第5話 墓守の男

 次の日もノニはアウルに会いに来た。

 ノニの家からアウルの家まで、片道二時間はかかる。天候が悪いときは、もっと長くなることもあるから、子供でなくとも大変な道のりだ。

 まだ十歳をひとつ過ぎたばかりの幼い少女にとっては、往路だけでも疲れ果ててしまう。それでもノニはアウルに会いたかった。彼のことは名前以外何も知らないが、彼の優しい手つきが全てを表している気がした。

 アウルは昨日とは別の氷像を彫っていた。

 ノニはこれほどたくさん墓守りの世話になる遺体が多いのはなぜか不思議だったが、答えは簡単に分かった。

 かつては、洞窟の中に埋葬するのではなく、雪の中に埋めていたのだ。アウルは時間があるときにはその古い遺体を彫り出し、他の親族と一緒にしてあげているのだった。

「あなたは南から来たの?」

 アウルはノミを使って、切り落とす目安となる線を付けていく。彼は迷いのない一本の線を、一気に引き切った。

 アウルは答えなくても、ちゃんと話を聞いていてくれることに、ノニはもう気づいていた。

「どうしてここに来たの? いつからここにいるの?」

 アウルは黙して答えない。ノニはさらに畳み掛けた。

「どうしてこの仕事をしているの? いつからしているの? 南に帰りたいとは思わないの?」

 アウルはノコギリについた氷の欠片を、乱暴に振り落として、ノニを睨み付けた。

「うるさい。集中できない。そして、お前に話す義理はない」

 初めてのアウルの拒絶に、ノニは体を竦ませた。ノニは、彼の優しさに調子に乗ってしまったと顔を赤くした。

「ごめんなさい。ただ、あなたのことが知りたかったの。私は南に行ったことがないから。南方の人と話すのは初めてだったのよ」

 この村の生活を支えるのは、主に氷細工やこの地方特有の動植物の取引だ。氷を作る人。氷像を作る人。動物を狩る人、木々の管理をする人。そして南方に商いに行く人などがいる。

 その中でも、ノニの父と祖母は氷が溶けないようにする術師の家柄だった。氷になるよりもはるかに長い時間をかけて、術を施すため、希少でとても価値がある。特に一年中暑い南方では、食べ物を冷やしたり保存したりするために溶けない氷は、非常に需要がある。

 ノニもその後を継ぐことに不満はなかったが、商人の家の子どもが親について南に行ったときの話を聞くと、羨ましく感じたのだった。

アウルはノニを見ると、顔の覆いをおろした。彼の顔が露わになったまま、作業を再開する。

 アウルは像の余計な部分を、ノコギリで大まかに切り落とすと、短く答えた。

「南の果てから来た。もう、 帰るつもりはない」

 その日、アウルが喋ったのはそれだけだった。しかし、その後もアウルに会いに行くと彼は、少しだけ自分のことを話してくれた。

 彼の前にも墓守りがいて、その人に恩があるから、今の仕事をしているそうだった。

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