第16話 ひとつの命令


 俺達は受付で指定された部屋へと入る。さぁ、今からみんなでノリノリで歌おう! なんて話にも俺達がなるわけもなく、部屋に入るなり早々に問題となったのは誰がどこに座るのかということであった。


「お姉ちゃんは久しぶりに楓ちゃんと悠くんの間に挟まれたい!」


「楓はお兄ちゃんの隣がいい!」


「俺はどこでも」


「私は楓ちゃんのお隣がいい!」


 お気づきだろうか? 楓は俺の隣を希望して菜奈さんは俺と楓の間を希望した。そう。空間を捻じ曲げでもしない限り全員の意見の統一はできないのだ。座る場所なんてどこでもいいだろうと思っているのはこの場においては俺だけのようで、さっきから誰がどこに座るかが決まらず俺達は部屋には入ったものの座ることなく立ったままなのだ。


「あっ、いいこと思いついた!」


「いいこと?」


「うん! まず奥側に私が座るでしょ? その横に悠くんが座って、その上に楓ちゃんが座る。それで、その横に彩花が座ればいいんだよ!」


「お兄ちゃんの膝の上に座っていいの!?」


「いいわけないだろ。却下だ」


「「えー」」


 確かにそれならほぼ全ての問題は解決されるだろう。ほぼというのは、楓が俺の横ではなく上に座るからだ。楓的にはそっちの方が嬉しそうではあったが、もちろん却下である。理由は単純だ。俺がしんどい。

 結局、楓には家に帰ってから一緒にゲームをしようということで妥協してもらって、奥側から俺、菜奈さん、楓、彩花という順番に座ることになった。


「それじゃあ、歌おう! って言いたいところなんだけどぉ」


「「「けど?」」」


「ただ歌うだけってのもあれだし、ゲームをしましょう! ルールは簡単。今日のカラオケで最高得点が1位の人は4位の人に何でもひとつ命令できる!」


「何でもひとつ……」


「お兄ちゃんに命令できる……」


「なぁ、楓。どうして俺が4位になる前提なんだ?」


 俺はカラオケに来たことは無いが、別に音痴だとかそういったことはない。その証拠として中学時代の音楽の成績はずっと5段階評価で4であった。合唱の練習の時でも音痴なやつは目立っていたが、俺は特に目立つことも無く周りに合わせて普通に歌えていたので問題ないはずだ。


 一番奥に座っているということもあって、俺から順番に歌っていくことになった。俺は最近流行り若手バンドの歌を歌うことにする。得点は84点であった。中々の高得点なのではないだろうか? 学校のテストなんかで考えるとこの点数は悪くないように思える。


「次は菜奈さんだな」


「ふふん。悠くんには悪いけど本気で勝たせてもらうからね!」


 菜奈さんの選んだ曲は俺は題名だけじゃ全く分からなかった。なんせ、曲名が全て英語であった。曲名だけでなく歌詞も全て英語であったので、どうやら洋楽だったらしい。普段は洋楽なんて全く聞かない俺だったが、サビの部分は聞き覚えがあった。恐らく何かのCMのテーマソングなのだろう。


 その横に歌詞も全て英語にも関わらず、菜奈さんはスラスラと歌っていただけでも驚愕なのに、歌自体もかなり上手かった。普段の菜奈さんからは考えられないような光景だった。菜奈さんの点数は96点だった。


「嘘だろ……」


「菜奈お姉ちゃんすごい!」


「ふふん。お姉ちゃんはすごいでしょ?」


「お姉ちゃん本気出しすぎだよ!」


 次は楓の番であった。楓は最近流行りのアイドルの曲を選択していた。楓は歌うだけではなく振り付けまで覚えていたらしく、歌って踊っている。その様子を見て菜奈さんも彩花も手拍子までしてノリノリである。そんな楓の点数は91点であった。


「楓ちゃん可愛いすぎるよ!」


「ほんとに! もう私もメロメロだよ!」


「えへへ」


 楓も照れくさそうにしているが、満更でも無いようだ。楓は菜奈さんと彩花に撫でられたり抱きしめられたりとされ続けていたが、やがて満足したようで2人とも楓から離れる。


 次は彩花の番であった。彩花は最近ネットで流行りのソロシンガーアーティストの曲を入れた。彩花もさすが菜奈さんの妹なだけあってか上手い。特にこの歌の高音の部分を自然と歌われると鳥肌ものである。得点は93点であった。


 それからも俺達は歌い続けるも、誰も菜奈さんの点数を超えることはできず、俺もまた誰かの点数を超えることができなかった。


「ではでは、悠くんにはお姉ちゃんの命令を聞いてもらおうか!」


「お手柔らかにお願いします……」


「そうだなぁ。どうしようかなぁ」


 そう言って菜奈さんはニヤニヤと俺の方を見てくる。もう嫌な予感しかしない……。


「それじゃあ……悠くんにはこれからずっと私の事を菜奈お姉ちゃんと呼んでもらいます!」


「……え? そんなこと?」


「そんなことじゃないよ! お姉ちゃんからしたらとっても大事なことなんだから!」


「それなら……まぁ……」


「じゃあ、早速呼んでみて!」


「……菜奈お姉ちゃん」


「やっぱり可愛い!!」


 それならとは思ったが、やはりこの歳にもなってお姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしいものがある。菜奈さんも今にも俺に抱きつきそうなところを必死に彩花に止められていた。


 カラオケ店を出ると外はもう暗くなっていたので今日は解散となった。


「またね2人とも! 今日は楽しかったよ!」


「また4人で遊ぼうね!」


 そう言って彩花と菜奈さんは駅の方へと向かって行った。それを見送ってから俺と楓も家へと帰っていく。


「今日は楽しかったねお兄ちゃん!」


「そうだな」


「2人ともすごい美人さんになってた!」


「俺もびっくりだったよ」


「お兄ちゃんのお嫁さんにはどっちが来るのかな!?」


「馬鹿なこと言ってないでさっさと帰るぞ」


「馬鹿なことじゃないもん!」


 そう言いながら俺の手を楓が取ってききたので、抵抗はしたものの離してくれる気がないようだったのでそのまま手を繋いで家に帰る。俺の内心では誰かに見られていないかとヒヤヒヤしっぱなしだったことは言うまでもないだろう。

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