第16話 春
長い冬が終われば、春が来る。
季節は巡り、思い出は雪のように降り積もっていく。大切な人と過ごした思い出は柔らかいが、喪った途端にその重みに押し潰されそうになる。
ノニがアウルの弟子として過ごせた期間は、たったの三年だった。
十七歳の誕生日。家族や友人に祝福されたその夜に、雪崩がアウルを襲った。
ノニの誕生日を祝い、帰る途中のことだった。図ったように、村人の中でアウルだけが雪に飲み込まれた。
これは雪の女王の悪戯だろうか。それとも絶望していたアウルへの慈悲だろうか。
多くの遭難者を呑みこみ、幾万もの故人を包み込んだ凍れる大地は、例外なくアウルも氷の棺で抱き締めた。
透明な氷の中で眠るアウルは、全ての苦痛が取り除かれ、安らかだった。
ノニは何日もかけてアウルを氷の彫像に仕立てあげ、さらに長い時間をかけてメリアとアウルの氷像に術をかけた。
決して溶けないように。二人が永遠に一緒にいられるように。
南方出身の二人は寒さに弱いだろうと案じたノニは、火山に近く地熱のおかげで暖かい洞窟に二人を運んだ。
それが終わると、ノニはアウルの家に移り住んだ。
これからノニはアウルの後を継ぐのだ。アウルよりももっと忙しくなるかもしれない。ノニは墓守りであり、呪術師でもあるのだから。
アウルの家には生活に必要な道具は全て揃っているので、自分の家から持ってきたのは衣服以外ではたった二つだった。
初めて術をかけたスノードーム。中には色取り取りの花が閉じ込められている。
そして、もうひとつは掌に収まるほどの氷の塊。きれいな球体ではなく、棘々とした出っ張りが全体についている。表面はザラザラとしていて、決して滑らかではない。誤って付けてしまった深い溝が幾つもあった。
それはノニの恋の墓。
三年前、アウルに告白を拒絶されて、行き場を失くした気持ちを埋葬した物だった。
この気持ちを伝えたらアウルを傷つけてしまうから、もう彼に告げることはできない。
持っていてはいけないものだから、捨てようと思った。しかし、これは十四歳のノニの大切な恋の思い出だった。だから氷の中に封じて、それ以来この氷の球は、ノニの大切で愛おしい宝物になった。
いつか話を聞いた、アウルが昔住んでいたという南方の国。豊かな緑と水の太陽の国。その太陽をイメージして彫った氷の置き飾りはノニにとってアウルそのものだった。
太陽のように温かく、決して手の届かない遠い存在。
アウルに仕事を教えてもらいながら、修行をした三年間。
口に出すことは決してなかったけれど、それでも彼への気持ちが完全に消えることはなくて、たまらなくなったときはこのお守りを抱き締めた。
これからも時々寂しくなるかもしれない。しかし、やらなければならないことはたくさんある。雪に埋もれた人々を助けなければ。
新たな決意を胸に、ノニの新生活は幕を開けた。
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