第14話 それだけのこと
菜奈さんはなんて事をしてくれたんだ! と思うも、それを菜奈さんに今更言ったところで何も変わらない。それに、菜奈さんには悪気なんてものは全くないはずだ。むしろ、行き先を知らなかったとはいえ、菜奈さんを誘わなかったこちらに非があると言われてしまえば何もいい返せないのだから。
「とりあえず、落ち着いてください」
「敬語はダメって言ったでしょ!」
「あっ、はい」
「彩花とお花見に行ったんだよね!?」
「うん」
「どうして、お姉ちゃんも誘ってくれなかったの!?」
「それはそのなんというか……ごめんなさい」
ここで全て彩花のせいにすればこの話は丸く収まるのだろうけど、さすがの俺もそればっかりは出来ない。彩花は別に悪いことをしたわけでもないし、俺も楽しんだのだから言わば共犯者である。それに、菜奈さんの言い分も分からなくもない。
「もぉ! 私も悠くんとお花見したかった! 悠くんと遊びたかった!」
「俺も菜奈さんと久しぶりに遊びたいよ……?」
「それじゃあ今すぐ遊びに行きましょう!」
「いや、今すぐって……まだ午後の授業もあるし」
「そんなものはどうでもいいよ!」
「いいわけないでしょ!」
そう言って生徒副会長である霧島先輩が生徒会室へと入ってくる。前回、生徒会室に呼び出された時は霧島先輩のおかげで逃げ出すことができたが今回はさすがに逃げるわけにはいかないだろう。
「菜奈! また、勝手に放送室を使ったでしょ!」
「緊急事態だったんだよ凛ちゃん!」
「また、翡翠くんを呼び出して! 何が緊急事態なの!」
「私のお姉ちゃんとしての威厳的に大ピンチなんだよ! お姉ちゃんを差し置いて妹と弟が遊びに行っちゃうなんて緊急事態だよ!」
「いや、俺は弟じゃないんだけど」
「菜奈にお姉ちゃんとしての威厳なんて元々無いでしょ!」
「あるもん! 威厳に満ち溢れてるもん!」
「!?!?!?」
そう言って菜奈さんは俺に抱きついてくる。いや、本当に何しちゃってるんですか!? いきなりのことに俺は戸惑いを隠せずに菜奈さんの腕の中でもがいているのだが、もがけばもがく程にどこがとは言わないが菜奈さんの豊かな部分が俺に当たってしまい、余計にテンパってしまうというジレンマに陥ってしまった。
「ちょっと菜奈! いきなり抱きつくなんて何をしているの!?」
「えへへ。こうやってみると悠くんも大きくなったんだね」
「いや、ちょっと、菜奈さん!」
「もぉ! 菜奈お姉ちゃんでしょ!」
「いや、さすがにこれはダメだから!」
「お姉ちゃんって呼んでくれるまで離しません!」
「菜奈お姉ちゃん!」
「むふふ。悠くんは可愛いですねー」
そう言って菜奈さんは俺の頭を撫でてから解放してくれる。こんなことを思うのは大変失礼なのだろうけど、俺はどうしてこの人に惹かれていたのだろうか? 俺が小学生の頃は行動力があって、可愛くて、優しいお姉ちゃんといったことで惹かれたのだと思うが、今もそれが変わっていないとなるとただのヤバい人である。本当にこの人が生徒会長で大丈夫なのだろうか……?
「はぁはぁ……」
「翡翠くん……大丈夫?」
「大丈夫です……」
「どう? 悠くんは可愛いでしょ?」
「それはまぁ……分からなくもないけど……。それでも、いきなり抱きつくなんて何してるの!」
「お姉ちゃんの特権です!」
もう俺はこの場から逃げ出したい思いでいっぱいであった。これ、本当にどう収拾をつければいいのだろうか? いくら、陰キャを極めた俺であってもこの状況はさすがに意味がわからなさすぎる。怒っているのか楽しんでいるのか分からない菜奈さん。菜奈さんを怒っているのか、呆れているのか、ツッコミに専念しているのか分からない霧島先輩。されるがままの俺。完全にカオスな状況である。
「話を戻します! 悠くん! 今すぐお姉ちゃんと遊びに行くよ!」
「いや、だから授業が」
「関係ありません!」
「あるに決まってるでしょ! 菜奈は仮にも生徒会長なんだから模範生として振る舞うのは……無理かもしれないけど、せめて授業はちゃんと受けなさい!」
「凛ちゃんひどいよ!? 普段の私はもっと真面目だよ! 悠くんと凛ちゃんしかいないから私も素でいるだけなのに!」
「だったら、もう少し慎みを持ちなさい!」
菜奈さんが普段は真面目……? 霧島先輩もそこは否定していないので、嘘ではないのだろうけど……想像が全くできない……。というか、もう俺はここにいる必要ないんじゃないだろうか? さっきから俺、ほとんど話してないんだけど?
「むぅ……凛ちゃんの頑固者!」
「なっ!? というか、遊びに行きたいなら学校が終わってから行けばいいでしょ!」
「あっ……本当だ! 別に今すぐ行かなくてもいいじゃん!」
「「えぇ……」」
「悠くん! 今日の放課後空いてるよね!?」
「一応は……」
「それなら決まりだね! 彩花にも声を掛けておいてね!」
そう言って菜奈さんは満足そうに頷いている。俺はこれだけのためにわざわざ呼び出されたのか? 結局、生徒会室にまできて今日の放課後に遊びに行く約束をした。たった、これだけなのだ。この結論に至るまでにすごく意味のわからない過程を通った気がするが、結局はそれだけの事なのだ。
「霧島先輩も苦労してるんですね……」
「えぇ……。菜奈も他の生徒の前ではちゃんと優等生なんだけどね……。私の前ではいつもあんな感じで嬉しいのやら大変なのやらなの……」
「あぁ……」
俺は何となく霧島先輩とは仲良くやっていけそうな気がするなと思いながら生徒会室を出て教室へと戻っていくのだった。
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