだと言われている。技術はその余裕があればというもので、日本の場合は練習の負荷が高すぎて、体作りが出来ないどころか、故障にまで発展してしまう。

 それを、故障するならそれはそれがそいつの限界、などというおかしな指導者がいるから、日本の野球人口は減っていっていたし、今でもあっさりとやめる人間がいるのだ。


 野球を好きでたまらない人間でなければ、成長はしない。(武史を除く)

 だが野球を好きになるためには、もっとちゃんとしたきっかけがあるはずなのだ。

 最初に野球を始めた情熱を折ってしまうアマチュア指導者は、指導者になどなるべきではない。

 もちろんプロは別である。あそこは興行的に成功するかどうかが全てであるので。


 一回の裏は直球打ちも得意な、とにかく安打製造機である織田。

 長打を捨てた時の織田は、おそらくパ・リーグのバッターでは一番恐ろしい。

 そんな織田でも追い込まれて、最後にはストレートを詰まらせてサードフライ。

 球威に押されているのは間違いない。


 二番の咲坂にも少し放し、ネクストバッターサークルに出てきた大介に言う。

「最初の打席で攻略するのは難しいかもな。とにかく球種を全て見た方がいい」

 織田がそこまで言うなら、その通りなのだろう。

 咲坂も粘っていったと、セカンドゴロに倒れた。

「細かく動く球も使ってくるな。リーグ戦のピッチャーとはやっぱり違う

 だがそれでも、全く歯が立たないというほどではないだろう。


 そして大介の打席である。

 日本のこの小さなスラッガーに、観客席は湧きあがる。

 決勝トーナメントでもホームラン一本を含む五打点で、その無双っぽりを見せ付けている。

 アメリカ人であっても、小さな選手が大きな選手に勝つという絵面が、嫌いなわけではないのだ。


 バッターボックスの中で、大介はメンデスのボールを確認する。

 最初は手元で動くカットボールであり、確かにこれは打ちづらそうだ。

 ただし打てなくはない。

(カーブなら軌道でリリースの瞬間に分かるだろうし、あとはストレートか)

 150km台の後半で簡単に動かしてくる、メジャーのトップレベル。

 確かに凄いが、なんだかどこかで見た気がするぞ。

(タケとたいして変わらないというか、タケの方が上かな?)

 追い込まれてから粘って、なんとか投げさせたストレート。

 それはミートにわずかに失敗し、センターフライになった。




 既に一度、リーグ戦で対戦しているからというのもあるが、キューバは日本に慣れている。

 その日本から先制点を取り、一回の攻撃は三者凡退で抑えた。

 勝つための条件が、少しずつ揃ってきている。

 だがもちろん日本代表の島野も、この展開には慣れていないな、と危惧してはいるのだ。


 ここまでの全てを圧勝してきた弊害。

 競った試合や、追いかける試合を経験していない。

 若手を中心に集めたというのも、ここでは不利に働くかもしれない。


 二回の表もランナーは出したものの、失点は許さない武内。

 だが圧巻のピッチングで三者凡退にし、こちら側に流れを持って来ることまでは出来ていない。

 日本も尾崎と井口の連打があったのだが、あと一本がつながらずにチェンジ。

 ダブルプレイがあったりもして、惜しいプレイはあるのだ。


 これは継投を上手くしなければいけないな、と島野は考える。

 パワーで全てを三振にしてしまう、上杉のピッチングが必要になるかもしれない。

 そこで流れが変わったら、50球以内でまたチェンジだ。

 クローザーとしては上杉と同じチームの峠がいる。

 去年は中盤まで貴重な中継ぎとして機能していたが、終盤にはクローザーへとポジションチェンジ。

 途中からの配置転換だったので、タイトルは取れていないものの、クローザーとしての適性ははっきりしている。


 三回もランナーは出したものの、ここも後続を抑えて、武内はここで交代だ。

 だが三回の裏も簡単にツーアウトを取られて、先頭打者に戻って織田。

(ここで出塁してもツーアウトか。一発狙っていってもいいんだが)

 織田の打率を知っているバッテリーは、かなり慎重に投げてくるだろう。

 だが盗塁数も知っていれば、簡単にフォアボールにしたりはしない。


 球数を増えさせるべきか。

 あちらのピッチャーが50球を超えたら、決勝には投げられなくなる。

 一回からしっかりと見て、際どいところはカットしていったので、あちらの予定よりも、球数は増えているはずだ。

(次が打てる可能性は低いし、打順調整するか)

 フォアボールを選んだ織田は一塁へ。

 そして咲坂には、ストレートで押して内野フライでアウトである。




 四回からは広島の海野がマウンドに登る。

 右の次は左ということで、特に複雑に考えた継投ではない。

 ここでツーアウトから連打を浴びるが、どうにか切り抜け無失点。

 だが明らかにキューバの選手は、第一ラウンドの時とは気合が違う。


 元々そういうスタイルだったのか。

 大量の先制点を取ったことが、あちらの士気を落としていた。

 この試合はもう仕方がないと、あっさりと試合の途中で諦めていた気もする。

 粘りがないと言うかもしれないが、切り替えが早いとも言える。


 四回の裏は大介が先頭であるが、キューバはピッチャーを交代しない。

 この打席で確実に50球以上になるため、決勝では投げられなくなるのだが。

 キューバは決勝を捨て、日本を相手に勝ちにきた。

 なるほどと思うが、つまりこのピッチャーを叩けば、クローザーに持っていくためのリリーフ陣は、あまり頼りにならないということか。

 第一ラウンドで当たったピッチャーは、安定はしていなかったが、出力はたいしたものだと思っていたが。


 三打席目の対決があるだろうか。

 おそらくそれはない。かなり球数を増やす攻撃を日本はしているからだ。

 おそらく六回ぐらいで制限にかかり、そこからリリーフで継投し、デスパイネにつなぐといった感じか。

(ここは打っておかないといけないな)

 ダースベイダーのテーマを背に受けて、バッターボックスに入る大介である。




 白石大介のバッティングの恐ろしさは、ミートやスピードやバットコントロールなど多様に渡るが、つまるところ他の誰にも真似できないというところである。

 あそこまで泳いだら足が地面を蹴るパワーが、伝わらないだろうと思わせるスイング。

 だがそれも腰の回転だけで、スタンドまで持っていくのだ。


 高めは厳禁で、低めもかなり危険だが、まだしも外野フライになる可能性は高い。

 あとはバットの届く範囲は全て危険で、だいたいヒットまでにはしてしまえる。

 外に大きく外すしかないのだが、このノーアウトランナーなしという状況で、まさか敬遠が出来るわけもない。


 最後はストレートで勝負だ。

 センターの定位置までは運ばれたが、あれが限界であるとも言える。

 もちろんそれは間違いだ。


 初球からストレートがインローに決まり、これはストライク。

 二球目はカットボールを投げてきたので、これも見送ってストライク。

 緩急をつけるカーブを狙ってくるのかと、ボールに投げさせれば反応なし。

 カーブで遅い球を見せたので、このストレートには反応出来ないだろう。


 インハイへ投げ込まれた163kmのストレート。

 大介は腰でタメを作って、そこから振り抜いた。

 打球は完全にライナー性のものであり、ライトスタンドに突き刺さった。

 いつもの「そのうち死人が出るぞ」というレベルのホームラン。

 大観衆の大歓声に、スタジアムは包まれた。




 試合は1-1で振り出しに戻った。

 だが戻らなかったのは、メンデスの球数である。

 五回までを投げて、一失点。

 日本の打線を相手に、己の使命をしっかりと果たしたと言える。


 だが、五回までを投げて100球に到達するのか。

 同じく日本打線を相手に、103球でノーヒットノーラン。だがあれは大介との対決のために、わざと引き伸ばしたものだ。

 凄いピッチャーを見れば見るほど、あいつよりはマシだなと思えてしまう。

 メンデスを降ろしたキューバに対して、日本の打線が襲い掛かる。


 結局のところピッチャーを二人揃えても、まだ足りなかったのだ。

 日本の打線は爆発こそしなかったものの、着実に点を取っていく。

 キューバもチャンスでしっかりと点を取り、点差の拡大を防いでいく。


  そして大介のタイムリーツーベースで、この試合初めて5-3とスコアが日本のリードと変わり、九回の表キューバは最後の攻撃に移る。

 二点差ならまだワンチャンスである。

 日本に上杉という怪物がいなければ、の話であるが。




 奪三振マシーン。

 大会最強のパワーピッチャーであることは誰もが認める上杉が、九回の表のマウンドに登る。

 キューバに漂うのは「俺たち頑張ったよなあ」という諦めのムード。

 本当に、よく頑張った。

 人類の例外が投打にそろった日本を相手に、ここまで善戦したのである。

 もっともこの二人がいなくても、おそらく結果は変わらなかっただろう。


 あれはもう、人間ではない。

 単純に球が速いだけではなく、コントロールがあって細かく動かしてくるのだ。

 そして速球だけにタイミングを合わせていると、チェンジアップを投げてくる。

 見て振ったのでは間に合わないが、その工夫を台無しにする、たった一球の緩急。


 ツーアウトをわずか七球で取る。当然ながらというべきか、三振でのアウトである。

 そしてラストバッターに対する。

 ストレートだけなどという安直な手段は取らず、追い込んでからしっかりとツーシーム。

 果敢に振っていったそのスイングは、ボールをミートした。が、耐えられなかった。


 その瞬間を、どう見たか。

 多くの人間には、バットが爆発したように見えた。

 上杉のボールがバットの根元を折ったのだ。

 そしてボールはピッチャーゴロ。上杉はそれに反応するが、飛んできたものはもう一つ。

 ボールはグラブで、折れたバットは右手でキャッチ。

 頭部直撃という失態はない。

 だが危ないところであった。


 試合事態はここでさらなつ急展開など向かえず、上杉がファーストにふんわりとした送球をしてスリーアウト。

 強豪キューバが本気を出してなお、日本の勝利である。




 しかし試合後の記者会見に、上杉の姿はなかった。

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