第4話 雪の出逢い

 退屈だったノニ、は一人外に出て、雪で遊ぶことにした。真っ白な雪で動物を作っていく。

 ウサギ、トナカイ、オオカミ、クマ、ネコ……。雪を集めて知らず知らず進みながら、転々と作品を残していった。これはいつか溶けてしまうだろうか。残して起きたいが、いつか祖母が消えてしまった方がいいこともあると言っていたことを思い出した。あれはどういう意味なのか。

 気が付くと、洞窟からやや離れたところまで来ていた。

 そろそろ戻らないと母が心配するかもしれない。帰ろうと思って周りを見回したとき、ノニはある一点に目を止めた。

 人影がある。かなり背が高いので、おそらく男だ。

 目の前には氷が置かれているので、ノミで削っているのだろう。ざりざりという音が聞こえてくる。

 その風景に、おかしなところは一つもなかった。この村の多くが氷を加工する仕事をしているのだから、普通ならあの男もその一人だろうと考えて、見過ごしたはずだ。だが、不思議とその男はノニの目を惹いた。

 しばらく見ていると、すぐにノニはあることに気づいた。

 ここは北の果てで、死者が眠る洞窟がある。こんなところに住んでいる村人などいないはずなのに、男はここで仕事をしているのは変だ。それに男が扱う氷も、男と同じくらいの高さがある。あれほど大きいのは珍しかった。

 ほんの少し近づいてみると男が向き合う氷の中に人がいることに気づいた。もしかして……?

 男はノニに気づかずどんどん削っていく。それはとても優しい手つきだった。

 他の村人が彫刻を掘るときは、もっと複雑な形の物が多い。動物や植物や様々な物を氷で表現するから、細かく表面に模様を入れることだってある。

 今、ノニの目の前にいる男がしている作業はそれほど難しいものではないはずだ。それでも、ノニの目には男の手つきの繊細さが際立って見えた。

  いつの間にか横に立っていた父が、ノニの肩にそっと手を乗せる。

「ねぇ、お父さん。あの人……?」

「ああ、あの人が墓守りさんだよ」

父は、墓守りに近づいて行って話しかけた。ノニも一緒に近づく。

「こんにちは。父を掘り出していただき、ありがとうございます」

 振り向いた墓守りは父とノニの姿を視界に入れた。

 墓守りの服装は、少くたびれていて、しかしとてもよく使い込まれていた。

 母と祖母もやって来て、男に礼を言う。

 男は無言で一つ頷いた。ひどく無口な男のようだ。

「気持ちばかりですが、先日のお礼です。どうぞ、お受け取り下さい」

 そう言って父が差し出したのは、日持ちのする食べ物だった。

 手に握っていたノミを置いて、目と口元を雪から守る覆いを外すと、浅黒い肌が見えた。ノニはぎょっとして父の後ろに隠れたが、墓守りは気にせず、食べ物を受け取った。

「どうも」

 初めて男がしゃべった!

 父の背後から顔だけ出していたノニは、目を丸くする。

「それでは、私どもはこれで失礼します」

 村の人に挨拶回りをしなければならないと父に促されたが、ノニは動かなかった。

「私ここで見ていたい」

「まあ、駄目よ。お邪魔だわ」

 すかさず、母が厳しい声で窘めた。しかし、ノニは譲らなかった。まだここで男の作業を見ていたかった。

 普段は聞き分けの良いノニが、こんなわがままを言うなんて珍しいと、両親は面食らった。顔を見合わせてどうしようかと視線を交わし合う。

 その時、黙って成り行きを見ていた祖母が口を挟んだ。

「孫がここで見学しても構いませんか?」

 墓守りは黒い目でノニを見つめた。ただ、目の前の物を映すだけの水晶のような瞳は、何を考えているのか読み取れなくて少し怖い。

 けれど、ノニは父の後ろから出てきて墓守りの前に立った。大きな黒い影を見上げて頭を下げる。

「お願いします」

 男は祖母をちらっと見ると、無言で頷いた。

「ノニ、決して邪魔をしてはいけないよ」

 祖母たちが去って行くと、男は再び作業に戻った。

 男の周りにはたくさんの道具が散らばっている。大小様々なノコギリとノミ、それにキリなどがあった。

 男はさっきまで使っていたノミと拾い上げて再び削っていく。その作業を見ながら、ノニは男の様子を窺っていた。

 ノニはまだ男の名前を知らない。

「名前はなぁに?」

 男が道具を持ち帰る瞬間を見計らってすかさず、名を尋ねた。

 答えを待って、ノニは男をじっと見つめるが、彼は視線を寄越すこともなければ、作業の手を止めることもない。

 ようし、我慢比べだ。と気合いを入れ直した瞬間、返事はため息と共に吐き出された。

「アウル」

 吹雪のなかでもよく通る低い声。

 無視されていたのではなく手先に集中していただけだと分かって、ノニは嬉しくなった。

 もう一度春が訪れ、花が開花したような気分だった。

「ありがとう! アウルね。私はノニよ。また来るわ。その時はもっとお話しましょうね、アウル!」

 ノニが満面の笑みで、家族のもとに走り去るのを、アウルは不思議そうに見ていた。

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