第3話 春の訪れ

 風が暖かな空気を運んできた。冬の暗く重い空気を吹き飛ばし、軽やかな空気が満ちた。

 隠れていた太陽が顔を出し、光を地面に落とす。

 温かくなったことに気づいた花々が、雪の下や木々から一斉に綻んだ。

春が来たのだ。

 ノニは様々な花を集めて、父が取ってきてくれた蔓と若葉で作った輪に、埋め込んでいった。彩りを考え、長く花を楽しむことができるように、まだ蕾が開き始めたばかりの花を使った。

 祖父の分だけではなく、もっと古い先祖の分も作っていく。ノニの家の墓所は洞窟一つ分だが、他の家にいった親族や親しい家に贈る花輪も作らなければならない。祖母も飾り作りを手伝ってくれた。

 あの人はよく人を笑わせる人だったとか、この人は青い花が好きだったとか、先祖の話を聞くのは楽しかった。一度もあったことがない人とも、繋がっているような気分になる。ノニもいつか自分の子供に話をしてあげる日がくるかもしれない。

 春の風が吹いた三日後、全ての準備が整った。

「さあ、お祖父ちゃん達に会いに行こう」

 父の掛け声で、一家は出発した。

 ノニたちが住む洞窟よりも、さらに北に向かって黙々と歩いていく。幼いノニと年を取った祖母のために途中で休憩を挟んで、さらに歩き続けた。暖かくなったとはいえ、まだ雪は深く積もっていて、父が道を作ってくれたり、先に行った村人の跡を歩いたりした。

 お昼前になってやっと、お墓に辿りついた。身を寄せ合って暖を取っていた祖母と顔を見合わせて笑い合う。

 父はずっと引きずっていた木を起こして入り口に立て掛けた。風で倒れないよう固定する。これはノニたちがやって来た証であり、死者に春の訪れを教える役目がある。

 ここは北の最果て。生者と死者の世界の境界。ノニたち村人でさえ、これ以上北に進むことはない。これより先は雪女王の支配する土地。女王に最も近い場所で、死者は守られているのだ。

 洞窟の中に入ると、氷の彫像がずらりと壁に沿って並んでいる。ここでは、二十人ほどが静かな眠りについていた。

 ノニの先祖が眠る洞窟は、天井が光る苔に覆われていて、微かに明るかった。きっと夜になると、ヒカリゴケはもっと存在を主張するのだろう。氷が溶けてはいけないので、冷たさはどうしようもないが、せめて明るいところにいられるのは、ご先祖様も嬉しいのではないだろうか。

 そんなことを考えていたせいで、くすっと笑ってしまった。

「ノニ? どうしたの? 疲れたのかしら?」

 母が訝しそうに、ノニの近くにやって来る。何でもないと答えて、急いで駆け寄った。

 父たちはもう祖父の墓を見つけて、すでにお供え物を取り出していた。

水の中に沈めた一年前と変わらぬ姿。

 祖父の体の線に沿って滑らかに削られた棺。足元には米を練って作った団子とお酒と少しの食べ物があった。

 ノニも持ってきた植物の輪飾りを祖父の足者に置くと、さらに他の人にも一つずつ置いていった。奥に行くにつれて年代が遡る。来ている服や髪型の変化は歴史を感じさせた。

 皆で洞窟を一周してから、簡単な昼食をとった。ご飯を食べていると、知り合いが挨拶に訪れる。父と母が食べ物や飲み物で客をもてなしている間、ノニは手持無沙汰だった。祖母も知り合いと会って楽しそうだ。普段あまり外出しない老人たちも、このような行事の日には、出かけて昔の知り合いと話に花を咲かせている。

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