第6話 修行の始まり

 『花葬の弔い』は村をあげての祭りだ。大きな焚き火の周りで踊り、飲んだり食べたりして楽しむ。

 私達は平和に暮らしているから、安心して眠ってください。そんな気持ちを死者に届ける意味があるそうだ。

 祭りの翌日、ノニは母に言いつけられた手伝いを終わらせ、祖母の部屋に向かった。家の中で一番奥にある一番小さい穴である。

 外から声を掛けて了承を得ると、簾を上げて中に入った。祖母の部屋は、小さな蝋燭を一本しか灯していないせいで、常に薄暗かった。この部屋で氷が溶けないようにする術をかけるのだ。

 祖母は茣蓙と毛皮を敷いた椅子の上に座って待っていた。前の机の上には、動物の姿に彫られた立体的な氷の像と、その隣には薄い水色の粉が入った壺が置かれている。

 氷像は腕の半分くらいの大きさだった。大きな角を持つ四足の動物。尻尾の毛の流れも、目や耳も細かく作り込まれている。所々着色された氷の表面は光を反射するように加工されており、なんとも幻想的な輝きを放っていた。

 これが永遠に溶けないものにできるのだと思うと、ノニの鼓動が早まっていく。

 氷細工に見とれていたノニを見て可笑しそうに笑った祖母は、彼女を現実に引き戻した。

「さあ、ノニ。茣蓙を持って近くにおいで。これから術を掛けるところを、見せてあげるからね」

 途端に、ノニの眉が下がった。

「見るだけなの? もう見たことはあるわ! 早く私も作ってみたいの!」

 ノニが頬を膨らませて文句を言うと、祖母はにっこりと笑って言った。

「術をかけるのに一番大切なのは忍耐だよ、ノニ」

 間違いなく自分は今情けない顔をしている、とノニは思った。

 祖母に言われた通り茣蓙を持ってきて、祖母の隣に座った。

 術をかけるのに必要なのは、水色の粉と対象だけ。粉は氷全体に振りかけて、術をかける対象を特定する意味がある。術には雪の女王の力を借りるので、どれに術をかけるか女王に教えなければならない。

 祖母が祈りを捧げている間、ノニは目が離せなかった。何度か見たことはあるが、それはどれだけ見ても美しく飽きないものなのだ。

 粉を全体に振り掛けられて薄い水色に色づいた像を持って、祖母は祈り始めた。始めは粉の水色だった。少しずつ粉が像から落ち始めたかと思うと、それは光の粒子になり、像を取り巻いていく。氷の中に吸い込まれ、光が消えると、祖母はもう一度粉を振りかけた。再び祈ると同様のことが起こる。

 何度も何度も繰り返すうちに、光の粒子の色は変化し、次第に氷像に吸収されていくようになる。水色から黄緑へ、黄緑から黄色へ、黄色から橙色へ……。少しずつ多色の粒子を取り込んでいく。

 再び水色の粒子に戻ったとき、像の周りには像から溢れる粒子で七色に輝いており、最後に全ての光が吸収され消えてしまうと一回目が終了だ。

 ぼんやりと光る氷像に向かってずっと祈り続ける祖母。時折、小声で呟きながら雪の女王にお願いしている。

 完成するまでには何日もかけて祈り続けなければならない。だんだんと日が落ちていくが、ノニは目が離せなかった。

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